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ティータイムⅡ
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「ティーナ? あなたが?」
びっくりしたように驚きの声をあげたのはクリスティアだった。テレジアもシフォナードも信じられないような顔をしてフロレンティーナを見ている。てっきり専属のパティシエが作ったものだと思っていたからだ。
「はい。先日のお茶会ではクッキーを作ったのですが、今日は違うものに挑戦しようと頑張ってみましたの」
フロレンティーナはちょっと自慢げな口調で話をした。
今まで厨房に入ったこともなくお菓子づくりについて何の知識もなかったのだが、以前招かれた友人のお茶会で友人自ら作ったというケーキをごちそうになり、それから興味がわいたのだった。
この時はテレジアとクリスティアに許しを得て、厨房を使うことと教えを乞うことも含めて料理人たちにも許可をもらった。初心者ということもあって、比較的失敗の少ないクッキーからということでパティシエに習ったのだった。それからコツをつかむためには何度も作ることが大事だと教えられて、時間を見つけてはせっせっと厨房に通っていたのだ。
「そういえば、クッキーも美味しかったわ」
とつぶやいたのはテレジア。
お茶会の前に試作品のクッキーを何度か、試食と称してもらっていたことを思い出した。当日も頂いたけれど。三人は改めてフロレンティーナの方を向いた。
一斉に視線を向けられてさすがに恥ずかしくなってしまったのか、みんなの視線に耐え切れずフロレンティーナはうつむいてしまった。
恥じらいを見せるフロレンティーナの様子を眺めながらクリスティアは笑みを零す。
紅茶をこくりと飲み込んでシフォンケーキにフォークを入れる。初めからこんな上手にできたわけではないだろうに、どれほど頑張ったのだろうか。一生懸命に作る彼女の姿が思い浮かんで愛しさがこみ上げてくる。
(あの件もどうにかしてあげられたらいいのに)
影を落とすラフェールとのことを思い出した。
「ティーナ。学園生活はどうなのかしら? お友達とはどう?」
途切れてしまった会話を戻すようにテレジアが聞いてきた。フロレンティーナは学園のこと、友人のことを楽しそうに話し始めた。時にはクリスティアにも質問をしながら。
クリスティアもラフェールのことは忘れて話に付き合った。ひとしきり学園生活のことで盛り上がった後、
「紅茶を淹れましょうか?」
フロレンティーナが尋ねる。
「そうね。もう一杯お願いしようかしら」
クリスティアの返事に席を立つと準備を始めた。先ほどよりもずっと落ち着いた仕草だった。
「ティーナはお菓子作りが好きなのかしら?」
クリスティアは聞いてみる。
「はい。覚えるのは大変ですけれど、とても楽しいですわ」
フロレンティーナの屈託のないにこやかな表情に目を細めるクリスティアの頭の中に、ちょっとしたアイディアが浮かんだ。
「ねえ、ティーナ。あなた新作のお菓子を作る気はない?」
唐突な質問に思わずフロレンティーナの手が止まった。
「新作のお菓子ですか? お姉さま」
「ええ、そうよ。レモンを使ったお菓子」
「レモン?」
怪訝そうな声で割って入ったのはテレジアだった。
「数年前から領地に植えていたレモンがやっと結実して、少し前に届けられていたでしょう?」
「そうだったわね」
植樹はしたものの中々実がならず、試行錯誤しながら手入れを続けていたレモンが今年になって、やっと念願叶って実ったのだ。まだ青みのあるレモンだったが責任者が喜んで届けてくれたので、それを使って新たな特産品を作りたいと思っていたところだった。
「レモンだったら、料理やジャムとかできるわよね。化粧品にも使えるわ。それでケーキにもってわけね」
思い浮かぶ利用法をテレジアが口にする。
「そうなのですわ。特産品は多いに越したことはありませんからね。領民たちが職を得て潤いますもの」
「そうね。いいことだわ」
テレジアもクリスティアの言葉に賛同するように大きく首肯した。
在学中も業務を手伝い、結婚後クリスティアたちは両親から公爵領の領地経営のほとんどを受け継いでいる。
元々肥沃な土地柄と豊富な資源を有しており、資産も莫大なので世代交代もスムーズにできた。もちろん後継者であるクリスティアが優秀であるからこそである。
「お姉さま。わたくしもお手伝いさせてくださいませ」
領民を思い、いろいろと案を出し合う母娘の話を聞いていたフロレンティーナも公爵家の一員として何かせずにはいられなかった。
「ええ、嬉しいわ。では、新作のケーキを三種類考えてくれるかしら?」
「三種類……」
三種類。一種類くらいなら何とかと思っていたら。素人相手にいきなり三種類とは……フロレンティーナは一瞬怯みそうになった。
(お姉さまは学生の頃からお仕事を手伝ってらした。わたくし一人だけ何もせず、のほほんとしているわけにはまいりませんわね)
「実際に作らなくてもアイディアだけでも良いのよ。難しければ無理にとは……」
「いえ、大丈夫です。三種類、作ってみせますわ」
強引すぎたかもと語尾を濁すクリスティアに力強く宣言したフロレンティーナの瞳には決意の光が宿っていた。ふわふわとした庇護欲をそそる容姿からは想像できない芯の通った凛とした姿に、テレジアもクリスティアも目を瞠る。
(この娘も公爵家の血をしっかり引いているわ。自覚に立てば、将来素晴らしい王太子妃になれるかもしれないわね)
テレジアは今は言葉に出来ない微かな希望を心の中で呟く。
「返事が聞けて安心したわ。それでは、一か月以内にお願いね」
さらに無茶ぶりな要求に目をぱちくりしたフロレンティーナだったが、
