1 / 21
王太子殿下の懇願Ⅰ
しおりを挟む
「なぜ、私とフロレンティーナ嬢との婚約に反対なのか聞きたい」
やや硬さを含んだ声音が、シンと静まりかえった部屋に響く。
声の主は、輝くような黄金色の髪とターコイズブルーの瞳に整った顔立ちの美青年。エーデルシュタイン王国のラフェール王太子殿下である。
ここは王太子殿下の私室の一部屋。応接室に通され、真剣な面持ちの王太子殿下とテーブルをはさんで対峙しているのは、クリスティア・アイスバーグ公爵令嬢。
緩やかな巻き毛の豊かな黒髪は艶やかで、夜を溶かし込んだようなアメジストの瞳は理知的で、薔薇色の唇は弧を描き、そこはかとなく妖艶さを含んでいた。アーモンド形の瞳を臆することなく、ラフェールに向ける。
「なぜ? とは?」
聞き返されるとは思わなかったのだろう、ラフェールの目が大きく見開かれ固まっている。
(表情出しすぎですわね。そこも減点です。あの日から、殿下に対する評価はダダ下がりなのに……)
クリスティアは心の中でため息をつきながら、ダメ出しをしていく。
ラフェールが我に返る前に、目の前のティーカップを手に取り、香りを楽しみ紅茶を一口。これはアイスバーグ公爵領が献上している王室専用の最高級の茶葉。公爵家の者でさえ口にできるのは、初摘みの際に行う試飲の時だけである。
幼いころから登城しており、見知った顔も多い。特に王太子付きの侍女は顔なじみの者ばかりだ。なので心配りをしてくれたのだろう。
紅茶を堪能してカップをソーサーに置くと、彼と目が合った。
「だから、反対理由を聞きたい。これはアイスバーグ公爵家にとっても悪くはない縁談なはず。強固に反対される理由がわからない」
「そうでしょうか? 本当にお分かりにならない?」
何度も個人的に婚約の打診が来ている。その都度理由をしたため丁寧に断っているのだが、一向に諦めてくれる気配はない。王家から正式なものではなく、あくまでもプライベートな書状なのだ。効力はないに等しい。外堀から埋めてフロレンティーナとの婚約に持っていきたいのだろうが、そう簡単に事は進むはずはないのだ。そこは理解していただきたい。
(恋は盲目といいますが、困ったお方)
向かい合った彼をジッと見つめると、心なしか青ざめて握ったこぶしが震えているのが見えた。
「……」
(黙っているところをみると、わかってはいるのよね)
「国王陛下と王妃陛下は、なんとおっしゃられているのです?」
「……良い返事は……いただけていない」
問えば、後ろめたそうに顔を背けながら、か細い声で絞り出すような答えが返ってくる。
まあ、つまりはっきり言って、反対されているということ。
クリスティアは何回目かのため息を静かにつきながら少しだけ目をつむり、それから居住まいを正してゆっくりと話し始めることにした。
「あなた様は王太子殿下でございます。妹のフロレンティーナを好きになったからといって、それが成就するとはかぎりません。王族や貴族は政略結婚がつきもの。元から恋愛を望むのも無理な話ですし、政略の意味でもアイスバーグ公爵家は、もっとも難しい位置におります。そこはお分かりいただけているかとは思いますが」
ここで一区切り。
「……」
無言ということは、理解しているということだろう。
話を続けようとしたその時、ラフェールが、がばっと立ち上がった。と思ったら床に両膝をつき土下座。突然の出来事に、思考が停止する。クリスティアはしばし呆然としてその様子を眺め……るしかなかった。
「クリスティア。私に協力してほしい。フロレンティーナのこと、口添えしてくれないか。君が頼めば父上達も賛成してくれるだろう。どうか、お願いだ。クリス」
彼女の瞳に映ったのは悲壮感を漂わせながら、懇願するラフェール王太子殿下の姿だった。
やや硬さを含んだ声音が、シンと静まりかえった部屋に響く。
声の主は、輝くような黄金色の髪とターコイズブルーの瞳に整った顔立ちの美青年。エーデルシュタイン王国のラフェール王太子殿下である。
ここは王太子殿下の私室の一部屋。応接室に通され、真剣な面持ちの王太子殿下とテーブルをはさんで対峙しているのは、クリスティア・アイスバーグ公爵令嬢。
緩やかな巻き毛の豊かな黒髪は艶やかで、夜を溶かし込んだようなアメジストの瞳は理知的で、薔薇色の唇は弧を描き、そこはかとなく妖艶さを含んでいた。アーモンド形の瞳を臆することなく、ラフェールに向ける。
「なぜ? とは?」
聞き返されるとは思わなかったのだろう、ラフェールの目が大きく見開かれ固まっている。
(表情出しすぎですわね。そこも減点です。あの日から、殿下に対する評価はダダ下がりなのに……)
