公爵令嬢の結婚

きさらぎ

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王太子殿下の懇願Ⅰ

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「なぜ、私とフロレンティーナ嬢との婚約に反対なのか聞きたい」

 やや硬さを含んだ声音が、シンと静まりかえった部屋に響く。
 声の主は、輝くような黄金色の髪とターコイズブルーの瞳に整った顔立ちの美青年。エーデルシュタイン王国のラフェール王太子殿下である。

 ここは王太子殿下の私室の一部屋。応接室に通され、真剣な面持ちの王太子殿下とテーブルをはさんで対峙しているのは、クリスティア・アイスバーグ公爵令嬢。

 緩やかな巻き毛の豊かな黒髪は艶やかで、夜を溶かし込んだようなアメジストの瞳は理知的で、薔薇色の唇は弧を描き、そこはかとなく妖艶さを含んでいた。アーモンド形の瞳を臆することなく、ラフェールに向ける。

「なぜ? とは?」

 聞き返されるとは思わなかったのだろう、ラフェールの目が大きく見開かれ固まっている。

(表情出しすぎですわね。そこも減点です。あの日から、殿下に対する評価はダダ下がりなのに……)

 クリスティアは心の中でため息をつきながら、ダメ出しをしていく。

 ラフェールが我に返る前に、目の前のティーカップを手に取り、香りを楽しみ紅茶を一口。これはアイスバーグ公爵領が献上している王室専用の最高級の茶葉。公爵家の者でさえ口にできるのは、初摘みの際に行う試飲の時だけである。
 幼いころから登城しており、見知った顔も多い。特に王太子付きの侍女は顔なじみの者ばかりだ。なので心配りをしてくれたのだろう。
 紅茶を堪能してカップをソーサーに置くと、彼と目が合った。

「だから、反対理由を聞きたい。これはアイスバーグ公爵家にとっても悪くはない縁談なはず。強固に反対される理由がわからない」

「そうでしょうか? 本当にお分かりにならない?」

 何度も個人的に婚約の打診が来ている。その都度理由をしたため丁寧に断っているのだが、一向に諦めてくれる気配はない。王家から正式なものではなく、あくまでもプライベートな書状なのだ。効力はないに等しい。外堀から埋めてフロレンティーナとの婚約に持っていきたいのだろうが、そう簡単に事は進むはずはないのだ。そこは理解していただきたい。

(恋は盲目といいますが、困ったお方)

 向かい合った彼をジッと見つめると、心なしか青ざめて握ったこぶしが震えているのが見えた。

「……」

(黙っているところをみると、わかってはいるのよね)

「国王陛下と王妃陛下は、なんとおっしゃられているのです?」

「……良い返事は……いただけていない」

 問えば、後ろめたそうに顔を背けながら、か細い声で絞り出すような答えが返ってくる。
 まあ、つまりはっきり言って、反対されているということ。
 クリスティアは何回目かのため息を静かにつきながら少しだけ目をつむり、それから居住まいを正してゆっくりと話し始めることにした。

「あなた様は王太子殿下でございます。妹のフロレンティーナを好きになったからといって、それが成就するとはかぎりません。王族や貴族は政略結婚がつきもの。元から恋愛を望むのも無理な話ですし、政略の意味でもアイスバーグ公爵家は、もっとも難しい位置におります。そこはお分かりいただけているかとは思いますが」

 ここで一区切り。

「……」

 無言ということは、理解しているということだろう。
 話を続けようとしたその時、ラフェールが、がばっと立ち上がった。と思ったら床に両膝をつき土下座。突然の出来事に、思考が停止する。クリスティアはしばし呆然としてその様子を眺め……るしかなかった。

「クリスティア。私に協力してほしい。フロレンティーナのこと、口添えしてくれないか。君が頼めば父上達も賛成してくれるだろう。どうか、お願いだ。クリス」

 彼女の瞳に映ったのは悲壮感を漂わせながら、懇願するラフェール王太子殿下の姿だった。
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