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第二部
遠い告白Ⅱ
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ざわざわと騒めく観衆達。
手を取られてホールの中央へ。何組ものカップルが楽しそうにダンスを踊っています。
「私でよかったのですか? ご令嬢達が順番を待っていらっしゃったようですが」
よく考えれば、ダンス待ちの列から外れたところにいたので、その資格はないような気がします。見向きもされなかった令嬢達の中には不服そうな顔した方が何人かいました。ファーストダンスのあとは誰と踊っても自由ではあるのですけれど。
「ローラと踊りたかったからね。苦手なダンスも練習したんだ」
「!」
なんと答えたらいいのでしょう。
ドキドキとした胸の鼓動が抑えきれません。顔、赤くなってないかしら?
「あの……レイ様はダンスが苦手なのですか?」
おずおずと切り出すと
「うん。苦手、というより嫌いだったな」
嫌い? ちょっと予想外の答えが帰ってきました。
ダンスは王族にとっても貴族にとっても必修項目。ダンスのスキルは大事です。人間ですから、苦手なものや嫌いなものがあっても不思議ではないですが、レイ様にも当てはまるとは思いませんでした。
私も得意かと聞かれれば否ですけれど。人のことは言えませんね。
「ビビアン様とは上手に踊っていらっしゃいました」
軽々と優雅に微笑んで……とても、素敵だった。嫌いなダンスとはとても思えなかったわ。
「必死だったんだよ。一応、王子だし、みっともないところは見せられないからね。頑張ったんだ。褒めてくれる?」
レイ様。
「……素敵でした。流麗なダンスで見惚れてしまいました」
胸がいっぱいになりながら、素直な感想を述べました。
「ちょっと、褒めすぎ? でも、ローラに褒められると頑張ってよかったと思えるよ。本当に嬉しいな」
破顔一笑したレイ様が眩しくて胸がときめいてうるっと来てしまいます。
それからは夢心地。
レイ様のリードは完璧で難しい曲にも難なく乗って本当に軽やかでした。私のダンスのスキルが上がったと勘違いしそうなくらいに華麗なリードと足さばきです。
豪奢なシャンデリアが光を反射してキラキラと輝く中、クルクルとターンをするたびにピーコックグリーンのドレスの裾が翻る。時折、レイ様が耳元で囁いて、私の笑みを誘います。
そんな様子さえ楽しくて幸せでこの時間がずっと続けばよいのにと思ったくらい。夢のような時間はあっという間。曲が終わりダンスも終焉を迎えました。
「もう一曲、踊りたいな」
私も同じです。レイ様と踊りたい。
「また、この次に」
令嬢達が待っています。独り占めするわけにはいけませんものね。
夢から覚めて現実に立ち返ると一令嬢の我儘は押し通せません。レイ様のためにも身を引くのも必要でしょうから。
「そうか。残念だな。その代わり、あとで会ってくれる? 話がしたいんだ」
交換条件?
スッと真顔になったレイ様に断る理由もないので承諾しました。
祝賀会は宴もたけなわ。会場は祝福ムードに包まれて盛り上がっています。
レイ様は次の令嬢とダンスを始めるようです。歓声が上がり順番を待つ令嬢達がウキウキしているように見えました。ハートマークのキラキラした瞳でダンスを踊る令嬢。うっとりと見つめる令嬢達。
レイ様って、本当にモテるのね。
自分だけのレイ様でないのは当たり前のことだったのに、今まで気づかなかった私ってどれだけ鈍いのかしら。レイ様は第三王子殿下。誰だって選べる立場。仲良くして頂いたのが奇跡のようなもの。
寂しい気持ちを抱えつつ、レイ様を遠くに眺めていると不意に声がかかりました。
「ブルーバーグ侯爵令嬢。テンネル侯爵家が次男スティールと申します。ぼくと踊っていただけませんか?」
テンネル侯爵家?
驚きに目を瞬かせていると彼からフッと微苦笑が漏れました。
「やっぱり、覚えてませんよね?」
図星を刺されて返答に困りました。会ったのは一回か二回くらい? 挨拶をした程度で顔を覚えるには機会も少なすぎました。確か、隣国に留学されたと聞いていたのですが、一時的に帰国されたのかしら?
「すみません」
「いいんですよ。挨拶程度では覚える暇もなかったでしょうからね。踊っていただけますか?」
黒縁の眼鏡の奥から覗く穏やかな青い瞳。波打つ栗色の髪。人目を惹く容姿ではないけれど、人柄の良さを現わしているような柔和な面立ち。
エドガー様とは性質が正反対な印象を受けました。
「はい」
元婚約者の弟。微妙な立ち位置ですが、彼に悪印象はありませんし、婚約解消した今は他人ですから受けても問題はないでしょう。
「兄のことはすみませんでした」
スティール様の突然の謝罪に足が止まってしまい、つんのめりそうになった私を彼が支えてくれました。
「ありがとうございます」
ダンスの途中で転びそうになるなんて恥ずかしいわ。
「いえ。それよりも大丈夫でしたか? どこか痛めませんでしたか?」
「大丈夫です。どこも痛いところはありませんわ」
ちょっとつまずいただけですし、すぐに受け止めてくれたので大事に至らずにすみました。
「よかった」
心底ほっとしたように微笑んだスティール様はとても優しい方なのでしょう。
もしも、エドガー様が彼のような性格だったら、もしかしたら、私達は上手くいっていたかもしれません。たらればを考えても、現実は現実ですものね。変わることはありません。
ふとよぎった想像をすぐに打ち消しました。
「エドガー様のことで謝る必要はありませんわ。すでに両家で解決したことですから」
「そうでしたね。余計な事でした」
音楽はまだ続いています。私達はダンスを再開することにしました。
こんなに婚約解消の件が立て続くと気分が滅入ってしまいます。それはやはり私が傷物だから?
ネガティブな気持ちに引きずられるのを払拭させたくて、スティール様に話しかけました。
「スティール様は留学していらっしゃるのですよね?」
「ええ。してましたよ。今はこちらの学園に編入しています」
「そうだったのですか?」
知らなかったわ。
「でも、新学期には再編入する予定でいます。あちらの方が僕には合うようなので」
「そうなんですね。よければお話を聞かせてもらえますか?」
踊ることに専念した方がよいのでしょうが、ポジティブな気分に浸りたくて、留学の話を聞きたくなりました。
「いいですよ。何から話しましょうか」
快く引き受けてくれたスティール様は温和な話し方がとても好印象で、留学の話に興味は尽きず、ユーモアたっぷりなエピソードも楽しくて、短い時間でしたが、有意義なひとときとなりました。
手を取られてホールの中央へ。何組ものカップルが楽しそうにダンスを踊っています。
「私でよかったのですか? ご令嬢達が順番を待っていらっしゃったようですが」
よく考えれば、ダンス待ちの列から外れたところにいたので、その資格はないような気がします。見向きもされなかった令嬢達の中には不服そうな顔した方が何人かいました。ファーストダンスのあとは誰と踊っても自由ではあるのですけれど。
「ローラと踊りたかったからね。苦手なダンスも練習したんだ」
「!」
なんと答えたらいいのでしょう。
ドキドキとした胸の鼓動が抑えきれません。顔、赤くなってないかしら?
「あの……レイ様はダンスが苦手なのですか?」
おずおずと切り出すと
「うん。苦手、というより嫌いだったな」
嫌い? ちょっと予想外の答えが帰ってきました。
ダンスは王族にとっても貴族にとっても必修項目。ダンスのスキルは大事です。人間ですから、苦手なものや嫌いなものがあっても不思議ではないですが、レイ様にも当てはまるとは思いませんでした。
私も得意かと聞かれれば否ですけれど。人のことは言えませんね。
「ビビアン様とは上手に踊っていらっしゃいました」
軽々と優雅に微笑んで……とても、素敵だった。嫌いなダンスとはとても思えなかったわ。
「必死だったんだよ。一応、王子だし、みっともないところは見せられないからね。頑張ったんだ。褒めてくれる?」
レイ様。
「……素敵でした。流麗なダンスで見惚れてしまいました」
胸がいっぱいになりながら、素直な感想を述べました。
「ちょっと、褒めすぎ? でも、ローラに褒められると頑張ってよかったと思えるよ。本当に嬉しいな」
破顔一笑したレイ様が眩しくて胸がときめいてうるっと来てしまいます。
それからは夢心地。
レイ様のリードは完璧で難しい曲にも難なく乗って本当に軽やかでした。私のダンスのスキルが上がったと勘違いしそうなくらいに華麗なリードと足さばきです。
豪奢なシャンデリアが光を反射してキラキラと輝く中、クルクルとターンをするたびにピーコックグリーンのドレスの裾が翻る。時折、レイ様が耳元で囁いて、私の笑みを誘います。
そんな様子さえ楽しくて幸せでこの時間がずっと続けばよいのにと思ったくらい。夢のような時間はあっという間。曲が終わりダンスも終焉を迎えました。
「もう一曲、踊りたいな」
私も同じです。レイ様と踊りたい。
「また、この次に」
令嬢達が待っています。独り占めするわけにはいけませんものね。
夢から覚めて現実に立ち返ると一令嬢の我儘は押し通せません。レイ様のためにも身を引くのも必要でしょうから。
「そうか。残念だな。その代わり、あとで会ってくれる? 話がしたいんだ」
交換条件?
