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40話 ルミナ、命の灯と引き換えに真実を知り 正和、遂に元凶と相対す

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 私がここへきてから何日経過しただろうか。 ここでの生活にも慣れてきて、私も仲間達も充実した生活を送らせてもらっている。 でも、故郷の仲間達はいまだ突然現れた蟻の脅威にさらされているだろう。 そんな状況を覆すべく、亜人領に連日向かってくれている正和さんには頭がさがる思いだ。 
 
 この村の食糧問題も順調で、先日は朋広さん達がキエソナ村で麦を入手してきた。 向こうでは薪にそれなりに需要があったようで、銅貨一枚と薪一束か麦と薪一束で物々交換ができたと言っていたのを覚えている。 村の近くには砦があるらしい事も言っていた。 そのせいで逃亡中の身のオーシンさんは次回からはこの村に留守番になるようだ。

「ルミナ? どうしたの、ぼーっとして」

 キエルが声をかけてきた。

「キエル......。 ちょっと村の状況を振り返っていたのよ」
「そう。 わたくしはとても順調だと思うわ」
「ええ......。 村全体としてなら私もそう思うんだけどね」
「あら? なにか気になる事でも?」
「数日前、正和さんが戻ってきてから彼、様子がおかしくない?」

 私は自分が気になっている事を思いきってキエルに聴いてみた。

「そう? あまりお見かけしていないような気はするけど......。 向こうに行ってくれているからではないの?」
「それがここ数日は行ってる気配を感じないのよね。 それどころかあの家の一室に籠りっぱなしの気配なんだけど」
「そうなの?」
「魔力感知の点からならね。 それとシロッコさんも一緒に居ると思う」
「言われてみれば、シロッコ様もお見かけしていないような気もするかも」
「じゃあ一体二人で何をしているかって事になるんだけど......」
「他の家族の方は特に触れてなかったからルミナの考え過ぎではなくて?」

 考え過ぎ...... か。

「今までは捜索の進捗状況を教えてくれていたし、実際サオールやサトオルも仲間に加わったわ。 でも最近きいたのは心配いりません、の一言だけよ?」
「では心配いらないのではなくて? あの方達がわたくし達に何か隠し事をする必要はないでしょう?」
「彼は笑顔でそう言ったわ」
「......なにかおかしい?」
「彼は確か十五才よね?」
「なぁに、突然。 そうだったと思うけど......」
「私はこれでも三百才を超えてるわ」
「もう、ルミナは何が言いたいの?」

 内容が互いの年齢になりキエルが困惑している。 もちろん、私も年の差を気にしてこんな事を言った訳じゃない。

「彼、目の下にクマができていた。 そして笑顔は...... つくり笑顔。 私は彼の二十倍生きているのよね。 彼は他人を騙せる笑顔の使い分けが出来る程長く生きていない」
「純粋なのは良いことだと思うけれど...... 貴女が言いたいのはそこじゃないんでしょう?」
「ええ...... 彼は私達に気を使っている。 体調不良をごまかす事も含まれていたかもしれないけど、それだけじゃない」

 このモヤモヤした気持ちはなんなのだろう。 愛だの恋だのと言った感情でないのはわかるんだけど。

「ルミナ......。 貴女ひょっとして正和さんに恋」
「違うから!」

 結局、食堂での夕食時にも正和さんとシロッコさんの姿を見かける事はなかった。 私はひとり部屋で考える。 家族の方に聴いても二人なら心配いらないから、という返事だった。 家族は事情を知っている? 私達亜人には気を使って言えない何かがある? 正和さん達は亜人の事で何か困難にぶつかっていて苦しんでいる? だとしたらどうして私を...... 私達を頼ってくれないのだろう。 そこまで考えて自分が抱えていたモヤモヤの正体に気が付いた。

「そうか......。 私は悔しかったのね」

 どうやら私は自分でも気が付かないうちに洞口家寄りの立場になっていたようだ。 まさか彼等の役に立てないのが嫌だったなんてね。 私はある事を考え決断し、自分に『気配遮断』の魔法をかける。

「原因を知るために近付きすぎたら彼等にばれてしまう。 ここは正和さんが使用している転移の場所から直接向こうに行くのがいいかしらね?」

 私は誰にもばれぬよう部屋を抜け出し、彼等が住む建物へ『浮遊』の魔法を使って、一気に三階の神殿風の窓のない部屋から侵入する。 相手が膨大な魔力の持ち主であろうとも、魔力感知などに長けていなければ見つからずに進めるはず。 私はドキドキしながらも、運よく向こうに移転できる扉がある部屋に最初に入る事ができた。 部屋の中央にある扉は開いたままで、空間が淡い光を放っている。

(大丈夫......。 少し調査して戻るだけ。 もし彼等の悩みの原因がわかればそれをすぐに伝える。 私だって...... やれる!)

 私は意を決してその空間に足を踏み入れた。 扉の先には同じような扉があり、やはり開いていたが私はそのまま扉をくぐる。 そこは暗い場所に通じていた。 目が慣れるとそこがログハウスの中だと認識できた。 周囲には誰もいない。 私は明かりを使うと危険な為、『暗視』の魔法を使い暗闇でも周囲が見える様にしてログハウスから夜の外に出た。 ちなみに猫人であるヒラリエは種の特徴として夜目がきく。

(久しぶりの故郷のにおい...... この看板は...... こんなものまで用意してくれていたのね。 逃げ込んでいた亜人はいないようだったけれど)

 私は正和さんの配慮に感謝した。 なんとしても何かしらの成果を持って帰らないと。 私はログハウスに背を向け宛てもなく走り出した。

「どこへ行こうと言うのじゃな?」

 心臓が飛び出るかと思った。 まだ百メートルも走っていないのにいきなり呼び止められたからだ。 気配遮断の魔法は継続中なのに気付かれ、こちらは全く気付くことができなかった! 私は声のしたほうを凝視する。 物陰からその人物が姿を現した。

「あ、あなたは...... 亜人? で、でもその姿はまるで......」
「そなたが我が眷族を退けた亜人かえ?」

 まずい。 まずいまずいまずい! 私の頭の中で大音量の警鐘が鳴り響く! 見た目は正和さんや華音さん位の年齢に見える少女。 けど彼女には彼等とも亜人とも違う特徴がある。 頭に『触角』と『複眼』が見受けられるのだ。 これは正和さんが説明してくれた虫の特徴のはず。 私はすぐさま逃げ出そうとした!

「動くでないぞ? そちにはまだ聴きたい事があるのでのう?」
「え...... な...... んで?」

 私の意思に身体が従わなかった。 逃げろという自分の命令より、相手の言葉のほうに身体が従ったのだ。

「質問に答えよ。 そなたが我が眷族を退けた亜人かや?」

 眷族? 亜人が退けた? あなたは誰? 頭の中は疑問でいっぱいなのに

「ち...... がい...... ます」
「なんじゃ違うのか。 やっと会えたかと楽しみにしておったにのう」

 相手の魔法などではない。 なのに私に対して絶対の強制力が働いている。 なに? なんなのよ、これは!?

「ふーむ。 赤の方まで撃退し、一体はついに戻ってこなんだからの? 残っておる亜人も手練れかと思っておったに、妾の興を冷まさしてくれるものよ」
「あ...... う」
「まあよいわ、妾もこれで慈悲深いからの。 そちもきちんと眷族に加えてやるでな」
「あ...... あああ!」

 私の身体に一瞬雷が走ったような衝撃のあと唐突に私の頭に色んな情報が流れ込んでくる。 蟻...... 赤...... 彼女...... 全てが繋がった。 そして私は悟った。 ここで私は死ぬのだと。 正確には私の意識が消えるのだ。 私は今後赤蟻として彼女の為に働く事になるだろう。 すでに身体の変質も始まっている。

「これからは神である妾に尽くすのじゃぞ」

 私は神の声を聞きながら思い出しては消されていく、仲間達や助けてくれた彼等の事を考え、涙を流す。

「みんな...... ごめん...... なんの......やくにも...... たてな...... かった...... よ......」

 次に私と会ったらどうか私を殺してね。 自分の両手が赤い蟻のものに変化していたのを確認して...... 私の意識は暗転した。



「僕の大切な仲間をそちらに引き込まないでいただけますか」

 ......え? 聞いたことのあるような声がした。

「ほう。 そなたか? そなたじゃな!? おお、妾はとてもそなたに会いたかったのじゃぞ?」

 会話。 会話が聞こえる。

「まさ...... かず...... さん?」

 私の目の前には忘れかけた正和さんがいた。
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