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第二部
波乱のあとでⅢ
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♢♢♢♢♢♢
「しばらく、ここで療養するといいよ」
「治療もして頂いた上にそこまで甘えてはいけないと思うのですが」
ひとしきりレイ様の胸で泣いてしまった私。
気持が落ち着いた頃、連れてこられたのは初めて見る部屋でした。衣裳部屋を兼ねたドレッサー用の部屋を用意して頂いていましたが、ここはその部屋とは比べ物にならない豪華な造りでした。
百合の透かし模様の生成りの壁紙は上質。最高級のマホガニーの家具、テーブルや椅子、照明などインテリアも技術の粋を極めた上品で豪奢なものばかり。その中でも一番目を引くのは天蓋付きのベッドです。キングサイズの広さに典麗な彫りには鮮やかな色彩が施されて、幾重にもレースが重なりエレガントで幻想的な雰囲気を醸し出していました。
私は今、その天蓋付きベッドの上。
なぜここに?
ふかふかで寝心地もよさそうなのですが、レイ様の宮に泊まるわけにはいきませんし、療養も自邸で十分だと思うのです。
邸に連れ帰ってくれると思っていたら、着いた先は西の宮。
まさか、ダンがそんな大胆なことをするとは思っていなかったので、すっかり騙された気分です。
「残党がいてまた狙われたらどうするの? とてもじゃないけれど帰せないよ」
「でも、レイ様にご面倒かけては申し訳ないですから」
「俺の心の平安のためにもここにいてくれないか。このまま邸に帰したら、心配で心配で眠れないと思う。だから、ここにいて欲しい」
両手を包み込むように握られて懇願するレイ様に、嫌とは言えなくなりました。
あの場にいた者達は捕まったようですが、他に仲間がいたら? 今度は本当に誘拐されるかもしれない。そんな恐怖に身が竦みました。それを思えば、宮の方が安全かもしれません。
「それでは、少しの間だけ。よろしくお願いいたします」
二日か三日か、その頃には足の調子も良くなっているでしょう。そのつもりで首を縦に振り頭を下げました。
レイ様は私の返事にホッとしたのか、笑顔を見せてくれました。
「ブルーバーグ侯爵家にも連絡しているからね。ここで療養することも伝えてあるから安心して。面会もできるから」
「お心遣いありがとうございます」
もうすでに伝えてあるのね。レイ様の用意周到さに顔が引きつりそうになりました。私が反対しても無駄だったのね。今頃、両親は誘拐のことを聞いて驚愕して気が動転しているかもしれない。また、心労をかけてしまうわ。できればすぐにでも帰って両親を安心させてあげたい。
そんなことを考えて沈んでいるところへ突然、バアーンと大きな音がしました。
そちらに注目するとアンジェラ様が部屋に駆け込んでくるところでした。
「フローラちゃんは大丈夫なの?」
肩で息をしている様子から、誘拐の件を聞いて大急ぎで駆けつけて下さったのでしょう。東の宮まで伝わってしまっているのね。心配の種を増やしてしまったようで、申し訳ないわ。
「おかげさまで、警備隊やダンが助けてくれたので大事に至らずにすみました」
「よかったわ。怪我をしたと聞いたけれど具合はどうなの?」
「軽い捻挫だったみたいで、一週間ほど安静にしていればよくなるそうです」