「わかりました。謹んでお受けいたします」
優雅にカテーシーをして提案を承諾したのだった。
びっくりしたように驚きの声をあげたのはクリスティアだった。テレジアもシフォナードも信じられないような顔をしてフロレンティーナを見ている。てっきり専属のパティシエが作ったものだと思っていたからだ。
「はい。先日のお茶会ではクッキーを作ったのですが、今日は違うものに挑戦しようと頑張ってみましたの」
フロレンティーナはちょっと自慢げな口調で話をした。
今まで厨房に入ったこともなくお菓子づくりについて何の知識もなかったのだが、以前招かれた友人のお茶会で友人自ら作ったというケーキをごちそうになり、それから興味がわいたのだった。
この時はテレジアとクリスティアに許しを得て、厨房を使うことと教えを乞うことも含めて料理人たちにも許可をもらった。初心者ということもあって、比較的失敗の少ないクッキーからということでパティシエに習ったのだった。それからコツをつかむためには何度も作ることが大事だと教えられて、時間を見つけてはせっせっと厨房に通っていたのだ。
「そういえば、クッキーも美味しかったわ」
とつぶやいたのはテレジア。
お茶会の前に試作品のクッキーを何度か、試食と称してもらっていたことを思い出した。当日も頂いたけれど。三人は改めてフロレンティーナの方を向いた。
一斉に視線を向けられてさすがに恥ずかしくなってしまったのか、みんなの視線に耐え切れずフロレンティーナはうつむいてしまった。
恥じらいを見せるフロレンティーナの様子を眺めながらクリスティアは笑みを零す。
紅茶をこくりと飲み込んでシフォンケーキにフォークを入れる。初めからこんな上手にできたわけではないだろうに、どれほど頑張ったのだろうか。一生懸命に作る彼女の姿が思い浮かんで愛しさがこみ上げてくる。
(あの件もどうにかしてあげられたらいいのに)
影を落とすラフェールとのことを思い出した。
「ティーナ。学園生活はどうなのかしら? お友達とはどう?」
途切れてしまった会話を戻すようにテレジアが聞いてきた。フロレンティーナは学園のこと、友人のことを楽しそうに話し始めた。時にはクリスティアにも質問をしながら。
クリスティアもラフェールのことは忘れて話に付き合った。ひとしきり学園生活のことで盛り上がった後、
「紅茶を淹れましょうか?」
フロレンティーナが尋ねる。
「そうね。もう一杯お願いしようかしら」
クリスティアの返事に席を立つと準備を始めた。先ほどよりもずっと落ち着いた仕草だった。
「ティーナはお菓子作りが好きなのかしら?」
クリスティアは聞いてみる。
「はい。覚えるのは大変ですけれど、とても楽しいですわ」
フロレンティーナの屈託のないにこやかな表情に目を細めるクリスティアの頭の中に、ちょっとしたアイディアが浮かんだ。
「ねえ、ティーナ。あなた新作のお菓子を作る気はない?」
唐突な質問に思わずフロレンティーナの手が止まった。
「新作のお菓子ですか? お姉さま」
「ええ、そうよ。レモンを使ったお菓子」
「レモン?」
怪訝そうな声で割って入ったのはテレジアだった。
「数年前から領地に植えていたレモンがやっと結実して、少し前に届けられていたでしょう?」
「そうだったわね」
植樹はしたものの中々実がならず、試行錯誤しながら手入れを続けていたレモンが今年になって、やっと念願叶って実ったのだ。まだ青みのあるレモンだったが責任者が喜んで届けてくれたので、それを使って新たな特産品を作りたいと思っていたところだった。
「レモンだったら、料理やジャムとかできるわよね。化粧品にも使えるわ。それでケーキにもってわけね」
思い浮かぶ利用法をテレジアが口にする。
「そうなのですわ。特産品は多いに越したことはありませんからね。領民たちが職を得て潤いますもの」
「そうね。いいことだわ」
テレジアもクリスティアの言葉に賛同するように大きく首肯した。
在学中も業務を手伝い、結婚後クリスティアたちは両親から公爵領の領地経営のほとんどを受け継いでいる。
元々肥沃な土地柄と豊富な資源を有しており、資産も莫大なので世代交代もスムーズにできた。もちろん後継者であるクリスティアが優秀であるからこそである。
「お姉さま。わたくしもお手伝いさせてくださいませ」
領民を思い、いろいろと案を出し合う母娘の話を聞いていたフロレンティーナも公爵家の一員として何かせずにはいられなかった。
「ええ、嬉しいわ。では、新作のケーキを三種類考えてくれるかしら?」
「三種類……」
三種類。一種類くらいなら何とかと思っていたら。素人相手にいきなり三種類とは……フロレンティーナは一瞬怯みそうになった。
(お姉さまは学生の頃からお仕事を手伝ってらした。わたくし一人だけ何もせず、のほほんとしているわけにはまいりませんわね)
「実際に作らなくてもアイディアだけでも良いのよ。難しければ無理にとは……」
「いえ、大丈夫です。三種類、作ってみせますわ」
強引すぎたかもと語尾を濁すクリスティアに力強く宣言したフロレンティーナの瞳には決意の光が宿っていた。ふわふわとした庇護欲をそそる容姿からは想像できない芯の通った凛とした姿に、テレジアもクリスティアも目を瞠る。
(この娘も公爵家の血をしっかり引いているわ。自覚に立てば、将来素晴らしい王太子妃になれるかもしれないわね)
テレジアは今は言葉に出来ない微かな希望を心の中で呟く。
「返事が聞けて安心したわ。それでは、一か月以内にお願いね」
さらに無茶ぶりな要求に目をぱちくりしたフロレンティーナだったが、
「わかりました。謹んでお受けいたします」
優雅にカテーシーをして提案を承諾したのだった。
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