スッと真顔になったレイ様に断る理由もないので承諾しました。
祝賀会は宴もたけなわ。会場は祝福ムードに包まれて盛り上がっています。
レイ様は次の令嬢とダンスを始めるようです。歓声が上がり順番を待つ令嬢達がウキウキしているように見えました。ハートマークのキラキラした瞳でダンスを踊る令嬢。うっとりと見つめる令嬢達。
レイ様って、本当にモテるのね。
自分だけのレイ様でないのは当たり前のことだったのに、今まで気づかなかった私ってどれだけ鈍いのかしら。レイ様は第三王子殿下。誰だって選べる立場。仲良くして頂いたのが奇跡のようなもの。
寂しい気持ちを抱えつつ、レイ様を遠くに眺めていると不意に声がかかりました。
「ブルーバーグ侯爵令嬢。テンネル侯爵家が次男スティールと申します。ぼくと踊っていただけませんか?」
テンネル侯爵家?
驚きに目を瞬かせていると彼からフッと微苦笑が漏れました。
「やっぱり、覚えてませんよね?」
図星を刺されて返答に困りました。会ったのは一回か二回くらい? 挨拶をした程度で顔を覚えるには機会も少なすぎました。確か、隣国に留学されたと聞いていたのですが、一時的に帰国されたのかしら?
「すみません」
「いいんですよ。挨拶程度では覚える暇もなかったでしょうからね。踊っていただけますか?」
黒縁の眼鏡の奥から覗く穏やかな青い瞳。波打つ栗色の髪。人目を惹く容姿ではないけれど、人柄の良さを現わしているような柔和な面立ち。
エドガー様とは性質が正反対な印象を受けました。
「はい」
元婚約者の弟。微妙な立ち位置ですが、彼に悪印象はありませんし、婚約解消した今は他人ですから受けても問題はないでしょう。
「兄のことはすみませんでした」
スティール様の突然の謝罪に足が止まってしまい、つんのめりそうになった私を彼が支えてくれました。
「ありがとうございます」
ダンスの途中で転びそうになるなんて恥ずかしいわ。
「いえ。それよりも大丈夫でしたか? どこか痛めませんでしたか?」
「大丈夫です。どこも痛いところはありませんわ」
ちょっとつまずいただけですし、すぐに受け止めてくれたので大事に至らずにすみました。
「よかった」
心底ほっとしたように微笑んだスティール様はとても優しい方なのでしょう。
もしも、エドガー様が彼のような性格だったら、もしかしたら、私達は上手くいっていたかもしれません。たらればを考えても、現実は現実ですものね。変わることはありません。
ふとよぎった想像をすぐに打ち消しました。
「エドガー様のことで謝る必要はありませんわ。すでに両家で解決したことですから」
「そうでしたね。余計な事でした」
音楽はまだ続いています。私達はダンスを再開することにしました。
こんなに婚約解消の件が立て続くと気分が滅入ってしまいます。それはやはり私が傷物だから?
ネガティブな気持ちに引きずられるのを払拭させたくて、スティール様に話しかけました。
「スティール様は留学していらっしゃるのですよね?」
「ええ。してましたよ。今はこちらの学園に編入しています」
「そうだったのですか?」
知らなかったわ。
「でも、新学期には再編入する予定でいます。あちらの方が僕には合うようなので」
「そうなんですね。よければお話を聞かせてもらえますか?」
踊ることに専念した方がよいのでしょうが、ポジティブな気分に浸りたくて、留学の話を聞きたくなりました。
「いいですよ。何から話しましょうか」
快く引き受けてくれたスティール様は温和な話し方がとても好印象で、留学の話に興味は尽きず、ユーモアたっぷりなエピソードも楽しくて、短い時間でしたが、有意義なひとときとなりました。
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