クリスティアは心の中でため息をつきながら、ダメ出しをしていく。
ラフェールが我に返る前に、目の前のティーカップを手に取り、香りを楽しみ紅茶を一口。これはアイスバーグ公爵領が献上している王室専用の最高級の茶葉。公爵家の者でさえ口にできるのは、初摘みの際に行う試飲の時だけである。
幼いころから登城しており、見知った顔も多い。特に王太子付きの侍女は顔なじみの者ばかりだ。なので心配りをしてくれたのだろう。
紅茶を堪能してカップをソーサーに置くと、彼と目が合った。
「だから、反対理由を聞きたい。これはアイスバーグ公爵家にとっても悪くはない縁談なはず。強固に反対される理由がわからない」
「そうでしょうか? 本当にお分かりにならない?」
何度も個人的に婚約の打診が来ている。その都度理由をしたため丁寧に断っているのだが、一向に諦めてくれる気配はない。王家から正式なものではなく、あくまでもプライベートな書状なのだ。効力はないに等しい。外堀から埋めてフロレンティーナとの婚約に持っていきたいのだろうが、そう簡単に事は進むはずはないのだ。そこは理解していただきたい。
(恋は盲目といいますが、困ったお方)
向かい合った彼をジッと見つめると、心なしか青ざめて握ったこぶしが震えているのが見えた。
「……」
(黙っているところをみると、わかってはいるのよね)
「国王陛下と王妃陛下は、なんとおっしゃられているのです?」
「……良い返事は……いただけていない」
問えば、後ろめたそうに顔を背けながら、か細い声で絞り出すような答えが返ってくる。
まあ、つまりはっきり言って、反対されているということ。
クリスティアは何回目かのため息を静かにつきながら少しだけ目をつむり、それから居住まいを正してゆっくりと話し始めることにした。
「あなた様は王太子殿下でございます。妹のフロレンティーナを好きになったからといって、それが成就するとはかぎりません。王族や貴族は政略結婚がつきもの。元から恋愛を望むのも無理な話ですし、政略の意味でもアイスバーグ公爵家は、もっとも難しい位置におります。そこはお分かりいただけているかとは思いますが」
ここで一区切り。
「……」
無言ということは、理解しているということだろう。
話を続けようとしたその時、ラフェールが、がばっと立ち上がった。と思ったら床に両膝をつき土下座。突然の出来事に、思考が停止する。クリスティアはしばし呆然としてその様子を眺め……るしかなかった。
「クリスティア。私に協力してほしい。フロレンティーナのこと、口添えしてくれないか。君が頼めば父上達も賛成してくれるだろう。どうか、お願いだ。クリス」
彼女の瞳に映ったのは悲壮感を漂わせながら、懇願するラフェール王太子殿下の姿だった。
0
お気に入りに追加
154
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
囚われの魔女と運命の結婚式
弥生紗和
恋愛
騎士団に捕らわれ、古い塔で監視されている魔女ルナには目的があった。それは親切な騎士エドガーを誘惑し、塔の内部を知ること。エドガーはルナを本気で愛してしまうが、ルナには秘密がある。
彼女は戦によって滅ぼされた国の王女だった。敵国の騎士であるエドガーを利用するつもりだったが、やがてルナもエドガーに惹かれてしまう。
ルナにとって敵国の王太子であるリヴァルスは、美しい見た目だが冷酷な男だ。リヴァルスはルナの正体を知ると、自分の屋敷にルナを幽閉し、王国の平和の為に自分と結婚するよう迫る。ルナは政略結婚を受け入れるが、エドガーへの気持ちを忘れられないルナは苦悩する。一方のエドガーはルナを救うためにリヴァルスの弟アシュトンを頼る。
そして訪れたルナとリヴァルスの結婚式当日、ある事実が判明する──
5万文字程度の中編になります。シリアスな恋愛ファンタジー、ハッピーエンドです。小説家になろうにも投稿
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
幼馴染が好きなら幼馴染だけ愛せば?
新野乃花(大舟)
恋愛
フーレン伯爵はエレナとの婚約関係を結んでいながら、仕事だと言って屋敷をあけ、その度に自身の幼馴染であるレベッカとの関係を深めていた。その関係は次第に熱いものとなっていき、ついにフーレン伯爵はエレナに婚約破棄を告げてしまう。しかしその言葉こそ、伯爵が奈落の底に転落していく最初の第一歩となるのであった。
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる