2 / 7
光ったものは……?
しおりを挟む
彼女の姿は見る間に小さくなり、やがて通路の角に消えた。しばらくの間、毒気に当てられたように、そこを見つめていた。
「元気のいい子ねぇ」
橘部長の呆れるような感心するような声に、我に返る。
「知っているんですか?」
確か名前を呼んでいた。同じ部署の人間なんだろうか。彼女は秘書課、人事課、営業課の統括部長だった。それぞれの部署をまとめる重要な役職を担っている。俺は営業課の課長を務めているから彼女は上司に当たる。
一般社員としてでもよかったのだが、次期社長としての顔があると、父から渋い顏で言われ却下された。経験を積むという意味で課長になったのだが、果たしてそれでよかったのかどうか。何も知らないお坊ちゃんがいきなり課長というのも、その部署にとってはいい迷惑かもしれない。
「ええ、芳村遙。新卒の新入社員よ」
「よく知っていますね。同じ部署なんですか?」
営業では見ない顔だし、秘書課か人事課かどちらかだろう。それでも統括部長が、一介の新入社員を覚えているのは珍しいことだろう。入社して二か月ほどしか経っていない。新人教育をしているというのなら話は別だが。統括部長直々にというのはあり得ない。
「あの子は、経理課よ」
「!」
新入社員は100人を超えていたはず。例年より少ないとはいえ、顏も名前も一致させるのは容易にできることではないだろう。それをまさか覚えている!?
橘部長は俺の顔を見てクスリと笑った。
「採用試験で面接担当だったから、それでたまたま覚えていたんです」
「そうだったんですね。びっくりしました。管轄外の新入社員まで把握しているのかと思って」
「まさか、わたしもそこまではありませんよ」
彼女は軽く肩をすくめて見せたが、その態度にはそこはかとなく自信が窺える。難しいことを簡単にやってのける人だから、これももしかしたらポーズなのかもしれない。
「それよりも先を急ぎませんか?」
橘部長の声に現実に立ち返る。
そうだった。いつまでもここで、立往生をしているわけにはいかない。俺達にも仕事がある。
「そうですね」
彼女の言葉に促されて足を踏み出したところだった。
キラっと光るものが床を奔っていった。靴で何かを蹴ってしまったのかもしれない。奔った先を見てみると、通路脇の観葉植物の植木鉢の袂にあった。
拾い上げてみると、それは、ダイヤモンドのピアスだった。
デザインはごくありふれたシンプルなもので、それほど高価なものとは思えなかったが、留め金の部分がなかったから、落した物かもしれない。
ピアスが外れるというのは、どういう状況だろう?
考えて思い浮かんだのは――
さっきの彼女?
あの時の……
ぶつかった拍子に取れてしまったのかもしれない。それならば留め金も近くに落ちている可能性もある。状況を思い出しながらあたりを探した。しかしそれらしいものは見つからない。
ピアスのように小さいものは床の色に紛れてしまう。留め金はさらに小さい。見つけるのは至難の業だ。それでもどこかにないかと探していると、
「何か落としましたか?」
橘部長の声がした。
「あっ、いえ。何でもありません」
咄嗟にピアスを掌に握り込んだ。
何を夢中になっていたんだろう。誰が落としたのかもわからないものを。彼女の物だとはっきり決まったわけでもないのに。
はっ! 彼女の物だったらどうしたかったんだ?
