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第二部

ビビアンside⑨

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 ビリビリと力任せに紙を破る。何度も引き裂いた紙は空を舞って机の上に散らばる。

「何なのよ。どれだけバカにすれば気が済むのよ」

 また目に入った教科書を手に取ると思い切り引き裂く。

「悔しい、悔しい」

 ビリと大きく裂かれた紙をさらに破いていく。こんなことをしても屈辱が消えるわけではない。

 あれから、逃げるように邸に帰ってきた。案の定、待ち構えていたお母様に疲れているからと告げて部屋に籠った。腹の虫がおさまらないわたくしは、鞄を机に投げつけると教科書が飛び出してしまった。

 むしゃくしゃする。何かに当たらずにはいられない。いらいらとした気持ちを抱えてどうしようもなく、目の前にあった教科書に八つ当たりをした。何度も何度も破いていくと小さな紙片になっていった。

「なぜ、わたくしが惨めな思いをしないといけないのよ。フローラがレイニー殿下でわたくしが三男って、どんな冗談なのかしら。もしかしてわたくしは夢を見ているのかしら」

 ビリビリ、ビリビリ。引き裂く指に力が入る。立派に装丁された教科書を破るために渾身の力を込める。

「フローラのどこが高嶺の花なのよ。あんたは雑草よって言ってやればよかったわ。身の程知らずな。地味令嬢のくせに」

 細かくなった紙片が机に溜まっていく。紙片をかき集め上へ放り投げる。宙を舞った紙片は床に散らばった。

「はあ、はあ」

 息つく間もなく激情に身を委ねた力任せの行為に呼吸が乱れて肩で息をする。紙を破いたくらいでは怒りは収まらない。なんとも言えない気持ちはどこに持っていきようもない。
 呼吸が正常に戻った頃、扉を叩く音と共に扉が開いた。

「お嬢様、入りますよ。お召替えのお手伝いを……」

 部屋に入ってきたメイドの足が止まって、声も止んだ。視線はわたくしではなく先方に注がれている。

「あの、お嬢様。どうなさったのですか?」

 滅多なことでは驚かないメイドのエマ。紺色のメイド服に後ろに纏めた茶色の髪。そして、茶色の瞳が大きく見開かれて、わたくしの背後の惨状に困惑している。

 机の上では教科書類が鞄から飛び出ているし、破いた紙があちらこちらに散らばってゴミが散乱しているかのようだった。いつもキッチリと整理整頓されて埃一つないわたくしの部屋。メイド達が毎日磨き上げてくれる清潔な部屋の机の周りは、見る影もないほど散らかってひどい有様。目を覆いたくなるほど。
 
「お嬢様」

 その悲惨な状況を目の当たりにして、何があったのかと、気まずくも気の毒そうにわたくしを見つめるエマ。

「い、いえ。これは……」

 冷静になってみると常軌を逸している行為。バカげたことをしてしまったわ。
 あたふたするも、わたくしがやりましたなどとは口が裂けても言えない。

「わたくしでは、ないのよ……」

 そうよ。わたくしではない。いつもの自分だったら絶対にこんなことはしないわ。あれはわたくしではなかったのよ。わたくしに乗り移った誰かだったのよ。たぶん。
 そうでも思わないと惨めすぎる。

「それでは、誰が……」

「それは……」

 往生際が悪いとわかっていても、犯人は自分だとは言えない。わたくしだって信じられないのだもの。負け犬のごとく逃げ出すしかなかった末の結果がこれって、あまりにも恥ずかしすぎる。

「もしや、他の誰かの仕業とか? いやがらせをされているとかではありませんか?」

 白状しないわたくしに何かを感じ取ったのか、エマがあらぬことを聞いてきた。

 いやがらせ。学園ではほとんど聞いたことはないけれど。わたくしもそんな目にあったことはない。

 そういえば、巷ではそんな感じの小説が流行っていたような気がするわ。ヒロインの恋の邪魔をして苛め抜く悪役令嬢が登場する小説。最後は悪役令嬢の悪事がばれて断罪されヒロインは恋人とハッピーエンドを迎える。勧善懲悪。スカッとする話ね。

 今の私にぴったりじゃない。

 そうよ。わたくしとレイニー殿下の結婚を邪魔するフローラ。さながらヒロインと悪役令嬢だわ。

 もしも、わたくしが癇癪を起こしたと告げ口されたら両親になんと思われるか。淑女の見本とまで言われているわたくしよ。失態なんて見せられないわ。結婚の件があるから、下手な醜態は見せられない。この際だから、口止めついでにエマの誤解を利用させてもらうわね。

「ええ、実は……」

 わたくしは物憂げな表情を作って話し出した。

 いいわよね。ここだけの話だもの。何の実害もないわ。わたくしは軽い気持ちでエマの誤解に乗った。


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