公爵令嬢の結婚

きさらぎ

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抱きしめられて

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「ティーナと王太子殿下の結婚は、そんなに難しいのかい?」

 フロレンティーナが退室し、静かになった部屋の中で、先ほどの二人の会話を黙って聞いていたシフォナードが初めて口を開いた。

「そうですわね。かなり難しいかと。すでに王太子妃の候補者があがった後でしたし、有力貴族達が反対している現状では、王太子殿下の意向をもってしても叶えるのは、99%無理ではないかと思いますわ」

 100%ではないのは、物事に絶対というものはないからだ。時には1%の確率で成功することもある。奇跡のようなことが起きれば、だ。

「反対している貴族達って?」

「まあ、有り体にいえば候補者のお身内の方々ですわね。皆さん、すごい剣幕で抗議なさったそうですわ。やっと決まった候補者の選定を覆すのかと。お父様も頭を抱えていらっしゃいましたもの」

「やっと、決まった?」

「王太子殿下は自分で結婚相手を見つけると、ずっとおっしゃっていましたからね。それもあって、なかなかお相手が決まらなかったんです。それに業を煮やした国王陛下や側近の方々が候補者を選んだのです。殿下はずっと反対してたようですが。そのあとに見つけたのがティーナだった……」

 クリスティアはちょっと困ったような顔をして言葉を返した。

「そうか……一筋縄ではいかない、大変なことなんだね」

「ええ。権力を一家に集中することを避けるのであれば、ほかの貴族の令嬢と結婚するのが良いのでしょうけれど、ティーナの気持ちを考えると姉としては……」

 二人が結ばれてほしい。思ってはいても声には出せなかった。

 膝の上に置いていた手に柔らかいものが触れる。向かい合って座っていたはずのシフォナードが、いつの間にか隣に座っており手を握っていた。気持ちを察してくれたのだろう。冷たくなっていた指先が暖かくなってくる。肩を抱かれシフォナードに体を預けると沈みかけた心もふわりと浮きあがってきた。

 
「そろそろ、仕事に戻りませんと」

 しばらくして心が落ち着くと仕事が途中だったことを思い出し、立ち上がろうと腰を上げようとしたところで腕を引っ張られ、あっという間にクリスティアはシフォナードの膝の上にのせられた。

「シフォン様?」

 首筋に顔を埋められて抱きしめられたクリスティアは、ワケがわからず名前を呼ぶ。

「あの……仕事を……」

 シフォナードの腕の中は心地よくてこのままでいたいとは思うのだが、今は昼間で仕事中なのだ。いちゃついている場合ではない。けれどぎゅっと抱き込まれて身動きが取れず、この状態では何もできない。どうしようかと悩んでいたら彼の力がふっと抜けた。

「クリスは王太子殿下と幼馴染だと聞いたけど……」

 腕の拘束から逃れられたとほっとしたのもつかの間、あごに手が添えられ上を向かされた。シフォナードの真剣な瞳にクリスティアの顔が映る。明るいペリドットの瞳の色が、今は光の加減なのか濃い深緑に見えた。

 先ほどまでティーナと王太子殿下の婚約の話をしていたはずなのに、なぜ自分の話になるのだろう? クリスティアは不思議に思ったが、聞かれても特に隠すことは何もないしやましいこともない。

「そうです。お母さまが王妃陛下の学友で親友という間柄だったので、王城でお茶をご一緒する機会があって、わたくしも連れられて行ってましたの。その時に知り合ったのですわ」

「王太子殿下との婚約の話は、出たりはしなかった?」

「ありませんわ。わたくしは公爵家を継ぐことが決まっていましたから」

 何か疑われているのだろうか? 
 
 瞳がいっそう陰りを帯びる。あごに置かれていた指がクリスティアの唇をなぞる。
 
(シフォン様……)

 言葉にならない声で喉の奥で呟く。
 顔がゆっくりと近づいてきたと思ったら唇が重なった。

「あっ……っん」 

 何度も角度を変えて口づけられる。

「シフォン様……しご……と……」

 与えられる口づけに翻弄されようとする熱を、残っている理性で押しのけようとするのだが……シフォナードは聞いてくれない。
 逃れようと体を離そうとしても、相手は男性、びくともしない。逃げようとすればするほど、さらにキスは深くなる。

 何がシフォナードを焚きつけたのかわからない。

「クリスティア」

 瞳には情欲の色が見えるのに、呼ぶ声は甘く切なかった。その声にクリスティアの胸の奥がきゅんと疼いた。


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