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ディアナside①

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「さあ、できたわ」

 書き終えた手紙を不足はないかもう一度見直し文面に満足して机の上に戻した。
 準備は整ったわ。あとはあの方を待つばかり。

 わたしはディアナ・マクレーン伯爵家の長女。
 この国の元第一王女を曾祖母に持ち、家系図には臣籍降下や降嫁で伯爵籍に入った王子や王女の名が記されている由縁でマクレーン伯爵家は王族の血統を多く持つ名門貴族です。そのため、わがマクレーン伯爵家は第二の王家ともいわれている。伯爵の機嫌を損ねれば首が飛ぶとまで言われているらしいですわね。今のところ心当たりはありませんけれど。噂とは怖いもの。
 それゆえに貴族であるならば、マクレーン伯爵家のことは小さい頃から親から叩き込まれているはずなのです。

 なのに、わたしのことを知らない貴族がいるとは思わなかったわ。
 学園でも皆さん弁えて相応しい対応をされておりますよ。相手が誰だかを知って尊重すればよいだけのこと。難しいことでではありませんけどね。

 伯爵令嬢風情って。自分はたかだか男爵令嬢のくせに。

 リリア・チェント男爵令嬢。
 平民と駆け落ちした長男夫婦がなくなって、男爵が引き取ったと聞いているけれど。男爵は貴族に籍を置くにあたって、階級や相関関係など貴族社会に必要な知識を教えなかったのでしょうか。教えたけど覚えきれなかったとか? 隣に侯爵令息もいたというのに諫めるどころか一緒になって便乗してましたものね。
 二人とも最下位クラスの底辺ですもの。さもありなんですわ。チェント男爵家もテンネル侯爵家もお気の毒に。

 あの時の屈辱がよみがえりふつふつと胸をたぎらせているとドアの音がした。

「お嬢様、ランディーニ・ハイスター公爵様がいらっしゃいました」

「どうぞ、お通しして」

 思ったより早かったわ。
 しばらくしてドアが開いて、最初に目に飛び込んできたのは真っ赤な薔薇の花束。

「こんにちは。元気だったかな。僕の愛しい人」

 大きな薔薇の花束の横から顔を出したのはランディーニ・ハイスター公爵。
 わたしの婚約者。彼は王の甥で国王陛下の右腕として働いている公爵様。わたし自身も王族に近い地位にいるのですよ。
 知らないということは怖いことですね。おバカさんたち。

「ええ、元気でしたわ。きれいな薔薇をありがとうございます」

 花束を受け取ると薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。甘い香りに先ほどのささくれだった心が癒されていくようですわ。あのおバカさんたちのことはあとで考えることにして、それよりも大事なことがありますからね。そちらを優先しましょう。

 薔薇の美しさを愛でた後、部屋に飾ってもらうためにメイドに花束を渡した。

「どうしたんだい? 急用があると手紙をもらったけど」

「ええ、申し訳ありません。お忙しいのにお呼び立てして」

「忙しいけれど、婚約者殿ためならすぐにかけつけるよ」

 ランディー様は嬉しいことを言ってくださいますわね。年齢が五才離れているのですけれど、子ども扱いはせずにわたしのことを尊重し大事にしてくれる。訪れるときは薔薇の花束を抱えて僕の愛しい人と言葉とともに渡してくださる紳士なお方。もちろんわたしもお慕いしていますわ。

 ランディー様を椅子に座るように促すと、メイドたちがお茶の準備を始めた。その間に、先ほど書いた手紙を彼に見せた。


「これを義姉上に渡したいのかい?」

「はい」

 わたしは向かい側に座り返事をした。

「フローラ嬢とテンネル侯爵子息の婚約破棄には、国王陛下たちもびっくりしていたからね。貴族の面々も驚きを隠せないようだったし、しばらくは騒がしいだろうな」

「そうでしょうね。国の宝玉だと国王陛下から言葉を賜り、国外に出すこと相ならんと厳命されるほどの才女を足蹴にして、何のとりえもない男爵令嬢風情に現を抜かし婚約破棄する愚か者がいるなんて、想像もできませんでしたわ」

「価値のわからない愚かな人間だったってことだろうね。これから、いろいろやばそうだとみんなで心配してたところだったんだよ」

「フローラの争奪戦が繰り広げられるということかしら?」

 彼女が才能を見せ始めた頃から縁談は次々と舞い込んできたらしく、そのどれもがフローラが齎す莫大な利益が目的だったのは一目瞭然だったそうで、その争いは熾烈だったと聞いているわ。血で血を洗うような争いに発展しないようにブルーバーグ侯爵家が一計を案じたのよね。
 その一つが多額の研究費を出資すること。この条件を飲めたのはテンネル侯爵家だけだった。

 けれど、バカ息子のせいで泡沫の夢と消えてしまいました。めでたし、めでたしだわ。わたしとしてはね。

 ねじ曲がった根性が露呈した時点で、どうやって婚約をつぶそうかと考えていたところに今回の件。まさしく渡りに船。ラッキーだったわ。たとえテンネル侯爵家の嫡男といえども、クズ男にフローラはもったいないですからね。

「今度こそって、思っている貴族もいるかもしれないね」

 ランディー様は不穏な匂いをちらつかせながらも、穏やかな表情でカップを手に取り、優雅な仕草で紅茶を飲んでいる。
 
「でも、完全にテンネル家が手を引いたわけではなさそうなのよ」

「そうなのかい?」

「フローラからの話ではね」

 ランディー様はわたしの顔をじっと見つめた。

「それも含めて、今から義姉上に会いに行くかい?」

「そんなことできますの?」

 相手は王妃陛下です。スケジュールも詰まっているでしょうし、それでなくても事前に申し込まなければ会えないはずですよね。

「確か今日は公務も少なくて時間が空いているはずだよ。むしろ今日の方が都合がいい。それにディアナが来るとなれば喜んで会ってくれるんじゃないかな」

 ランディー様は王妃様への手紙を認めると従者に託した。
 これからの行動は決まったようです。直接話した方が早いですから。
 わたしは準備を手早く済ませて、ランディー様と一緒に馬車に乗りこんだ。
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