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第二部

公爵家のお茶会にてⅢ

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 お母様の声に気が付いたエリザベス様は、ハッとしたように目線をあげました。

 結い上げた金髪は陽の光の下で煌めいていていますし、ドレスも高級な生地で仕立て、アクセサリーも高価な一級品。華やかな装いがなお一層、エリザベス様の美貌を引き立てています。

「こんにちは。お久しぶりね、シャロン様。お元気だったかしら?」

 エリザベス様はまっすぐにお母様を見つめると、口の端をあげて笑みを作りました。
 
「ええ。あなたもお元気そうで何よりだわ」

 お母様も笑顔で挨拶を交わしていますが、二人の間に見えない壁というか、張り詰めた空気が漂っているような気がします。

 周りの方々も私たちに気づいたみたいで、ざわざわとしていた声が先ほどよりも小さくなったように感じます。まるで、こちらを注視しているかのよう。
 さすがにあからさまに振り返ることはできないのですが、背中に突き刺さるような視線が痛いです。そう感じるほど注目されているのでしょう。

 婚約破棄した息子の母親と婚約破棄された母親と娘。
 書類上は解消にはなっていても、あのダンスパーティーでの婚約破棄という醜聞は簡単に消えるものではないでしょうから。

 今のこの場面は格好の噂のネタになるかもしれません。
 広い会場です。会わずにすめばそれが一番いいのかもしれないですけれど。
 なぜか、お母様が積極的に行動するのですからね。何を考えているのかはわかりませんが、社交に優れたお母様のことです。何か考えることがあるのでしょう。

 テンネル家のご両親はとても親切で大切にしてもらっていましたから、エリザベス様には何も思うところはないのですよね。ただ、お義母様と呼べなかったのが残念でしたけど。

 後ろに控えて、目を伏せ静かに時が過ぎるのを待っていたのですが、私の姿が目にとまったようです。

「フローラ様もお見えになっていたのね。お元気だったかしら?」

「はい。ご無沙汰いたしておりました」

 手にはグラスを持っていますから、正式な礼は取れませんが少し膝を曲げて挨拶を返しました。

「家の中でずっと気が塞ぎがちだった娘が、最近やっと気持ちの整理がついて落ち着いてきたのか、以前のような笑顔も見せるようになって、元気になってきましたのよ。それで、気遣って下さっていた方々もいらっしゃったので、いい機会だと思って今日のお茶会に参加させて頂きましたの」

 平静で穏やかな表情で、それでいて私を慈しむように見つめつつ、スラっと思いもかけなかった言葉を吐き出したお母様。

 えーと。お母様? それって私のことですよね。私、塞ぎ込んでなんかいなかったと思いますけれど? 
 
「……」

 お母様の皮肉にショックを受けたのか、私の姿を見ていたエリザベス様の顔が俄かに曇ったのがわかりました。
 返す言葉が見つからないのか、口を閉ざしてグラスを握りしめる様子に気の毒だとは思いましたが、大人同士の会話に口をはさむことも憚れて、ただエリザベス様を眺めているだけでした。

「……ごめんなさい」

 しばらくの沈黙の後、エリザベス様がおそるおそる口にしたのは謝罪でした。

「何のことかしら? もうすべては済んだことよ。お互いに何のわだかまりもなく、速やかに終わったことですべて解決済みなのだから、全然気にすることはありませんわ。そうでしょう?」

 そうです。婚約は解消になりましたし、事業も白紙に戻りました。慰謝料も支払われているのですから、これ以上罪悪感を抱くことはなさらなくていいと思います。

「他の皆様にも挨拶をしなくては。それでは、これで失礼いたしますわね」

 返事をする間も与えずに、もう用はないとばかりに、お母様は会釈をするとドレスの裾を翻して背中を向けました。あっけないくらいに早々と終わってしまった邂逅に拍子抜けしてしまいました。
 
 わだかまりはないと言ってましたけれど、その割には……一方的だったような。
 お母様の意趣返しもあるのでしょうか。
 事業を撤退してしまったので少なからずというよりも、大きな影響はあったでしょうから。お父様も何もおっしゃいませんけれど。

「あの……お母様」

 後ろ姿を追いかけながら問いかけました。

「ん? 何かしら?」

 私の声に立ち止まるとお母様が振り返ります。

「聞きたいことが。私が塞ぎ込んでいると、何故、そんなウソを言ったのですか? 私はエドガー様とリリア様のことは祝福していましたし、元気だったと思うのですが」

「そうね。元気だったわね。むしろ、婚約解消してからの方がスッキリとした顔をして生き生きしてるものね」

 お母様は私を見つめながら、悪戯っぽい笑みを浮かべました。

「えっ……」

 図星を刺されてドキッとして動きが止まります。
 婚約解消してからの方がって……何か、ばれていたのかしら?
  
 思わず、お母様を凝視していると

「そんなにびっくりしなくてもいいのよ。わたくしはあなたの母親よ。だから、多少なりともわかるわよ」

 そんなことを言いながら、お母様はウエルカムドリンクを飲み干しました。



 
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