43 / 195
蛍の観賞会Ⅰ
しおりを挟む
西の宮。
西門から長いアプローチを抜けて玄関に着くと侍従長のセバスが出迎えてくれました。
両脇に頭を垂れた使用人たちが並ぶ中、私はセバスに先導されながら歩いて行きました。王家の方々や貴賓客でもないのですから、そこまで畏まる必要もないように思うのです。
ただ皆さんの雰囲気が初めての時よりも和らいでいるような気がします。そう感じるだけでもホッとして安心しますね。初めて西の宮に入ってきたときの肌を刺すような鋭い視線を送った使用人たちは、得体の知れない女性だと警戒したからかもしれません。
今はブルーバーグ侯爵令嬢だと認識されているようなので好意的な態度で接してくれています。
約束通り、レイ様から蛍の観賞会の招待状が届きました。
それと一緒にローズ様からは王宮に部屋を用意するので一泊するようにとのお言葉が記されていました。
時間を気にせずにゆっくりと過ごしてほしいというローズ様の優しいお心遣いだと使者から伺いました。
一度だけだと思っていたので驚きましたが、両親からも有難くももったいないお言葉、快くお受けするようにと後押しされて戸惑いつつも承諾いたしました。
もちろん、王家からの招待状ですから断るという選択肢はありませんけれど。
これがディアナが言っていた流れに乗るというものなのでしょうか?
それにしても急流過ぎませんか? できればもう少し緩やかで穏やかな流れを希望したいです。
「フローラ様、お待ちしておりました」
レイ様の部屋へ案内されるとエルザが扉の前で待っていてくれました。
「さあ、中へどうぞ」
少しだけ見慣れた部屋の中へ入ると真っ先に目に飛び込んできたのはレイ様の姿でした。
「レイ様、こんにちは。先日はお心遣いいただきありがとうございました」
私はお茶会の日に夕食をごちそうになったお礼を述べました。
「ローラ。会いたかった。お礼なんていいから、こっちおいで」
挨拶もそこそこにレイ様に手を引かれ応接室へと連れて行かれました。
あの……そんなに急がなくても私は逃げませんよ。手をつながなくてもついて行きますよ。
そんな言葉を飲み込んでされるがままになっていると、ソファの前でふわりと体が浮きました。
「きゃっ」
突然の心もとない浮遊感に小さな叫び声をあげました。
何が起きたか状況が飲み込めないまま、気づいた時には横抱きでレイ様の膝の上にのせられてしまいました。私の目の前にレイ様の顔が、レイ様の菫色の目が私を見つめています。
ドキッ。
心臓が大きく跳ねました。
「あの……レイ様?」
「なんだい?」
「これは、いったい、どういうことでしょう? 私は子供ではありませんよ?」
ドキドキする胸の鼓動を抑えながらレイ様に尋ねました。
「うん。知ってるよ。でもいいでしょ、年なんて関係ないよ。俺が抱っこしたいからしてるんだよ」
抱っこ……したい……?! 言ってる意味が分かりません。衝動的すぎませんか? それに私を抱っこして何がしたいんでしょうか? レイ様の行動は私には理解不能です。
「下ろしてください。レイ様、重いですからきつくなりますよ」
子供ならいざ知らず、私は大人ですからそこそこ体重もあります。自分で言っていてちょっと悲しいですけど。
「大丈夫。ローラは羽根のように軽いから」
「もう、また。そんな冗談は言わないでください。そんなわけありませんから」
逃れようと両手で突っぱねようと力を込めましたが、レイ様の体はピクリとも動きません。
さっきよりも抱き込むように胸に押し付けられてさらに密着度が増したような気がします。
「レイ様……」
私の体はすっぽりと腕の中におさまってしまいました。細身に見える体は思っていたよりもがっちりとしていたみたい。広い胸に包まれていると、何故だが温かい気持ちになります……?!
ち、違います。
レイ様に抱かれて心地よいなんて、そ、そんなことあるわけありません。きっと……
私の勘違いです。きっと……
相手は王子殿下ですよ。そんな、不埒なことを考えたらレイ様に叱られます。
自分の気持ちを消化できなくてあわあわしていると、
「ローラ」
レイ様の感じ入ったようなうっとりとした声が耳に届くと同時に、電流がはしったような甘い痺れが首筋を這っていきました。
「……‼」
今の感覚はなんだったのでしょう?
怖いです。
ぞわぞわと全身が粟立つような未知の感覚。
ここは逃げ出した方がいいのでは?
「あ、あの……」
誰か、助けて。心の中で叫びました。
声なき声で、このわけのわからない感覚から逃れたくて視線をさまよわせました。
顔を上げたその先に、一人の人物が目に入りました。
「セバス」
彼ならこの状況から助けてくれるかもしれません。期待を込めてもう一度名前を呼びました。
西門から長いアプローチを抜けて玄関に着くと侍従長のセバスが出迎えてくれました。
両脇に頭を垂れた使用人たちが並ぶ中、私はセバスに先導されながら歩いて行きました。王家の方々や貴賓客でもないのですから、そこまで畏まる必要もないように思うのです。
ただ皆さんの雰囲気が初めての時よりも和らいでいるような気がします。そう感じるだけでもホッとして安心しますね。初めて西の宮に入ってきたときの肌を刺すような鋭い視線を送った使用人たちは、得体の知れない女性だと警戒したからかもしれません。
今はブルーバーグ侯爵令嬢だと認識されているようなので好意的な態度で接してくれています。
約束通り、レイ様から蛍の観賞会の招待状が届きました。
それと一緒にローズ様からは王宮に部屋を用意するので一泊するようにとのお言葉が記されていました。
時間を気にせずにゆっくりと過ごしてほしいというローズ様の優しいお心遣いだと使者から伺いました。
一度だけだと思っていたので驚きましたが、両親からも有難くももったいないお言葉、快くお受けするようにと後押しされて戸惑いつつも承諾いたしました。
もちろん、王家からの招待状ですから断るという選択肢はありませんけれど。
これがディアナが言っていた流れに乗るというものなのでしょうか?
それにしても急流過ぎませんか? できればもう少し緩やかで穏やかな流れを希望したいです。
「フローラ様、お待ちしておりました」
レイ様の部屋へ案内されるとエルザが扉の前で待っていてくれました。
「さあ、中へどうぞ」
少しだけ見慣れた部屋の中へ入ると真っ先に目に飛び込んできたのはレイ様の姿でした。
「レイ様、こんにちは。先日はお心遣いいただきありがとうございました」
私はお茶会の日に夕食をごちそうになったお礼を述べました。
「ローラ。会いたかった。お礼なんていいから、こっちおいで」
挨拶もそこそこにレイ様に手を引かれ応接室へと連れて行かれました。
あの……そんなに急がなくても私は逃げませんよ。手をつながなくてもついて行きますよ。
そんな言葉を飲み込んでされるがままになっていると、ソファの前でふわりと体が浮きました。
「きゃっ」
突然の心もとない浮遊感に小さな叫び声をあげました。
何が起きたか状況が飲み込めないまま、気づいた時には横抱きでレイ様の膝の上にのせられてしまいました。私の目の前にレイ様の顔が、レイ様の菫色の目が私を見つめています。
ドキッ。
心臓が大きく跳ねました。
「あの……レイ様?」
「なんだい?」
「これは、いったい、どういうことでしょう? 私は子供ではありませんよ?」
ドキドキする胸の鼓動を抑えながらレイ様に尋ねました。
「うん。知ってるよ。でもいいでしょ、年なんて関係ないよ。俺が抱っこしたいからしてるんだよ」
抱っこ……したい……?! 言ってる意味が分かりません。衝動的すぎませんか? それに私を抱っこして何がしたいんでしょうか? レイ様の行動は私には理解不能です。
「下ろしてください。レイ様、重いですからきつくなりますよ」
子供ならいざ知らず、私は大人ですからそこそこ体重もあります。自分で言っていてちょっと悲しいですけど。
「大丈夫。ローラは羽根のように軽いから」
「もう、また。そんな冗談は言わないでください。そんなわけありませんから」
逃れようと両手で突っぱねようと力を込めましたが、レイ様の体はピクリとも動きません。
さっきよりも抱き込むように胸に押し付けられてさらに密着度が増したような気がします。
「レイ様……」
私の体はすっぽりと腕の中におさまってしまいました。細身に見える体は思っていたよりもがっちりとしていたみたい。広い胸に包まれていると、何故だが温かい気持ちになります……?!
ち、違います。
レイ様に抱かれて心地よいなんて、そ、そんなことあるわけありません。きっと……
私の勘違いです。きっと……
相手は王子殿下ですよ。そんな、不埒なことを考えたらレイ様に叱られます。
自分の気持ちを消化できなくてあわあわしていると、
「ローラ」
レイ様の感じ入ったようなうっとりとした声が耳に届くと同時に、電流がはしったような甘い痺れが首筋を這っていきました。
「……‼」
今の感覚はなんだったのでしょう?
怖いです。
ぞわぞわと全身が粟立つような未知の感覚。
ここは逃げ出した方がいいのでは?
「あ、あの……」
誰か、助けて。心の中で叫びました。
声なき声で、このわけのわからない感覚から逃れたくて視線をさまよわせました。
顔を上げたその先に、一人の人物が目に入りました。
「セバス」
彼ならこの状況から助けてくれるかもしれません。期待を込めてもう一度名前を呼びました。
3
お気に入りに追加
513
あなたにおすすめの小説
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!
葵 すみれ
恋愛
成り上がりの男爵家に生まれた姉妹、ヘスティアとデボラ。
美しく貴族らしい金髪の妹デボラは愛されたが、姉のヘスティアはみっともない赤毛の上に火傷の痕があり、使用人のような扱いを受けていた。
デボラは自己中心的で傲慢な性格であり、ヘスティアに対して嫌味や攻撃を繰り返す。
火傷も、デボラが負わせたものだった。
ある日、父親と元婚約者が、ヘスティアに結婚の話を持ちかける。
辺境伯家の老人が、おぼつかないくせに色ボケで、後妻を探しているのだという。
こうしてヘスティアは本人の意思など関係なく、辺境の老人の慰み者として差し出されることになった。
ところが、出荷先でヘスティアを迎えた若き美貌の辺境伯レイモンドは、後妻など必要ないと言い出す。
そう言われても、ヘスティアにもう帰る場所などない。
泣きつくと、レイモンドの叔母の提案で、侍女として働かせてもらえることになる。
いじめられるのには慣れている。
それでもしっかり働けば追い出されないだろうと、役に立とうと決意するヘスティア。
しかし、辺境伯家の人たちは親切で優しく、ヘスティアを大切にしてくれた。
戸惑うヘスティアに、さらに辺境伯レイモンドまでが、甘い言葉をかけてくる。
信じられない思いながらも、ヘスティアは少しずつレイモンドに惹かれていく。
そして、元家族には、破滅の足音が近づいていた――。
※小説家になろうにも掲載しています
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!
凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。
紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】
婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。
王命で結婚した相手には、愛する人がいた。
お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。
──私は選ばれない。
って思っていたら。
「改めてきみに求婚するよ」
そう言ってきたのは騎士団長。
きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ?
でもしばらくは白い結婚?
……分かりました、白い結婚、上等です!
【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!
ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】
※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。
※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。
※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。
よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。
※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。
※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる