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第二部
レイニーside②
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「今、誰かの顔が思い浮かんだでしょう?」
「……」
悪戯っ子のように口の端を上げて微笑むディアナを見据える。
俺の気持ちなどはとっくにお見通しなのだろう。
それに対して反論する気はないが、ローラとの橋渡しをしているのは王太子妃である義姉上だし、その件では母上も関わっているのだろうことは容易に想像できる。もちろん、ディアナも承知の上。ローラの友人でもあるしな。
そう考えてみると面白くないな。なんか彼女達の手のひらの上で転がされているみたいじゃないか。
けれど、そのおかげでローラに会える機会があるのも事実。色々な状況を考えると複雑な心境になる。
「そんな仏頂面もよくないわよ」
額に手をのせて考え込んでいるとディアナの注意が飛ぶ。眉間寄ったしわを指でならすように撫でながら、彼女を睨むと
「それはそれで、S味があって魅力的かも……」
間髪入れずにこのセリフか。いったいどんな顔をしろというんだ。茶化すような口ぶりながら、あくまでも淑女然とした顔でにっこりと微笑むディアナにますます眉間にしわが寄る。
「結局、何をしに来たんだ?」
今もって要件を言わないってことは、暇つぶしに来たのか、からかいに来たのか……くだらない理由しか思い浮かばない。
「そうねえ。一つ、伝えたいことがあって来たのよ」
伝えたいこと?
訝し気に見る俺と静まり返った雰囲気を楽しむようにディアナは紅茶を口にした。
「で、何なんだ? 俺だって忙しいんだ」
もったいぶった態度に若干、切れ気味に言い放つ。
「王族たる者、感情任せな態度はどうかと思うわよ。いついかなる時も冷静に。いつも教えられていることではなくて? まだまだ未熟ねえ。修業が足りないわ」
ディアナは余裕綽々といった体で、広げた扇子をエレガントな仕草で仰ぐ。正論を突き付けられて何も言い返すことができず、悔しさでグッと言葉が詰まる。
「そういう素直なところがレイニーのいいところよ。そうね。今日は幼馴染だからということにしておいてあげるわ」
ということにしてあげるって、どこ目線なんだ。何目線なんだ。
彼女の真意がどこにあるのか、どう受け取っていいか分からず、頭を抱えたくなった。煙に巻くような物言いにいいように遊ばれているようで落ち着かない。
「レイニー」
ディアナの呼びかける声に俺は顔を上げる。
「花はね、愛でるばかりではだめなのよ。それで満足していては、何者かが可憐な花を手折る者が出てくるかもしれないわ。それでは遅いのよ。よく考えなさい」
諭す様な声音につられるようにディアナを凝視した。
ここでも花か? 愛でるばかりではダメとは? 何者かが手折る?
それは……その例えは……
「ディアナ。どういう意味なんだ。何かあるのか?」
「さて、わたしは帰るわ。忙しいのでしょう? お邪魔して悪かったわ」
「いや、だから……」
おれの問いを無視して立ち上がるディアナに慌てて制するも聞く耳持たず。言いたいことだけ言って満足したのか、ドレスを翻して颯爽と扉の方へと歩いていく。
「ディアナ。待ってくれ」
「……」
呼び止める声にやっと反応する気になったのか、扉の前でピタリと足を止めた。
「あっ、そうだわ。お土産があったのよ。誰か二人ほどついてきてくれないかしら? フローラ手作りのお菓子をおすそ分けしたいわ」
はっ? ローラ?
ディアナの口から、思いもかけない名前が飛び出すと部屋にいた側近たちから、おおっと小さな歓声が上がった。
ちょっと、待て。
整理できない頭で口をパクパクさせている俺の目の前で、セバスが侍従のクリスと護衛騎士のジャックに声をかけている。名前を呼ばれた二人は、尻尾を振る子犬の如く喜々とした様子でディアナの元へと駆けつけていた。
俺のことは無視なのか?
