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第十五回 青面獣楊志
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梁山泊で杜遷が騒動を起こしてから数日後。
林冲は宋万と一緒に街道沿いの森の中に居た。林冲は杜遷が山寨から姿を消したと聞き責任を感じていたが、王倫と宋万から気に病む必要はないと諭される。
しかし朱貴が別件で山寨を離れている所に杜遷が姿をくらました事で梁山泊はいきなり首脳陣が人手不足に陥(おちい)ってしまった。
王倫はこれを機に山寨内での刃傷沙汰(じんじょうざた)(刃物とは限定せず、要は相手を怪我させるような喧嘩の事)を禁止にし、同時に緊急時以外に武器を身に付け持ち歩く事も禁止の命令を下す。
だがこれの真意は、例えば首領が別の者に力でその座を狙われた時、狙った者もこの決まりによって思惑通りにいかなくなる。つまり躊躇(ためら)わせる事で短絡的行動を阻害(そがい)しようとするところにあった。ちなみに上記の決まりは練兵時やその過程で発生した怪我についてはあてはまらない。
そして山寨全体を見た時、武に長けた者・練兵に通じる頭目がいない為、その人材を見つけるのに協力してほしいと王倫から頼まれたのが林冲だったという訳だ。杜遷の失踪を気にしなくてもよいと言われても根が真面目なこの男は、後ろめたさも手伝い王倫からの頼みを快諾する。期限はとりあえず三日から五日以内でと言われたのだが、加えてふたつの条件も提示された。
ひとつは林冲が得意の槍を持ち出さねば危ういと思う程の使い手をさがす事。……中途半端な武芸者には用はないという事である。得意な得物を持った元禁軍師範と互角以上の戦いが出来る者などそのへんにごろごろと転がっている訳がない。
王倫が言うには林冲の持つ運が見てみたいので出会えれば儲けもの。出会えずともそれは仕方ないとよく分からない事を言っていたが、目付けとして宋万をつけるというのがもうひとつの条件だった。
宋万に見守られる中、今日で三日目。今までに二人ほど武芸者と思える者に勝負を挑んでみたものの、とても王倫の目にかないそうな人物ではなかった。
「さすが禁軍の林教頭ですね。いずれもまともな勝負にすらならないとは。今日はどうでしょうか」
「いやはや自分の運の無さが申し訳ない」
「まぁまぁ。別に必ず見つけなければいけない訳でもないんですから」
宋万は気楽に気長に待ちましょうと労う。焦る林冲とは対象的だ。それもそのはずで宋万の役目は林冲の目(注意)を出来るだけ山寨の外に向けさせておく事だったのだから。故に通るかどうかも分からない『達人』を林冲に探させようとした。
「お頭には何か考えがあるとは」
「……おしずかに」
林冲が告げると宋万も押し黙る。目線の先には笠を被り背中に刀を背負って歩いてくる男が一人。
「宋万殿、仕掛けてみます」
林冲は視界を残して顔を布で覆う。
「お頭! お頭!」
「なんだ宋万。目付けはどうした」
「してますよ! それより居たんです! すごい勝負になってます! あのままじゃ本当にどっちかが死んじまいます!」
「な、何!?」
王倫は慌てて宋万について現場へ向かった。そこでは槍と刀がぶつかり合う音がひっきりなしに響いている。本気の林冲に全く引けを取らない者が目の前に居て王倫も思わず立ち尽くす。
「達人同士の戦いとはこれほどか」
「ど、どうしますお頭?」
「うん? あの男の顔、まさか」
王倫は男の顔を見た途端、二人に向かって走り出した。
「あ!? お、お頭ぁ!?」
「待たれよ! 二人共待たれよ! その勝負そこまで!」
王倫が止めに入ってきたので林冲が動きをとめると男も動きをとめる。が、当然警戒は解いていない。
「この者は私の命で動いていただけ。大変失礼を致しました。失礼ついでにお尋ねしますが、もしかして貴方様は『青面獣(せいめんじゅう)』の楊志(ようし)殿ではありませんか?」
「青面獣の楊志! 通りで……」
林冲が驚く。
※青面獣楊志。
顔に巨大な青痣(あおあざ)があることから由来する。宋初期の英雄・楊業(ようぎょう)の子孫で、若くして武挙(ぶきょ)に合格したエリート武官である。痣以外の外見的特徴は背はやや高めで髭は薄くあごにまばらに生えている程度。武芸十八般に通じた豪傑。
「いかにも。俺は楊志だ」
「やはり。……腕の立つ武芸者を探していたのですが、いやはやとんだ御方に出会ったものです。ああ、申し遅れました。私は梁山泊の首領王倫。こちらは副頭目の宋万」
「梁山泊? ……賊の首領か」
「いかにも。そして貴方と好勝負を披露した御仁が林冲殿です」
王倫に紹介されて林冲は顔を隠していた布を取り払った。
「林冲? まさか禁軍槍棒師範の林教頭殿か!?」
「そのまさかで今は故あって私の所に身を寄せております」
「……これは。俺の方が驚いたぞ。通りで強いはずだ」
「いやいや、噂に名高い青面獣。その名に違わぬ腕前です」
