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第百十六回 波乱の予感

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 梁山泊の孔明と孔亮は開封府の宿元景の屋敷を訪ねた。聞煥章も事前に誘い一緒にいる。呉用が文春を王家村に匿った件を報告に来たのだ。

「彼の件はお二人の狙い通りとなりましたぞ」
「王倫様もすんなりと軍師殿の言を受け入れましたからね」

 孔明と孔亮が伝える。

「まずは成功と言えましょう。師兄。文春殿の件で蔡京から何か接触はありましたか?」
「いや、特にはないが……」
「ないならないでいいのですが、護送役人が梁山泊で襲われ逃げ帰った話は既に伝わっているはず」

 聞煥章は蔡京が宿元景に接触してくる可能性を示す。

「偶然賊に襲われ囚人も死んだのなら好都合とそこで終わるなら良し。しかし……」
「なるほど。私がそう仕向けたと考える可能性があるという訳か」
「ご推察の通りです」

 宿元景は顎に手をあてた。

「……宿元景殿、文春の事は聞きましたかな? 蔡京がこう来るとして、初耳です。ではまずいかな?」

 その問いには聞煥章、孔明、孔亮の三人共が頷く。

「……そうか。既に私が関与していると思い込んでいるからこその接触か」

 しらばっくれるのは良くない。逆に蔡京の思い込みから疑心を抱かれると理解した宿元景。

「そうだな。では……賊に襲われて命を落としたとか。いや、不運な事もあるものです。これならどうか?」

 否定も肯定もしてはいない対応だが。

「うわっ。宿元景様黒い!」

 孔亮が反応した。孔明も続く。

「蔡京が言いそうな感じですね。しかし蔡京は蔡京のような人物を果たして信用しますでしょうか?」
「孔明殿の言われる通りですな。師兄、蔡京が味方ならともかく今のお立場では間違いなく警戒されるかと」

 宿元景が困った顔をする。

「では……蔡京殿の耳にも入りましたか。ここだけの話ですが、あれは私の指示です。奴に流罪などおこがましい。死んで当然でしょう。ここまで言うのか?」

 自分の印象が完全にかけ離れていると渋い顔の宿元景に聞煥章が言う。

「隠し事が得意ではないと思わせた方が蔡京にとっては扱い易いと考えさせる要因のひとつにはなりましょう」
「待ってくれ。だがこれでは蔡京に弱味を握られるも同然ではないか?」
「左様です。非常によろしくない」
「八方塞がりではないか!」

 宿元景は呆れてしまった。とは言え放置できる問題でもないのは確かだ。何か手を打たねばいけないだろう。

「まぁまぁ宿元景様。接触がないと言ってもそれはあくまで蔡京本人の話」
「うん? それはどういう意味ですかな孔明殿」

 その孔明の言葉に聞煥章も笑みを浮かべた。

「師兄。せっかく我々が揃ったのですから、まずは酒宴でも開いていただきたいのですが」
「?」

 聞煥章、孔明、孔亮が格別に酒宴を好む人物かと言えばそうでもない事を宿元景は把握している。それがわざわざ酒宴を願うのだ。

「……これは気がつかなくてすまなかったね。すぐに人を使いにやり準備させよう」

 こうして宿元景の屋敷から慌ただしく使用人が買い物に出ていく。そしてその様子は監視していた者により蔡京へと伝えられた。


「……これで今頃蔡京は師兄への疑念を晴らしているでしょう。本当に偶然が重なっただけの事故であると」
「私にとって良い話が耳に入ったから祝宴か。これで本当に上手くいくならもっとはやくやっておくべきだったかな?」

 料理を箸でつつきながら宿元景が口にする。

「いいえ。今だからこそ良かったのです。蔡京が知るより早く祝えば関与の疑心は確信に変わり、同時期に開いても疑心は抱かれたままでした」
「そうそう。この、なんで今更感がいいのですよ宿元景様。そこまで執着していなかった証に取られます。それも蔡京の勝手な思い込みによって、です」
「うーむ。そういうものなのかね。私にはまだ良くわからんな」

 そう語るも酒宴の席の空気はだんだんと軽いものになっていき、話題も別のものへと変わった。

「そういえば最近、北京や青州の方はだいぶ物騒のようだよ」
「物騒……ですか?」

 殿司太尉の宿元景が持ち出した話題。それはこの二つの地域で山賊や盗賊による被害が出ているというものだった。聞煥章も朝廷の友人から聞いた情報を加える。

「北京からは討伐の為の将を派遣して欲しいと要請が届いたとか。街や村がそれはもう……徹底的に蹂躙されているようで」

 孔明と孔亮は顔を見合わせた。

「私達が言うのも何ですが、もし北京で狼藉を働くなら覚悟だけでは実行するのは難しいと思います。少し梁山泊に加わったりもしましたがあの軍事力はまだまだ健在です」
「兄の言う通りです。それに青州の山賊とは一部繋がりがありますがそんな動きをしているとは一言も。ましてや街や村を徹底的に蹂躙してまで青州側と事を構える余裕はないはずです」

 梁山泊は彼らを迎え入れる準備をしている段階であり、それを心待ちにしている魯智深達と徹底的な略奪の部分とが上手く噛み合わないのだ。そんな二人の意見に今度は宿元景と聞煥章が顔を見合わせる。

「貴殿らが知らぬ一団の仕業とは考えられないだろうか」
「街を徹底的に破壊しようと思うなら結構な勢力は必要です。それをうち(梁山泊)の把握してない集団が出来るとはとても……」
「朝廷はその要請に応える気なんですか?」
「現段階では議論の域だそうですが、軍権を握る蔡京は北京司令官である梁世傑の舅」

 遠からず要請は通り将軍の選定に移るだろうとの見立てを聞煥章は話す。

「正直な所、この一件にうちは絡んでいません。それでもあえて利を求めると言うのであれば、お互い潰しあって消耗してくれるのは悪い話ではないとなりましょう。……被害にあっている者達には同情しますが」
「しかし本当に北京と青州を引っかき回すような者達がいるなら心強い味方がいるとも言い換えれませんか?」

 聞煥章が敵の敵は味方であるとの考えを持ち出した。しかし孔明と孔亮の二人は、

「「それはないです」」

 と息を合わせて言い切ったのだ。

「弱い者を根こそぎ襲う性根など今のうちとは両立しないですからね。更生させるのも骨が折れそうですし、敵か味方かで言うなら敵でしょう」

 この言葉に宿元景は心を打たれた。

「なるほどなるほど。しかしこの騒動。大きくなれば余波が梁山泊に及ばぬとも限らない」
「そこは宿元景様の言われる通りです。梁山泊にも報告し注意を促しておきましょう」
「では私も朝廷の友人からこれに関する情報を集めておきます」
「感謝します聞煥章殿」

 こうしてこの日の酒宴はお開きとなる。これが梁世傑の企みとはまだ誰も気付けぬままに。
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