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80話 キョウレイ、窮地を脱し 朋広、遂に正和と対面する

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 オルリア城攻防戦は最終局面を迎えていた。
いよいよオルドゥークがキョウレイへと『異物入りの兵糧』を送りつけたからである。

 これが示す所は、その翌日にオルドゥークがオルリア城内で反旗を翻すという事。

「お役目ご苦労様です」
「これはオルドゥーク様からキョウレイ様への贈り物ですか?」
「はい。 こちらは少ないですが、我が主より皆様方への心付けでございます」
「これはいつも申し訳ない。 我等の主も感謝しておりましたぞ。 共にキョウレイ様のお力になりましょうとの事。 おい! お通ししろ!」

 彼等は警戒心の欠片もなく、既にオルドゥークを味方と思っているためチェックも杜撰だ。

 士気の低下に加えてキョウレイからの指示もあり、一領主に従っているだけの兵士の本音としては厄介事を起こされるより旨味があって危険がないこの状態はなるべく維持したいものであった。

 なのでこの日もいつもと同じ様にオルドゥークの兵達は簡単にそこを通過していく。
 だがこの『決行の合図』は機密にあたるため知っているのはキョウレイと直臣のみであり、新たに加わった領主やその兵士などには知らされていない。

 オルドゥークとしては翌日に会議の場を設け、集まったオルウェン、カーク、タッカーを急襲しまとめて捕らえる筋書きを描いていた。
 キョウレイ側からの密偵にもそれは伝えられている。



 翌日。 ある一室が見える通路の死角に武装した兵の一団が集まっていた。

「オルドゥーク様達は今あの部屋で話し合いを行っております。 これより我等は反乱の狼煙として部屋の前の見張りを斬って捨て、中に押し入りオルウェン達を捕らえます」

 キョウレイの密偵は見張りが斬られるのを確認した後、速やかに城を出てこの事を伝える。という算段になっていた。

「では参ります!」

 突然武装した兵に取り囲まれる見張り。

「な、なんだお前達は! 今は」
「緊急時ゆえ...... 許せ!」
「があっ!?」

 一団はたちまち見張りを斬り部屋へと押し入る。

 密偵は中から聞こえるオルドゥークの

「なんだお前達は!」
「オルウェン達を捕らえよ! 抵抗するなら斬っても構わん!」

 というやり取りを背後に城から脱出していった。 これで自分の主君の勝利を確信して。

 だが部屋にはオルドゥークと押し入った一団しかいなかった。

「......行ったか?」
「行きましたな」
「まずは成功というところか」
「では私ももう演技の必要はありませんね?」
 
 斬られて倒れていた男がむくりと起き上り部屋の中へ入ってくる。 身体は血だらけに見えるがこれは血糊だ。 オルドゥークは男に言葉をかける。

「協力に感謝します」
「いえ! 真意を聞かされて動かぬ者はおりませぬ! それよりもこれからが正念場!」
「うむ。 この後も計画通りに」
「はっ!!」

 一同は無言で頷くとそれぞれ部屋から飛び出して行った。




 光が射し込んでくる。 眩しさに目を細める男。 声も出せず、身動きも出来ない様に拘束されている状態で唯一できる動作だった。

 男は無言で周囲の様子を探る。
武装した兵士が己を閉じ込めていると思われる箱のような物から出そうとしている様子は理解できた。

 近くにも似たような箱がありやはり武装した兵士が何者かを出そうとしているようだ。

「!!」

 男は驚く。 同じ様に拘束されている者達が良く知っている顔だったから。

(カーク殿! タッカー殿!)

 向こうもこちらを見て驚き...... 置かれている状況を悟ったようだ。

 自室で寝込みを襲われ捕らわれた事を思い出す。 彼等も同じだったとしたのなら......

(叔父上! キョウレイに我等を売ったのですか!? 欺かれていたのは私達だったと!?)

 オルウェンは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 タッカーの顔も怒りで真っ赤になっている。
オルドゥークに騙されこうなった事を屈辱に感じているのだろう。 暴れようとして兵士に無理やり押さえつけられている。

「お静かに願います! まずはこのような真似をしたこと、お詫びもうしあげます!」

 一人の兵士がそう言って膝をついた。 他の兵士もオルウェン、カーク、タッカーの拘束を解くと前へ回り同じ姿勢になる。

「我等はオルドゥーク様の兵。 皆様を王都まで逃がす命令を受けております」
「何? キョウレイではなく叔父上の? 我等を王都まで逃がすとはどういう事だ? オルリア城はどうなった!?」

 兵士達は下を向く。

「オルドゥーク様が敵を引き付ける為に動いているはずですが...... 長くはもたないかと。 主より皆様方への書状を預かっております。 これは主の遺言としてお受け取り頂きたいとの事」
「ゆ、遺言? 叔父上はいったい何を」

 三人は手紙を開く。 カークとタッカー宛の手紙には策の全容と今後もオルウェンを支えて欲しいという要望。
 オルウェンの手紙にはそれに加えてオルドゥークが行動に至った動機も記されていた。

「我等をキョウレイに売った訳ではないのか」
「私達の救出は...... ミスト王女の要望!?」
「!? ど、どういう事ですか」

 オルウェンも驚いているが他の二人も驚く。

「それは...... 私からご説明いたしましょう」

 一人の老いた兵士が進み出てきた。 しかし周りの兵士が畏まっている様子から彼がまとめ役を担っているだろう事は把握できた。

「私はオルドゥーク様の執事をつとめさせていただいている者にございます。 本来なら私めはキョウレイを騙す為この首を差し出しここには居ないはずだったのですが、幸い命を拾い皆に合流できた次第でありまして」

 キョウレイに使者として出向いていた男はオルドゥークの古参の臣であり、主家の為に命を捨てようとしている主と共にこの戦いで果てるつもりで行動していたのだ。

 そしてキョウレイ側の密偵を信じ込ませ話し合いが行われている部屋の見張りを斬ったようにみせかけてから城を出てこの一団に合流した。

「これは...... 我が主が受け取った王女様からの書状。 あの方の悲痛な覚悟が記されております。 私めよりオルウェン様へ直に渡せと申し使っております」

 オルウェンは差し出された手紙をみてごくりと唾を飲んだ。



 その頃、オルリア城ではオルドゥークが反乱を成功させたと城壁に旗を掲げ、約束通り城門を開きキョウレイを迎えに出ていた。

 キョウレイは万が一に備えショウホとゼムオールを本陣に残し、一部の兵を連れその先頭に立ちオルドゥークの前へとやってくる。 ミークはキョウレイ護衛の名目でついてきたがその真意はオルドゥークの暗殺。 

 とはいえいきなり斬りつける訳にもいかず、まずはキョウレイに続いてオルリア城の門をくぐり内部へと歩を進める。

 異変はすぐに起きた。 城壁の上に弓兵が現れこちらに狙いをつけている。

 流石にキョウレイとミークにも緊張が走った。

「オルドゥーク殿、これは何の真似か?」

 キョウレイがつとめて冷静に問い、ミークは剣の柄に手をかける。 問われたオルドゥークは慌てて

「お、お前達! これからオルリア城の主になられるキョウレイ様である。 無礼であるぞ!」

 と、声を張り上げた。

「だまれ逆賊め! 我等の主は亡きオルウェン様方だ! 仇は討たせてもらう。 キョウレイ共々ここで死ね!」

 城壁からは返事と同時に凄まじい殺気が放たれる。

(オルドゥークめ、完全に制圧しきれていないではないか!)

 ミークがキョウレイの前に移動し、守ろうとするのと周囲から矢が放たれるのはほぼ同時であった。

「ぐああっ!」

 矢の何本かがオルドゥークの腕と足に刺さり倒れる。

「くっ! キョウレイ様をお守りしろ!」

 ミークは最早暗殺どころではなく部下の兵士と共にキョウレイを守ろうと剣で矢を弾き落としていた。

「やむを得ん。 一度本陣まで後退するぞ」

 キョウレイは倒れているオルドゥークを無視して後退を始め、その周囲をミーク達が必死に防衛している。 城門からは出たもののまだ弓兵の射程内であり危機は去っていない。

 と、思われたのだが包囲している領主軍がときの声をあげながら城へと攻め寄せてきた。

「......ショウホめ、やりおる」

 キョウレイは備えていたショウホが手を打ったものと判断。 すぐに一隊を率いたゼムオールが合流し、無事に本陣まで戻ることができた。 急いでショウホが出迎える。

「ご無事で!」
「うむ、そなたの采配に救われた。 あれでは向こうも我等どころではあるまい」

 キョウレイは城での出来事を話す。

「それではオルドゥークは......」
「あの状況では生きてはおれまい。 オルウェンらも奴に討たれたようだ。 だがこれで向こうの指揮系統も乱れていよう。 こうなればこの機にオルリア城を攻め落とすまで」