やめよう。こんなバカなこと。
「あら? 血?」
俺の肩のあたりを凝視した彼女がつぶやいた。
「血? ですか?」
身の覚えのない事に頭を傾げながら、彼女の視線をたどり見てみると、確かに赤いものがスーツの上着についていた。
「元気のいい子ねぇ」
橘部長の呆れるような感心するような声に、我に返る。
「知っているんですか?」
確か名前を呼んでいた。同じ部署の人間なんだろうか。彼女は秘書課、人事課、営業課の統括部長だった。それぞれの部署をまとめる重要な役職を担っている。俺は営業課の課長を務めているから彼女は上司に当たる。
一般社員としてでもよかったのだが、次期社長としての顔があると、父から渋い顏で言われ却下された。経験を積むという意味で課長になったのだが、果たしてそれでよかったのかどうか。何も知らないお坊ちゃんがいきなり課長というのも、その部署にとってはいい迷惑かもしれない。
「ええ、芳村遙。新卒の新入社員よ」
「よく知っていますね。同じ部署なんですか?」
営業では見ない顔だし、秘書課か人事課かどちらかだろう。それでも統括部長が、一介の新入社員を覚えているのは珍しいことだろう。入社して二か月ほどしか経っていない。新人教育をしているというのなら話は別だが。統括部長直々にというのはあり得ない。
「あの子は、経理課よ」
「!」
新入社員は100人を超えていたはず。例年より少ないとはいえ、顏も名前も一致させるのは容易にできることではないだろう。それをまさか覚えている!?
橘部長は俺の顔を見てクスリと笑った。
「採用試験で面接担当だったから、それでたまたま覚えていたんです」
「そうだったんですね。びっくりしました。管轄外の新入社員まで把握しているのかと思って」
「まさか、わたしもそこまではありませんよ」
彼女は軽く肩をすくめて見せたが、その態度にはそこはかとなく自信が窺える。難しいことを簡単にやってのける人だから、これももしかしたらポーズなのかもしれない。
「それよりも先を急ぎませんか?」
橘部長の声に現実に立ち返る。
そうだった。いつまでもここで、立往生をしているわけにはいかない。俺達にも仕事がある。
「そうですね」
彼女の言葉に促されて足を踏み出したところだった。
キラっと光るものが床を奔っていった。靴で何かを蹴ってしまったのかもしれない。奔った先を見てみると、通路脇の観葉植物の植木鉢の袂にあった。
拾い上げてみると、それは、ダイヤモンドのピアスだった。
デザインはごくありふれたシンプルなもので、それほど高価なものとは思えなかったが、留め金の部分がなかったから、落した物かもしれない。
ピアスが外れるというのは、どういう状況だろう?
考えて思い浮かんだのは――
さっきの彼女?
あの時の……
ぶつかった拍子に取れてしまったのかもしれない。それならば留め金も近くに落ちている可能性もある。状況を思い出しながらあたりを探した。しかしそれらしいものは見つからない。
ピアスのように小さいものは床の色に紛れてしまう。留め金はさらに小さい。見つけるのは至難の業だ。それでもどこかにないかと探していると、
「何か落としましたか?」
橘部長の声がした。
「あっ、いえ。何でもありません」
咄嗟にピアスを掌に握り込んだ。
何を夢中になっていたんだろう。誰が落としたのかもわからないものを。彼女の物だとはっきり決まったわけでもないのに。
はっ! 彼女の物だったらどうしたかったんだ?
やめよう。こんなバカなこと。
「あら? 血?」
俺の肩のあたりを凝視した彼女がつぶやいた。
「血? ですか?」
身の覚えのない事に頭を傾げながら、彼女の視線をたどり見てみると、確かに赤いものがスーツの上着についていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~
蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。
なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?!
アイドル顔負けのルックス
庶務課 蜂谷あすか(24)
×
社内人気NO.1のイケメンエリート
企画部エース 天野翔(31)
「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」
女子社員から妬まれるのは面倒。
イケメンには関わりたくないのに。
「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」
イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって
人を思いやれる優しい人。
そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。
「私、…役に立ちました?」
それなら…もっと……。
「褒めて下さい」
もっともっと、彼に認められたい。
「もっと、褒めて下さ…っん!」
首の後ろを掬いあげられるように掴まれて
重ねた唇は煙草の匂いがした。
「なぁ。褒めて欲しい?」
それは甘いキスの誘惑…。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ after story
けいこ
恋愛
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~
のafter storyになります😃
よろしければぜひ、本編を読んで頂いた後にご覧下さい🌸🌸
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる