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蛍の観賞会Ⅱ

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「セバス」

 私はすがるような思いで彼に目を向けました。

「はい。フローラ様、なんでしょう」

 セバスは穏やかでいて生暖かいまなざしで恭しく礼を取りました。グレイの髪に黒い瞳、刻まれたしわが長年勤めているであろう侍従長としての落ち着きと貫禄を感じさせます。

「このような行為は王子殿下のふるまいではないと思います。なのでレイ様に注意していただけないでしょうか」

 セバスはレイ様の教育係でもあると教えてもらいました。この態勢を改めてもらうには彼に協力してもらった方がいいのかもしれません。
 冷静になるとほんとうに恥ずかしいです。みなさん、見てますし。

「フローラ様、申し訳ございません。我が主の勝手なふるまいではございますが、わがままを許して頂けないでしょうか。どうか、お願いします」

 セバスは静かに頭を下げました。
 ええー。
 あの……セバスはレイ様の味方をされるということですか。諫めてくれると思ったのですけど。

「うん。わがまま、許してね」

 レイ様は嬉しそうに笑顔を向けました。
 ちょっと、悔しいです。
 でも、でも。周りにいるのはセバスだけではありません。

「ダン。あなたはどうですか? 王子殿下の行動は護衛騎士から見て紳士的な態度ではないと思うのですが」

 騎士団は硬派な方々が多いと聞きます。女性に対して礼儀正しいふるまいをモットーとされているかと思いますし、人前で抱っこしたり抱きしめたりなさらないと思います。

「そうですね。公の場であれば分別も必要かとは思いますが、ここはプライベートの場ですので殿下のふるまいも咎められるものでもないかと存じます」

 黄色ががったオレンジの短髪と紫紺の瞳。一見冷ややかに見える精悍な顔立ちにわずかに笑みを浮かべたダンは膝を折って頭を下げました。

「プライベートだからね」

 レイ様の表情に自信がみなぎります。
 その理屈もどうかと、プライベートだからといって何をしてもいいわけではありませんよね?

「でも、人がいますし、皆さん見ていらっしゃいますし」

「それは仕方がないんだけど、身分上ね。気になるんだったら空気だと思えばいいんだよ」

「空気って、それは無理です。何度言われても無理です」

 私は頭を左右に振りました。
 だって、視線を感じるんですもの。生暖かい? 生ぬるい? なんとも言えず面映ゆい空気が漂っていていたたまれない気持ちになるんですもの。

「そっか。なら、寝室に行く? そこならば誰も来ないよ」

「……⁉」

 い、今……えっ……

「うん。し・ん・し・つ。行こうか? 二人っきりになれるよ」

「‼……」

 今度は耳元で囁くようにレイ様の声が。息が、肌を掠めていきました。ぞわりと背中が震え、囁く声が妙に色っぽくて胸がざわざわとさざめきます。
 この感覚は何なのでしょう? この感覚に名前があるのでしょうか。名前があれば少しは納得できるのでしょうか。
 言い知れぬ感情に落ち着きなく焦れる思いが芽生えるものの、どうすることもできません。

 それにそれに、なぜそこを区切るんですか?
 えっ……‼ なに? しんしつ? 遅れて言葉を反芻して……寝室? ええっ……。それって、どういう意味ですか?
 理解したのかしないのか、頭が真っ白になって、耳が赤くなるのを感じてとっさに私は手で塞ぎました。

「アハハハッー」

 私がパニックになっていると突然、頭の上に笑い声が降ってきました。
 レイ様?
 おそるおそる見上げると、上半身をソファに預けて大きく口を開けて豪快に笑うレイ様の姿が……

「そんなに真剣に考えなくても」

 笑いすぎて目じりに涙が溜まったのか指で拭いながら、まだ笑っています。

「レイ様!」

 もしかして、からかわれたのですか?

 真剣に、真剣に……考えましたよ。少しの間だけですけど、自分の中でせいいっぱい考えました。理解の範疇を超えましたけど。
 それなのに、冗談だったのですか? レイ様にとっては軽いジョーク?
 レイ様にとっては大した意味はなかったということですか? 
 ジョークを真剣に考えた私って、いったい……
 恥ずかしい。
 私の顔が羞恥で一気に真っ赤に染まりました。

「レイ様、ひどいです」

 気持ちのやり場がなくてレイ様の胸をポカポカと叩きました。黙って言われるままでは気が済みませんもの。こぶしで叩いたところで効果はないのはわかっていますが、なにもしないではいられません。

「ごめん、ごめん。からかうつもりはなかったんだよ。ごめんね、半分くらいは本気だったけど」

 叩くのに一生懸命だったので最後の方は聞こえていませんでした。

「もう、意地悪しないでください。ひどいです」

「ごめん、ごめん」

 私の攻撃から逃れるように腕でガードをしていたレイ様でしたが、すぐに私のこぶしの威力などないとばかりに手首をつかむと深く抱き込きこみました。
 動きを塞がれてしまって、これでは何もできません。腰に肩に腕が巻きついて体が密着しているためか、レイ様の温かい体温が私の身体に伝わります。
 人肌ってこんなに安心するものなのですね。

 しばらく諦めてレイ様の胸に体を預けていましたけど、ハタッと正気に返ります。
 ここでズルズルとレイ様のペースにのせられてはいけないわ。

 そうです。戦わなくては。レイ様の思い通りにはさせませんわ。
 彼女なら大丈夫じゃないかしら。きっと私の味方をしてくれるはずです。

「エルザ。助けて」

 私は最後の頼みの綱である彼女の名前を呼びました。
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