きちんと説明してほしい。そう口に出そうにも誰も俺のことなど気にしていない。みんなローラの手作りのお菓子のことに夢中になっている。
何も話すことはないとばかりに部屋から出て行こうとしたディアナが、はたと俺の方へと振り返った。目が合った。何か言いたげな瞳。
まさか、このまま帰ったりはしないよな。この際だから、はっきりと説明してくれ。奥歯に物が挟まったような物言いは妙な憶測を生むじゃないか……
「……ディアナ」
「レイニー」
ゴクリと唾を飲み込んだ。聞く準備は出来ている。
「一言、言っておくわね」
俺は大きく頷いた。
「いい? 今回のフローラのお菓子はわたしがもらったものなの。それをわたしがレイニーにも分けてあげたの。わかった? フローラからではなくて、あくまでも、わたしの好意であなたに分けてあげたのよ。勘違いしないでね」
「……」
「それでは、ごきげんよう」
ディアナはにーこりと微笑むと見事なカーテシーをして部屋から去って行った。
訳がわからず、この状況をどう納得すればよいのか……真意を掴めず、呆然と立ちつくす俺。
いやいやいや、違うだろう。
ディアナ、お前は一体……何しに来たんだー。
「……」
悪戯っ子のように口の端を上げて微笑むディアナを見据える。
俺の気持ちなどはとっくにお見通しなのだろう。
それに対して反論する気はないが、ローラとの橋渡しをしているのは王太子妃である義姉上だし、その件では母上も関わっているのだろうことは容易に想像できる。もちろん、ディアナも承知の上。ローラの友人でもあるしな。
そう考えてみると面白くないな。なんか彼女達の手のひらの上で転がされているみたいじゃないか。
けれど、そのおかげでローラに会える機会があるのも事実。色々な状況を考えると複雑な心境になる。
「そんな仏頂面もよくないわよ」
額に手をのせて考え込んでいるとディアナの注意が飛ぶ。眉間寄ったしわを指でならすように撫でながら、彼女を睨むと
「それはそれで、S味があって魅力的かも……」
間髪入れずにこのセリフか。いったいどんな顔をしろというんだ。茶化すような口ぶりながら、あくまでも淑女然とした顔でにっこりと微笑むディアナにますます眉間にしわが寄る。
「結局、何をしに来たんだ?」
今もって要件を言わないってことは、暇つぶしに来たのか、からかいに来たのか……くだらない理由しか思い浮かばない。
「そうねえ。一つ、伝えたいことがあって来たのよ」
伝えたいこと?
訝し気に見る俺と静まり返った雰囲気を楽しむようにディアナは紅茶を口にした。
「で、何なんだ? 俺だって忙しいんだ」
もったいぶった態度に若干、切れ気味に言い放つ。
「王族たる者、感情任せな態度はどうかと思うわよ。いついかなる時も冷静に。いつも教えられていることではなくて? まだまだ未熟ねえ。修業が足りないわ」
ディアナは余裕綽々といった体で、広げた扇子をエレガントな仕草で仰ぐ。正論を突き付けられて何も言い返すことができず、悔しさでグッと言葉が詰まる。
「そういう素直なところがレイニーのいいところよ。そうね。今日は幼馴染だからということにしておいてあげるわ」
ということにしてあげるって、どこ目線なんだ。何目線なんだ。
彼女の真意がどこにあるのか、どう受け取っていいか分からず、頭を抱えたくなった。煙に巻くような物言いにいいように遊ばれているようで落ち着かない。
「レイニー」
ディアナの呼びかける声に俺は顔を上げる。
「花はね、愛でるばかりではだめなのよ。それで満足していては、何者かが可憐な花を手折る者が出てくるかもしれないわ。それでは遅いのよ。よく考えなさい」
諭す様な声音につられるようにディアナを凝視した。
ここでも花か? 愛でるばかりではダメとは? 何者かが手折る?
それは……その例えは……
「ディアナ。どういう意味なんだ。何かあるのか?」
「さて、わたしは帰るわ。忙しいのでしょう? お邪魔して悪かったわ」
「いや、だから……」
おれの問いを無視して立ち上がるディアナに慌てて制するも聞く耳持たず。言いたいことだけ言って満足したのか、ドレスを翻して颯爽と扉の方へと歩いていく。
「ディアナ。待ってくれ」
「……」
呼び止める声にやっと反応する気になったのか、扉の前でピタリと足を止めた。
「あっ、そうだわ。お土産があったのよ。誰か二人ほどついてきてくれないかしら? フローラ手作りのお菓子をおすそ分けしたいわ」
はっ? ローラ?
ディアナの口から、思いもかけない名前が飛び出すと部屋にいた側近たちから、おおっと小さな歓声が上がった。
ちょっと、待て。
整理できない頭で口をパクパクさせている俺の目の前で、セバスが侍従のクリスと護衛騎士のジャックに声をかけている。名前を呼ばれた二人は、尻尾を振る子犬の如く喜々とした様子でディアナの元へと駆けつけていた。
俺のことは無視なのか?
きちんと説明してほしい。そう口に出そうにも誰も俺のことなど気にしていない。みんなローラの手作りのお菓子のことに夢中になっている。
何も話すことはないとばかりに部屋から出て行こうとしたディアナが、はたと俺の方へと振り返った。目が合った。何か言いたげな瞳。
まさか、このまま帰ったりはしないよな。この際だから、はっきりと説明してくれ。奥歯に物が挟まったような物言いは妙な憶測を生むじゃないか……
「……ディアナ」
「レイニー」
ゴクリと唾を飲み込んだ。聞く準備は出来ている。
「一言、言っておくわね」
俺は大きく頷いた。
「いい? 今回のフローラのお菓子はわたしがもらったものなの。それをわたしがレイニーにも分けてあげたの。わかった? フローラからではなくて、あくまでも、わたしの好意であなたに分けてあげたのよ。勘違いしないでね」
「……」
「それでは、ごきげんよう」
ディアナはにーこりと微笑むと見事なカーテシーをして部屋から去って行った。
訳がわからず、この状況をどう納得すればよいのか……真意を掴めず、呆然と立ちつくす俺。
いやいやいや、違うだろう。
ディアナ、お前は一体……何しに来たんだー。
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