ベッドのそばに用意された椅子に座り、元気そうな私の顔を見たアンジェラ様から安堵の息が漏れました。
「そうなのね。軽く済んでよかったわね。でも、無理はしないでね。しっかり治療は受けてね」
「はい。お心遣い頂きありがとうございます」
私達のやり取りを見ていたレイ様は
「義姉上。いきなり部屋に入ってくるなんて、何事かとびっくりするではないですか?」
困った顔でこめかみを指で押さえてぼやきました。
「あら、ごめんなさい。だって、フローラちゃんが誘拐されそうだったって聞いたら、居ても立っても居られなくなって、飛び出してきてしまったのよ」
「気持ちはわかりますが」
「でしょう? だから、今回は許してちょうだいね」
「しょうがない。今回だけですよ」
「わかったわ。今度から気をつけるわね」
先触れなしの訪れとノックもなしの部屋への訪問は本来ならマナー違反ですものね。やんわりと諭すレイ様と非礼を反省するアンジェラ様。
王族同士の会話がどことなくほのぼのしたものに感じられて口元が綻びました。
「それはそうと、どうしてフローラちゃんが狙われたの?」
「逮捕された者達を取り調べてみないことには、真相はわからないのではと思いますが」
「そうね。そうよね。フローラちゃんは何か心当たりはあるの? 気になった点とかないかしら?」
「義姉上。事情聴取はあなたの仕事ではありませんよ。それに今日の今日。当事者のローラに負担をかけることはおやめください」
レイ様がアンジェラ様を諫めてくださいました。
近いうちに私にも事情を聴かれることは承知していましたが、まだ心の整理がつかない状態なので、気遣ってくださるのはありがたいことです。
「フローラちゃん、ごめんなさいね。ちょっと焦っていたようだわ。実はわたくし、とってもはらわたが煮えくり返っているのよ」
にこやかな表情で物騒な事を言い放つアンジェラ様。
これをどう受け止めたらいいのか、唖然とした表情で見つめるしかありません。レイ様も瞠目してアンジェラ様を凝視していました。
「だって、そうでしょう? 王都で貴族令嬢の誘拐未遂事件が起きたのよ。今回は未遂で終わったからよかったものの、これは見過ごすわけにはいかないわ。王太子妃の名にかけて許すわけにはいかない。二度とこんな事件が起きないように徹底的に調査をするわ」
固く誓うようにギュッと扇子を握りしめたアンジェラ様。
正義感を滾らせ義憤に燃えるアンジェラ様は美しい。思わず見惚れてしまったほど。
艶麗な美しさと凛乎とした姿に目を奪われて、不謹慎にも胸がときめいてしまったことは……レイ様には内緒です。
「しばらく、ここで療養するといいよ」
「治療もして頂いた上にそこまで甘えてはいけないと思うのですが」
ひとしきりレイ様の胸で泣いてしまった私。
気持が落ち着いた頃、連れてこられたのは初めて見る部屋でした。衣裳部屋を兼ねたドレッサー用の部屋を用意して頂いていましたが、ここはその部屋とは比べ物にならない豪華な造りでした。
百合の透かし模様の生成りの壁紙は上質。最高級のマホガニーの家具、テーブルや椅子、照明などインテリアも技術の粋を極めた上品で豪奢なものばかり。その中でも一番目を引くのは天蓋付きのベッドです。キングサイズの広さに典麗な彫りには鮮やかな色彩が施されて、幾重にもレースが重なりエレガントで幻想的な雰囲気を醸し出していました。
私は今、その天蓋付きベッドの上。
なぜここに?
ふかふかで寝心地もよさそうなのですが、レイ様の宮に泊まるわけにはいきませんし、療養も自邸で十分だと思うのです。
邸に連れ帰ってくれると思っていたら、着いた先は西の宮。
まさか、ダンがそんな大胆なことをするとは思っていなかったので、すっかり騙された気分です。
「残党がいてまた狙われたらどうするの? とてもじゃないけれど帰せないよ」
「でも、レイ様にご面倒かけては申し訳ないですから」
「俺の心の平安のためにもここにいてくれないか。このまま邸に帰したら、心配で心配で眠れないと思う。だから、ここにいて欲しい」
両手を包み込むように握られて懇願するレイ様に、嫌とは言えなくなりました。
あの場にいた者達は捕まったようですが、他に仲間がいたら? 今度は本当に誘拐されるかもしれない。そんな恐怖に身が竦みました。それを思えば、宮の方が安全かもしれません。
「それでは、少しの間だけ。よろしくお願いいたします」
二日か三日か、その頃には足の調子も良くなっているでしょう。そのつもりで首を縦に振り頭を下げました。
レイ様は私の返事にホッとしたのか、笑顔を見せてくれました。
「ブルーバーグ侯爵家にも連絡しているからね。ここで療養することも伝えてあるから安心して。面会もできるから」
「お心遣いありがとうございます」
もうすでに伝えてあるのね。レイ様の用意周到さに顔が引きつりそうになりました。私が反対しても無駄だったのね。今頃、両親は誘拐のことを聞いて驚愕して気が動転しているかもしれない。また、心労をかけてしまうわ。できればすぐにでも帰って両親を安心させてあげたい。
そんなことを考えて沈んでいるところへ突然、バアーンと大きな音がしました。
そちらに注目するとアンジェラ様が部屋に駆け込んでくるところでした。
「フローラちゃんは大丈夫なの?」
肩で息をしている様子から、誘拐の件を聞いて大急ぎで駆けつけて下さったのでしょう。東の宮まで伝わってしまっているのね。心配の種を増やしてしまったようで、申し訳ないわ。
「おかげさまで、警備隊やダンが助けてくれたので大事に至らずにすみました」
「よかったわ。怪我をしたと聞いたけれど具合はどうなの?」
「軽い捻挫だったみたいで、一週間ほど安静にしていればよくなるそうです」
ベッドのそばに用意された椅子に座り、元気そうな私の顔を見たアンジェラ様から安堵の息が漏れました。
「そうなのね。軽く済んでよかったわね。でも、無理はしないでね。しっかり治療は受けてね」
「はい。お心遣い頂きありがとうございます」
私達のやり取りを見ていたレイ様は
「義姉上。いきなり部屋に入ってくるなんて、何事かとびっくりするではないですか?」
困った顔でこめかみを指で押さえてぼやきました。
「あら、ごめんなさい。だって、フローラちゃんが誘拐されそうだったって聞いたら、居ても立っても居られなくなって、飛び出してきてしまったのよ」
「気持ちはわかりますが」
「でしょう? だから、今回は許してちょうだいね」
「しょうがない。今回だけですよ」
「わかったわ。今度から気をつけるわね」
先触れなしの訪れとノックもなしの部屋への訪問は本来ならマナー違反ですものね。やんわりと諭すレイ様と非礼を反省するアンジェラ様。
王族同士の会話がどことなくほのぼのしたものに感じられて口元が綻びました。
「それはそうと、どうしてフローラちゃんが狙われたの?」
「逮捕された者達を取り調べてみないことには、真相はわからないのではと思いますが」
「そうね。そうよね。フローラちゃんは何か心当たりはあるの? 気になった点とかないかしら?」
「義姉上。事情聴取はあなたの仕事ではありませんよ。それに今日の今日。当事者のローラに負担をかけることはおやめください」
レイ様がアンジェラ様を諫めてくださいました。
近いうちに私にも事情を聴かれることは承知していましたが、まだ心の整理がつかない状態なので、気遣ってくださるのはありがたいことです。
「フローラちゃん、ごめんなさいね。ちょっと焦っていたようだわ。実はわたくし、とってもはらわたが煮えくり返っているのよ」
にこやかな表情で物騒な事を言い放つアンジェラ様。
これをどう受け止めたらいいのか、唖然とした表情で見つめるしかありません。レイ様も瞠目してアンジェラ様を凝視していました。
「だって、そうでしょう? 王都で貴族令嬢の誘拐未遂事件が起きたのよ。今回は未遂で終わったからよかったものの、これは見過ごすわけにはいかないわ。王太子妃の名にかけて許すわけにはいかない。二度とこんな事件が起きないように徹底的に調査をするわ」
固く誓うようにギュッと扇子を握りしめたアンジェラ様。
正義感を滾らせ義憤に燃えるアンジェラ様は美しい。思わず見惚れてしまったほど。
艶麗な美しさと凛乎とした姿に目を奪われて、不謹慎にも胸がときめいてしまったことは……レイ様には内緒です。
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