 だが予想に反しオルウェン残党軍の統率は全く乱れる事がなく、領主達の軍はオルリア城の堅い守りに阻まれ城を落とす事が出来ないばかりか多大な被害まで出して後退する事になった。

 実はこれもオルドゥークの策略でオルウェン残党軍など最初から存在などしていない。
 オルドゥークは自らを囮にキョウレイを引き摺り出し、弓兵に己ごと射殺する指示を出していたからだ。
 残念ながらキョウレイの命を奪う事は叶わなかったが、自分もまた一命をとりとめた為すぐさま怪我をおして影で全軍の指揮をとっていたのである。

 偶然ではあるがオルドゥークは死んだものと思われた事が結果をプラスに働かせた。
 オルリア城軍はオルウェン達の為、今しばらくの時が稼げる状況になったのである。



~開拓村~

「やっと帰ってこれたなぁ。 皆さん、ここが開拓中の私達の村です」

 朋広は村の入り口で振り向きロシェ、リシェ、ショウゲンを改めて歓迎した。

「すみません。 私が乗り物が駄目な体質だったせいで帰還の予定を大幅に遅らせてしまいました」

 ショウゲンが恐縮している。 朋広に移住の話を持ちかけられた彼はその話を快諾したが乗り物(荷台)に身体がついていけず、結局老人の足の速度にあわせての旅になっていたからだ。

「いえいえ。 ショウゲンさんが村に居てくれれば色々教えて貰えるでしょうし助かります。 家の方はすぐに場所を選んで用意しますから」

 朋広は目を輝かせて村を見ている幼い兄妹を見て微笑み自分も懐かしい村へと視線を移す。

「......あれ? なんか風景変わってないか?」

 シロッコの一件を知らない朋広は怪訝に思う。

《そこの者達、動くな》

「!!?」

 全員が驚いて固まった。 いきなり頭の中に自分のものではない声が響いたからだ。

 そして戸惑う一行の前に一瞬で巨大な獣が姿を現す!

《この村はまだ人を選ぶ。 資格のない者は早々に立ち去られよ》

 皆その獣を見て呆然としている。 ロシェとリシェは今にも泣き出しそうだ。

《......驚いて声も出ないのも無理はないが......》

「ニース! うわー! どうしてこんなに大きく!?」

《!?》

 華音だ。 言うが早いか既に飛び付いてもふもふしている。 朋広もこくこくと首を縦に振っていた。

《その名を知っているという事はあなた方が。 そうなのですね、ニース》
《そうだよ母じゃ》

 母と呼ばれた巨大な獣の後からニースがちょこんと姿を現す。

「え? え?」

 朋広と華音は困惑して二頭を交互に見ている。

《お帰りご主人!》
「「ニ、ニースがしゃべったぁ!!」」

 他の者は頭の中に直接声が響く感覚に戸惑いを見せたが、華音はミストとこれを体験していたので

「すごいよニース! 念話が使えるようになったんだね!」

 と感激してニースを抱き締めた。 そこへ正和もやってくる。

「お帰り父さん。 探し物はみつかった?」

 華音はニースを抱き締めたまま硬直した。

「ダメだった。 だがヒントをくれそうな人物を村へお連れしたよ。 すまないがもう少し我慢していてくれ正和」
「仕方ないよ。 分かった」

 項垂れる朋広とニヤニヤしている正和。
 華音は朋広に肘鉄を見舞い正和にニースごと抱きついた。

「パパ何言ってるの! お兄ちゃんだよ! お兄ちゃーん!」
「華音は変わらず元気そうだね」
「......正和! 正和じゃないか! 目を覚ましてたのか!」
「心配かけてごめん父さん。 皆のおかげでね」
「そうかそうか。 このぉ!」

 親子は三人で泣きながら抱きしめあっている。

「占いの待ち人とは本人の事でしたか」
「良い結果でめでたい事です師匠」
「ははは、そうですね。 私も面子が保てました」
 
 頷くショウゲンと微笑むショウカがその様子を見守っていた。
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