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第二部
テンネル侯爵夫人side④
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サアァァァと雨のようにシャワーヘッドから水が放出される。
放たれた水の重みで葉っぱや花びらが揺れる。水玉が滴り落ちてゆくたびに植物たちが生き生きとしていくようだった。
弧を描く水飛沫が虹を作り出して幻想的な景色が広がった。遠くでしか見られない虹が目の前に現れる。それだけでも小さな祝福が与えられたような幸福感を感じられた。
広い庭園は水やりだけでも重労働だと知った。庭師に感謝だわ。何事においても使用人がいてわたくしたちは生活ができている。なんでも当たり前だと思ってはダメね。まるで悟りでも開いたかのような心境になって、わたくしはクスリと一人で笑いを漏らした。
習慣化し始めた水やりはいい気晴らしにもなった。狭い範囲だけしかできないけれど、自然と触れ合うことで癒され心が洗われていくように感じる。
水やりを続けているとメイドの声がした。
「奥様。レッシュ侯爵夫人がお見えになっておりますが、どのようにいたしましょう」
「お姉様? 会う予定はなかったはずよね。今日は用事もないし、いつもの場所にお通して」
天気のいい日はテラスでお茶をするのが定番だから、そこで待っていてもらいましょう。先触れもなしに訪れるなんてお姉様にしては珍しいわね。
外出していなくてよかったわ。気分転換に買い物に出かけようかとも思っていたから、思いとどまって正解だった。わたくしは水を止めてホースを片付けていた。
「べス」
片付けが終わったところでお姉様が姿を現した。
「お姉様。テラスでお待ちのはずでは?」
「庭園にいると聞いたものだから来てみたの。いけなかったかしら?」
「いえ、それは大丈夫ですけれど。急の訪問なんて驚きましたわ」
お姉様は精緻な刺繍が施された純白の日傘を差して優雅に微笑んでいた。相変わらずきれいだわ。
「べスの顔を見たくなって寄ってしまったのよ。急にお邪魔してごめんなさいね」
「わたくしとしては大歓迎ですわ。ようこそ、おいで下さいました」
急だろうが、お姉様に会えるのは嬉しい。全然、お邪魔ではない。むしろお会いしたかった。
「水やりをしていたのね。花々が瑞々しくて生き生きしているわ。風も涼しくて気持ちがいいわね。いつもやっているの?」
「ええ。ここ最近の日課なんです。無心になれて癒しにもなりますから」
「そうなのね」
お姉様の表情は温容で慈悲に溢れていた。
わたくしたちはいつものテラスに移動して早めの昼食を取ることにした。
テーブルには前菜やローストチキンや魚介類のカルパッチョやパンにサラダ、スープなど。急の変更にも拘わらず品数も十分で、並んでいる料理はどれも手の込んだものだった。
シェフ達にも感謝だわ。心の中で手を合わせた。
「申し訳ないわね。こんなに用意してもらって」
テーブルの料理を前に恐縮する姉ににっこりと微笑みかけた。
「一人より二人。わたくしはお姉様と一緒で嬉しいですわ。遠慮なくお召し上がりくださいね」
朝夕は家族で食事をするけれど、昼食はそれぞれの所用でバラバラに取ることが多い我が家。ここ最近は味気なさを感じていたから、一人でないことは有難かった。
たわいないおしゃべりをして食事を楽しむ。鬱々とした気分を抱えていたわたくしは久しぶりに笑うことができた。
食事も終わりお茶の時間。
わたくしが選んだとっておきの茶葉で淹れた紅茶は美味しい。ほんのりとした爽やかさを含んだ紅茶を堪能する。
「お姉様。時間を巻き戻したいと願ったことはありませんか?」
「時間を巻き戻す? そうねえ。もう一度やり直したいと思ったことは何度かあるわ。後悔したことがいくつかあるの。ちょっとしたことだけどもね」
「よかった。わたくしだけではないのですね」
後悔先に立たず。
悔やんでも悔やみきれないあの日の出来事。
卒業パーティーでのリリアさんの愚行がテンネル侯爵家に大きな影を落としてしまった。
放たれた水の重みで葉っぱや花びらが揺れる。水玉が滴り落ちてゆくたびに植物たちが生き生きとしていくようだった。
弧を描く水飛沫が虹を作り出して幻想的な景色が広がった。遠くでしか見られない虹が目の前に現れる。それだけでも小さな祝福が与えられたような幸福感を感じられた。
広い庭園は水やりだけでも重労働だと知った。庭師に感謝だわ。何事においても使用人がいてわたくしたちは生活ができている。なんでも当たり前だと思ってはダメね。まるで悟りでも開いたかのような心境になって、わたくしはクスリと一人で笑いを漏らした。
習慣化し始めた水やりはいい気晴らしにもなった。狭い範囲だけしかできないけれど、自然と触れ合うことで癒され心が洗われていくように感じる。
水やりを続けているとメイドの声がした。
「奥様。レッシュ侯爵夫人がお見えになっておりますが、どのようにいたしましょう」
「お姉様? 会う予定はなかったはずよね。今日は用事もないし、いつもの場所にお通して」
天気のいい日はテラスでお茶をするのが定番だから、そこで待っていてもらいましょう。先触れもなしに訪れるなんてお姉様にしては珍しいわね。
外出していなくてよかったわ。気分転換に買い物に出かけようかとも思っていたから、思いとどまって正解だった。わたくしは水を止めてホースを片付けていた。
「べス」
片付けが終わったところでお姉様が姿を現した。
「お姉様。テラスでお待ちのはずでは?」
「庭園にいると聞いたものだから来てみたの。いけなかったかしら?」
「いえ、それは大丈夫ですけれど。急の訪問なんて驚きましたわ」
お姉様は精緻な刺繍が施された純白の日傘を差して優雅に微笑んでいた。相変わらずきれいだわ。
「べスの顔を見たくなって寄ってしまったのよ。急にお邪魔してごめんなさいね」
「わたくしとしては大歓迎ですわ。ようこそ、おいで下さいました」
急だろうが、お姉様に会えるのは嬉しい。全然、お邪魔ではない。むしろお会いしたかった。
「水やりをしていたのね。花々が瑞々しくて生き生きしているわ。風も涼しくて気持ちがいいわね。いつもやっているの?」
「ええ。ここ最近の日課なんです。無心になれて癒しにもなりますから」
「そうなのね」
お姉様の表情は温容で慈悲に溢れていた。
わたくしたちはいつものテラスに移動して早めの昼食を取ることにした。
テーブルには前菜やローストチキンや魚介類のカルパッチョやパンにサラダ、スープなど。急の変更にも拘わらず品数も十分で、並んでいる料理はどれも手の込んだものだった。
シェフ達にも感謝だわ。心の中で手を合わせた。
「申し訳ないわね。こんなに用意してもらって」
テーブルの料理を前に恐縮する姉ににっこりと微笑みかけた。
「一人より二人。わたくしはお姉様と一緒で嬉しいですわ。遠慮なくお召し上がりくださいね」
朝夕は家族で食事をするけれど、昼食はそれぞれの所用でバラバラに取ることが多い我が家。ここ最近は味気なさを感じていたから、一人でないことは有難かった。
たわいないおしゃべりをして食事を楽しむ。鬱々とした気分を抱えていたわたくしは久しぶりに笑うことができた。
食事も終わりお茶の時間。
わたくしが選んだとっておきの茶葉で淹れた紅茶は美味しい。ほんのりとした爽やかさを含んだ紅茶を堪能する。
「お姉様。時間を巻き戻したいと願ったことはありませんか?」
「時間を巻き戻す? そうねえ。もう一度やり直したいと思ったことは何度かあるわ。後悔したことがいくつかあるの。ちょっとしたことだけどもね」
「よかった。わたくしだけではないのですね」
後悔先に立たず。
悔やんでも悔やみきれないあの日の出来事。
卒業パーティーでのリリアさんの愚行がテンネル侯爵家に大きな影を落としてしまった。
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