上 下
23 / 195

こんなつもりでは……Ⅲ

しおりを挟む
リッキー様は私へと腕を伸ばして差し出します。

「ローラおねえちゃーん。抱っこー」

 もう一度おねだりされました。上目遣いで一途に私を見つめる瞳がかわいくて、せいっぱい伸ばす手が愛おしく思えて、手を差し出しリッキー様を抱きしめようとしました。
 そのとき、私の目に入ったのは王太子妃殿下の姿。
 あっ……
 そうです。私は母親ではありません。母親は王太子妃殿下です。すぐそばにいらっしゃるのに、その方を差し置いてでしゃばるわけにはいかないでしょう。すんでのところで私は差し出した手を止めました。

「フローラちゃん、リチャードを抱っこしてあげて」

 私の気持ちを察してくださったのか、王太子妃殿下の思いやりに溢れた優しい声が聞こえます。
 いいのでしょうか?

「リチャードは、ローラおねえちゃんが大好きなのね」

「うん。母上の次に大好きー」

 リッキー様は無邪気に微笑んで王太子妃殿下に笑顔を向けました。

「ふふっ。わたくしもリチャードが大好きよ」

 王太子妃殿下は嬉しそうに微笑んで目を細めます。
 リッキー様、母性本能をくすぐる言葉をさらっと口にできるなんて、母親の心の機微を悟っていらっしゃいます。
 それに子供にとって母親が一番ですものね。

 私はリッキー様を抱き上げると、向かい合わせに抱っこしました。ふくふくとした柔らかい体と子供特有のほんのり甘い匂いがとても心地よくて、ギュッと抱きしめました。
 王太子妃殿下は私の隣に座るとリッキー様の背中を撫でています。リッキー様を介して穏やかで満ち足りた空間が快くて、微睡みそうになると
 
「ニャン、ニャン、ニャー」

 私の方を見て何事か訴えているようです。リッキー様が起きた拍子に転げ落ちて目を覚ましたマロンは毛づくろいをしていました。今まで無視されていたから寂しくなったのかしら?

「ニャーン」

「マロン、おいで」

 抱っこは出来ないけれど、そばに寄せることはできるので私は手招きしました。すると、やっとかまってもらえるのが嬉しいのか手のひらをスリスリして、体にぴったりとくっついてきました。
 マロンが満足げにゴロゴロと喉を鳴らして満足そうに隣に座ったので、フワフワとした頭を撫でてあげます。

「メルヘンの世界ね。それとも妖精の世界かしら」

 ディアナのうっとりとした声が聞こえました。
 メルヘン? 妖精? 
 私はリッキー様と王太子妃殿下それからマロンを見つめました。その通りかもしれません。見目麗しきお二方と美子猫。この世のものではないと思っても過言ではありませんものね。絵画に残してほしいくらいです。私もものすごく美化して描いて頂いたらその一員になれるかしら?

 パンッパンッ

 夢の世界に浸っていたら手をたたく小気味のいい音が聞こえて、一気に現実へと引き戻されました。

「さあ、続きは部屋に戻ってからにしましょう」

 王妃陛下の声が高らかに響きます。

「そうね。レイニーに早く出て行けと言われたんだったわ。帰りましょう」

 ディアナ。ちょっと嫌味が入っていますよ。
 レイ様は青筋を立てて苦虫を嚙み潰したような顔をしています。よほどご迷惑だったのでしょう。私も早くお暇しなくては。
 
「リッキー様、マロン。帰りますよ」

 声をかけて、リッキー様を膝から下ろしました。

「もう、終わり?」

 リッキー様はちょっと不満そうに口を尖らせましたが、王太子妃殿下が何事か耳打ちをされたら納得されたようです。私たちは帰る準備をします。

「ねえ、フローラ、今夜、私の部屋に泊まらない?」

「泊まる?」

「そう、王宮にわたしの部屋があるのは知っているでしょう。もともと泊まる予定だったから、ちょうどいいわ」

 ディアナの突然の提案に面食らった顔をしてしまいました。
 ちょうどいいって、ディアナは何を急に言っているのでしょう。場所は王宮ですし、王族とほぼ同等な立場のディアナといえども、そんなわがままは通らないのでは、準備だってあるでしょうし。よしんば泊まることが叶ったとしても、それは何週間か何カ月か前から申請しておかなければならない事案では?
 さすがに許しはでないでしょう。

「あら、いいわね。フローラちゃん、遠慮せずに泊まりなさい。ゆっくりしていくといいわ」

 王妃陛下が名案とばかりにあっさりと許可を下さいました。あっさりしすぎて拍子抜けしました。
 本当は有難くお受けしなければいけないことなのかもしれないけど。

「でもディアナ。両親が待っているし、何も言っていないし」

 王妃陛下に直談判なんて到底無理ですから、ここはディアナが頼みの綱です。

「それね、大丈夫よ。ちゃんと使いをよこして、泊まる旨を伝えるから心配しなくてもいいわよ」

「でも、あの、着替えとかも持ってきてないので、無理ではないかしら?」

 泊まる予定などなかったので、何も準備してきません。下着類もドレスも化粧道具もありませんしね。
 恐れ多くて、心の準備もできなくて断る口実をつらつらと並べてみましたが、

「お泊り道具なんて一式揃っているし、ドレスも用意できるわよ。袖を通していないのが何着かあるからそれを着たらいいわ」

 すべて論破されてしまいました。
 これ以上、断る口実は見つかりません。研究がといったとしても、その時間に合わせて帰すと言われればそれまでですよね。

 はあ、どうしてこうなったのでしょう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m

【 完結 】虐げられた公爵令嬢は好きに生きたい 〜え?乙女ゲーム?そんなの知りません。〜

しずもり
恋愛
アメリアはディバイン公爵家の長女ではあるが、母は亡くなってからは後妻と異母妹、そして実の父親にまで虐げられ使用人以下の生活を送っていた。 ある日、年老いた伯爵の後妻に嫁ぐ事をディバイン公爵から告げられたアメリアは家を出て行く決心をする。前世の記憶を持っていたアメリアはずっと前から家を出る為の準備をしていたのだ。 そしてアメリアの代わりに嫁ぐ事になったのは、、、、。 一話づつ視点が変わります。 一話完結のような内容になっていますので、一話の文字数が多めです。(7000文字前後) 「ソフィー」の話は文字数が1万文字を超えそうだったので分割する事にしました。 前世の記憶を持った転生者が出てきます。 転生者が乙女ゲームの内容を語っていますが、ゲームが始まる以前の話です。 ご都合主義の緩い設定の異世界観になっています。 話し方など現代寄りの部分が多いです。 誤字脱字あると思います。気づき次第修正をかけます。 *5/15 HOTランキング1位になりました!  読んで下さった皆様、ありがとうございます。

(完結)大聖女を頑張っていた私が悪役令嬢であると勝手に決めつけられて婚約破棄されてしまいました。その子に任せたらあなたの人生は終わりですよ。

しまうま弁当
恋愛
メドリス伯爵家の第一令嬢であるマリーは突然婚約者のフェルド第一王太子から「真実の愛を見つけたんだ」と言われて婚約破棄を宣言されるのでした。 フェルド王太子の新しいお相手はマグカルタ男爵家のスザンヌだったのですが、そのスザンヌが私の事を悪役令嬢と言い出して、私を大聖女の地位から追い出そうとしたのです。 マリーはフェルドにスザンヌを大聖女にしたらあなたの人生が終わってしまいますよと忠告したが、フェルドは全くマリーの言う事に耳を傾けませんでした。 そしてマリー具体的な理由は何も言われずにマリーが悪役令嬢に見えるというフワッとした理由で大聖女の地位まで追い出されてしまうのでした。 大聖女の地位を追われ婚約破棄をされたマリーは幼馴染で公爵家の跡取りであるミハエル・グスタリアの所に身を寄せるのでした。 一方マリーを婚約破棄してご満悦のフェルドはスザンヌを大聖女につかせるのでした。 スザンヌも自信満々で大聖女の地位を受けるのでした。 そこからフェルドとスザンヌの転落人生が始まる事も知らずに。

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

らんか
恋愛
 あれ?    何で私が悪役令嬢に転生してるの?  えっ!   しかも、断罪後に思い出したって、私の人生、すでに終わってるじゃん!  国外追放かぁ。  娼館送りや、公開処刑とかじゃなくて良かったけど、これからどうしよう……。  そう思ってた私の前に精霊達が現れて……。  愛し子って、私が!?  普通はヒロインの役目じゃないの!?  

【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢エレノアは、容姿端麗で優秀な兄姉とは違い、容姿は平凡、 ピアノや刺繍も苦手で、得意な事といえば庭仕事だけ。 家族や周囲からは「出来損ない」と言われてきた。 十九歳を迎えたエレノアは、侯爵家の跡取り子息ネイサンと婚約した。 次期侯爵夫人という事で、厳しい教育を受ける事になったが、 両親の為、ネイサンの為にと、エレノアは自分を殺し耐えてきた。 だが、結婚式の日、ネイサンの浮気を目撃してしまう。 愚行を侯爵に知られたくないネイサンにより、エレノアは階段から突き落とされた___ 『死んだ』と思ったエレノアだったが、目を覚ますと、十九歳の誕生日に戻っていた。 与えられたチャンス、次こそは自分らしく生きる!と誓うエレノアに、曾祖母の遺言が届く。 遺言に従い、オースグリーン館を相続したエレノアを、隣人は神・精霊と思っているらしく…?? 異世界恋愛☆ ※元さやではありません。《完結しました》

派手好きで高慢な悪役令嬢に転生しましたが、バッドエンドは嫌なので地味に謙虚に生きていきたい。

木山楽斗
恋愛
私は、恋愛シミュレーションゲーム『Magical stories』の悪役令嬢アルフィアに生まれ変わった。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。その性格故に、ゲームの主人公を虐めて、最終的には罪を暴かれ罰を受けるのが、彼女という人間だ。 当然のことながら、私はそんな悲惨な末路を迎えたくはない。 私は、ゲームの中でアルフィアが取った行動を取らなければ、そういう末路を迎えないのではないかと考えた。 だが、それを実行するには一つ問題がある。それは、私が『Magical stories』の一つのルートしかプレイしていないということだ。 そのため、アルフィアがどういう行動を取って、罰を受けることになるのか、完全に理解している訳ではなかった。プレイしていたルートはわかるが、それ以外はよくわからない。それが、私の今の状態だったのだ。 だが、ただ一つわかっていることはあった。それは、アルフィアの性格だ。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。それならば、彼女のような性格にならなければいいのではないだろうか。 そう考えた私は、地味に謙虚に生きていくことにした。そうすることで、悲惨な末路が避けられると思ったからだ。

処理中です...