「何を言われる。噂ならば林冲殿の方が。豹子頭を知らぬ者などおりますまい」
先程まで斬りあっていた二人が意気投合したようなので王倫は楊志を山寨での酒宴に誘うのだった。
林冲は宋万と一緒に街道沿いの森の中に居た。林冲は杜遷が山寨から姿を消したと聞き責任を感じていたが、王倫と宋万から気に病む必要はないと諭される。
しかし朱貴が別件で山寨を離れている所に杜遷が姿をくらました事で梁山泊はいきなり首脳陣が人手不足に陥(おちい)ってしまった。
王倫はこれを機に山寨内での刃傷沙汰(じんじょうざた)(刃物とは限定せず、要は相手を怪我させるような喧嘩の事)を禁止にし、同時に緊急時以外に武器を身に付け持ち歩く事も禁止の命令を下す。
だがこれの真意は、例えば首領が別の者に力でその座を狙われた時、狙った者もこの決まりによって思惑通りにいかなくなる。つまり躊躇(ためら)わせる事で短絡的行動を阻害(そがい)しようとするところにあった。ちなみに上記の決まりは練兵時やその過程で発生した怪我についてはあてはまらない。
そして山寨全体を見た時、武に長けた者・練兵に通じる頭目がいない為、その人材を見つけるのに協力してほしいと王倫から頼まれたのが林冲だったという訳だ。杜遷の失踪を気にしなくてもよいと言われても根が真面目なこの男は、後ろめたさも手伝い王倫からの頼みを快諾する。期限はとりあえず三日から五日以内でと言われたのだが、加えてふたつの条件も提示された。
ひとつは林冲が得意の槍を持ち出さねば危ういと思う程の使い手をさがす事。……中途半端な武芸者には用はないという事である。得意な得物を持った元禁軍師範と互角以上の戦いが出来る者などそのへんにごろごろと転がっている訳がない。
王倫が言うには林冲の持つ運が見てみたいので出会えれば儲けもの。出会えずともそれは仕方ないとよく分からない事を言っていたが、目付けとして宋万をつけるというのがもうひとつの条件だった。
宋万に見守られる中、今日で三日目。今までに二人ほど武芸者と思える者に勝負を挑んでみたものの、とても王倫の目にかないそうな人物ではなかった。
「さすが禁軍の林教頭ですね。いずれもまともな勝負にすらならないとは。今日はどうでしょうか」
「いやはや自分の運の無さが申し訳ない」
「まぁまぁ。別に必ず見つけなければいけない訳でもないんですから」
宋万は気楽に気長に待ちましょうと労う。焦る林冲とは対象的だ。それもそのはずで宋万の役目は林冲の目(注意)を出来るだけ山寨の外に向けさせておく事だったのだから。故に通るかどうかも分からない『達人』を林冲に探させようとした。
「お頭には何か考えがあるとは」
「……おしずかに」
林冲が告げると宋万も押し黙る。目線の先には笠を被り背中に刀を背負って歩いてくる男が一人。
「宋万殿、仕掛けてみます」
林冲は視界を残して顔を布で覆う。
「お頭! お頭!」
「なんだ宋万。目付けはどうした」
「してますよ! それより居たんです! すごい勝負になってます! あのままじゃ本当にどっちかが死んじまいます!」
「な、何!?」
王倫は慌てて宋万について現場へ向かった。そこでは槍と刀がぶつかり合う音がひっきりなしに響いている。本気の林冲に全く引けを取らない者が目の前に居て王倫も思わず立ち尽くす。
「達人同士の戦いとはこれほどか」
「ど、どうしますお頭?」
「うん? あの男の顔、まさか」
王倫は男の顔を見た途端、二人に向かって走り出した。
「あ!? お、お頭ぁ!?」
「待たれよ! 二人共待たれよ! その勝負そこまで!」
王倫が止めに入ってきたので林冲が動きをとめると男も動きをとめる。が、当然警戒は解いていない。
「この者は私の命で動いていただけ。大変失礼を致しました。失礼ついでにお尋ねしますが、もしかして貴方様は『青面獣(せいめんじゅう)』の楊志(ようし)殿ではありませんか?」
「青面獣の楊志! 通りで……」
林冲が驚く。
※青面獣楊志。
顔に巨大な青痣(あおあざ)があることから由来する。宋初期の英雄・楊業(ようぎょう)の子孫で、若くして武挙(ぶきょ)に合格したエリート武官である。痣以外の外見的特徴は背はやや高めで髭は薄くあごにまばらに生えている程度。武芸十八般に通じた豪傑。
「いかにも。俺は楊志だ」
「やはり。……腕の立つ武芸者を探していたのですが、いやはやとんだ御方に出会ったものです。ああ、申し遅れました。私は梁山泊の首領王倫。こちらは副頭目の宋万」
「梁山泊? ……賊の首領か」
「いかにも。そして貴方と好勝負を披露した御仁が林冲殿です」
王倫に紹介されて林冲は顔を隠していた布を取り払った。
「林冲? まさか禁軍槍棒師範の林教頭殿か!?」
「そのまさかで今は故あって私の所に身を寄せております」
「……これは。俺の方が驚いたぞ。通りで強いはずだ」
「いやいや、噂に名高い青面獣。その名に違わぬ腕前です」
「何を言われる。噂ならば林冲殿の方が。豹子頭を知らぬ者などおりますまい」
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