上 下
89 / 195
第二部

レイニーside①

しおりを挟む
「殿下。ディアナ様がお会いしたいとのことですが、どういたしましょう?」

 急な来客の用事をすませて、脱力してしていたところにまた来客か……しかも、ディアナとは。
 ほんとうなら、今頃はフローラとお茶したり散歩したり、色々な話題で盛り上がって楽しく過ごしているところだったのに。
 帰さなきゃよかったな。
 仕事とはいっても急を要するような案件はなく、俺でなくても対処ができるものばかりだったし、そんなことより、何故だか娘の自慢話を聞かされてうんざりしてしまった。

 気が滅入っている時こそフローラに会いたいな。あの笑顔に癒されたい。フローラを抱きしめたい。
 彼女のふわりと温かい笑顔を思い浮かべて、ほっこりとしていると

「レイニー殿下。入っていただきますが、よろしいでしょうか?」

 さっきより強い口調で聞いてくるセバス。俺が返事をしないから焦れたのだろう。俺はセバスを一瞥して

「ああ」

 仕方なく頷いた。

 ここで断ったところで強行突破してくることは目に見えているからな。今は会いたい気分ではないけれど、言う通りにしておいた方が無難だろう。
 しかし、急に何の用なんだ?
 どんなに頭をひねっても、ディアナの訪問の理由がわからない。まっ、いいか。聞けばわかることだ。

 応接室に足を運ぶとすでにディアナがソファに座っていた。
 早いな。
 返事を聞く前にすでに通されていたのだろう。誰もディアナには逆らえない。祖父母はもちろん、両親である国王夫妻のお気に入りなのは周知の事実。ヒエラルキーは俺たち王子より上だものな。
 
「あら、遅かったわね」

「すまない。仕事があったもので」

 理由をでっち上げ、そっちが早すぎるだろうと口にはできないから心の中で呟くに留めて椅子に座った。
 
「忙しかったのね。ごめんなさい、そんな時にお邪魔しちゃって」

 謝るわりには悪びれた様子もなく、澄ました顔で扇子で首元をあおいでいる。気を使って遠慮するっていう気持ちは毛頭ないんだろうな。
     
「いいよ。で、用事は何?」

「あら、あら、あら。そんなにとがらなくてもいいのではないの? 機嫌が悪そうだけれど、何かあったのかしら?」

「何もない」

「そう? だったらよいけれど」

 深く追求するつもりはないのか、軽く流したディアナは運ばれてきたカップを手に取り、紅茶の香りを楽しむと口をつけた。
 一連の所作は見惚れるくらいなのだが、途切れた会話が何か含みを持たせているようで妙な緊張感を生む。

 彼女は伯爵令嬢で身分的には王族より下のはずなのに、小さい頃から王族と交流があるせいなのか、独特な雰囲気を纏っている。さかのぼれば王族との婚姻が多い血筋だから、そのせいもあるかもしれないが。逆らわせない、何かを持っているのは確か。敵に回せば怖いだろうなというのは、なんとなく感じるものな。

「ところで、この部屋もいつの間にか華やかになったのね」

 飲み物を口にして落ち着いたのか、ディアナは辺りを興味深そうに見回している。

 モノトーンでまとめていた部屋は、壁面に絵画が飾られて生花が彩りを添えている。以前に比べれば部屋の雰囲気が全然違う。
 エルザたちがフローラ様がいらっしゃるのに、あまりにも殺風景で味気なさすぎると嘆くものだから、彼女たちに任せたらこんな部屋になったのだ。
 一つ一つ増えていく飾りの小物も目を引くようで、瞳をキラキラさせながら眺めているローラが可愛くて。彼女も喜んでいるようだから、このままにしているけれど。

「白百合の花。清楚で奥ゆかしくてとてもきれいだわね」

 花瓶に生けられた白百合は早朝にローラと一緒に庭園から摘んできたものだ。
 そう言えば、帰りにお土産にと渡すつもりだったのに、来客のどさくさですっかり忘れてしまっていた。とても楽しみにしていたから次に渡せるといいな。

「ん?」

 ローラの顔を思い浮かべて気分を良くしているとディアナの視線を感じた。

「なに?」

 俺をジーと見つめる彼女の瞳が好奇の色を湛えてるように見える。

「いえ。ニヤけた顔をしていたから、何を考えていたのかしらって思っただけよ」

「……何も考えていないが……」

 小さく咳ばらいをしつつ、緩んでいた顔を引き締め平静を装おう。いつの間にか自分の世界に入り込んでいた。まさか、ローラのことを考えていたなんて、口が裂けても言えない。恥ずかしいじゃないか。

「そう。それにしてもどんな心境の変化なのかしら? モノトーンの部屋からカラフルな部屋に変貌するなんて何かあったの?」 
 
「い、いや。何もないが……」

「……」

 無言で見つめないでくれないか。心を探られているようで居心地が悪い。
 部屋の変貌はローラが原因だとは言えないし言いたくない。

「まあ、良いことよね。無機質で殺風景だった部屋よりかは温かみがあってよいと思うわよ。ぜひこれを維持してほしいものだわ」

  意味ありげな笑み。何が言いたいんだ。
 元のモノトーンだって悪くはなかっただろう、好みの問題だろうに。ユージーン兄上の部屋も木目調が基本なだけで、物も少ないし飾り立てていないし、俺の部屋とそんなに変わりはないぞ。何を言いたいのだろうか。笑みをたたえて紅茶を口にするディアナをジッと見つめる。
 
「ところで何の用事で来たんだ?」
 
 俺の部屋の内装にケチをつけに来たわけではないだろうし、先触もなしに来るってことは何か重要な要件があるからとは思うのだが……一向に本題に入る気配がない。 

「蓮の花。今年もきれいに咲いたのね。いいわよね。あのまっすぐに茎を伸ばして凛として咲く真っ白な花。とてもきれいだわ。いつまでも大事にしたいものね」

「?」

 またここで花の話……で、いったい何が言いたいんだ。

「用事があるから来たんだろう? 俺も忙しいんだ。サッサと要件を済ませて帰ってほしいんだが」

「あら、まあ。余裕のないことね。幼馴染が遊びに来たというのに素っ気ないこと。もう少し、歓迎の気持ちくらい表してほしいわ」

 大きく目を見開いて心外とばかりに、大仰に溜息をつくディアナ。
 先触れもなく勝手に来た挙句に歓迎の意だと。溜息をつきたいのは俺の方だ。ローラに手紙を書いてゆったりと落ち着きたかったんだが。

「ああ、嬉しいよ。久しぶりに幼馴染殿に会えて……」
 
「心が籠ってないわね。それに笑顔が足りないわ。せっかくきれいな顔をしているのに、もったいないわよ」

「それは、どうも。忠告ありがとう」

 今、この状況で笑顔になれというのは無理だ。顔が引きつるじゃないか。

「でも……レイニーはそのくらいの方がいいのかもね。あまり愛想がよすぎると大変なことになりかねないかもだし。とびっきりの笑顔は大好きな人に取っておきなさいな」

 大好きな人……その言葉にローラの顔が浮かんでドキッとした。
 

 

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛を知ってしまった君は

梅雨の人
恋愛
愛妻家で有名な夫ノアが、夫婦の寝室で妻の親友カミラと交わっているのを目の当たりにした妻ルビー。 実家に戻ったルビーはノアに離縁を迫る。 離縁をどうにか回避したいノアは、ある誓約書にサインすることに。 妻を誰よりも愛している夫ノアと愛を教えてほしいという妻ルビー。 二人の行きつく先はーーーー。

悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!

Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。 転生前も寝たきりだったのに。 次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。 でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。 何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。 病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。 過去を克服し、二人の行く末は? ハッピーエンド、結婚へ!

冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。

八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。 普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると 「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」 と告げられた。 もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…? 「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」 「いやいや、大丈夫ですので。」 「エリーゼの話はとても面白いな。」 「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」 「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」 「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」 この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。 ※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。 ※誤字脱字等あります。 ※虐めや流血描写があります。 ※ご都合主義です。 ハッピーエンド予定。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう
ファンタジー
書籍1~8巻好評発売中!  コミカライズ連載中! コミックス1~3巻発売決定! ビッグバロッグ王国・大貴族エストレイヤ家次男の少年アシュト。 魔法適正『植物』という微妙でハズレな魔法属性で将軍一家に相応しくないとされ、両親から見放されてしまう。 そして、優秀な将軍の兄、将来を期待された魔法師の妹と比較され、将来を誓い合った幼馴染は兄の婚約者になってしまい……アシュトはもう家にいることができず、十八歳で未開の大地オーベルシュタインの領主になる。 一人、森で暮らそうとするアシュトの元に、希少な種族たちが次々と集まり、やがて大きな村となり……ハズレ属性と思われた『植物』魔法は、未開の地での生活には欠かせない魔法だった! これは、植物魔法師アシュトが、未開の地オーベルシュタインで仲間たちと共に過ごすスローライフ物語。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

処理中です...