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65話 シロッコ、村の者へのフォローを行い 朋広、ショウカの策で行動を起こす

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「くれぐれも! くれぐれも私がよろしく言っていたって事もお願いよ? 絶対だからね!」
「分かっていますよ姉さん、早速のご協力感謝しています。 しっかりと姉さんの功績も伝えておきますから。 では私は皆様を待たせていますので戻ります」
「この後すぐに行動するんでしょ? 貴方も気を付けておきなさいよ? 怪我なんかしたら承知しないから!」
「大丈夫ですよ。 その心配は無用かと。 顛末は報告しますから、そのまま見守っておいてください。 では」

 ショウカはペンティアムに礼を言い再び朋広達のいる宿屋へと足早に戻っていった。

「全く。 参ったわねぇ。 力の弱い者に寄り添って立ち向かう気概もある。 そりゃショウカがあれほどいれこむ訳だわ。 ......あんな大胆不敵な方法を献策する頭脳とそれを即実行する主、か。 正直羨ましいわ」

 ポツリと本音をもらしたペンティアムだが、同時に別の考えをしている事にも気付く。

「ふふ...... いけないいけない。 理想の主従を応援しなきゃと思っているのに、そんな強固な相手を打ち破る為にはどんな手が有効か考えてる私もいたわ。 こればかりはお師様の弟子としての性分ね」

 ショウカの見送りに出ていたペンティアムは最後に、ショウカ頑張りなさいよと誰もいなくなった光景に向かい呟いて家の中に戻った。


~開拓村~

「お主らは相変わらず食堂が戦場になっておるの」

 シロッコがふらりと食堂に現れる。

「! これはシロッコ様」
「ああ、そのままでよい。 大分苦しそうじゃしな」

 皆が立ち上がって姿勢を正そうとするのをシロッコが止め、亜人メンバーも座り直す。

「シロッコ様、様子を見にきたにゃりか?」
「うむ、それもあるがちとダランに頼みたい事があってじゃな」
「シロッコ様が儂に、いや私に? 一体どのようなご用件でしょう?」
「実は海でマダコを退治する事になっての。 三又の矛を作製してもらえんじゃろうかとな」
「退治、でございますか」
「いや、所詮タコじゃから漁みたいなものかのぅ。 銛でもかまわんじゃろうか」
「漁、でございますか」
「うーむ、まぁ儂が海で使用する武具と言えばいいのかのぅ?」
「! 神であるシロッコ様への武具! この私がですか!?」
「いや、やはりそんな大袈裟なものでは......」

 しかし本来鍛冶を生業とするドワーフ族特有のスイッチが入ってしまい、

「お任せください! その身に余る光栄なお役目、見事果たしてみせましょう!」

 と叫んで食堂を出ていってしまった。

「あーあ。 あれは興奮してにゃにもきいてにゃいにゃりね」

 ヒラリエが呆れる。 そこへ

「あらシロッコ様いらしてたんですか。 ちょうど良かったです」

 厨房から幸依とオワタが出てくる。

「おお、これは幸依さん。 お邪魔しておりますぞ。 ちょうど良かったとは儂に何か用でもありましたかな?」
「料理の中に少量で満腹感を満たす効果のものがありましたので、量が必要な飛竜ちゃん達にどうかと思いまして」
「それはありがたい。 是非試してみましょう」

 幸依は料理をシロッコに渡すとまた厨房に戻っていった。

「......オワタ、キエル、ルミナよ」

 シロッコは三人を近くに呼ぶ。

「幸依さんは随分無理をしておるようじゃ。 いくら儂の力を分けているとはいえ、全く休養を取らずとも平気という訳ではない。 自分を追い詰めすぎぬよう見守っておいてくれぬか。 もし何かあればすぐに治療を」
「「は、はい」」
「かしこまりました」
「ふむ、今はこんなところじゃろうか」

 腕組みをしてシロッコが現状で打てる手を考える。

「シ、シロッコ様ぁー」
「うん? なんじゃ?」

 シロッコが声のした方を向くとヒラリエが悲しげな顔をしていた。

「にゃんでアタイだけのけものにゃりかぁ。 アタイも幸依様を見守る事位できるにゃあ~」
「こ、こらヒラリエ」
「あ、いやルミナ構わぬ。 回復魔法と薬が扱える点からじゃったんじゃが、そうじゃの儂が悪かった。 ヒラリエも幸依さんに何かあれば儂かこの三人にすぐ報告するんじゃぞ? テリーにサトオルもな」
「! 任せて欲しいにゃり!」
「「か、かしこまりました」」

 ヒラリエの笑顔が魚人の姉妹に重なる。

「ほう、なるほどのぅ。 ふむ、ならば後は......」


~正和のいる部屋~

「もう少しだと思うのじゃ婿殿。 まだ与えるまでには至っておらぬのは事実じゃがな? 先日偶然に黒蟻の方の魔力を妾の方に移せた事があったのじゃ。 すぐに繋がりを解除したおかげで蟻は消滅せずにいつもと同じようにひっくり返って痙攣するだけですんだのぞよ? 足が八本になった蟻もおったりしたがな、それはきちんと戻しておいた。 ほほほ......」

 正和の反応は当然ながら何もない。

「......はぁ。 もう少しだとは思うのじゃ。 思うのじゃが...... その少しが遠い。 近付く方法を妾に教えてくれぬか、婿殿......」

 アリマは正和から目線を外さず触角だけぴくりと動かす。

「で、妾になんの用かや?」

 入り口にシロッコがいた。

「何、幸依さんといいお主といい随分と自分を追い込んでおるように見えるのでな。 気持ちは分かるが無理はいかん。 ほれ」
「妾は無理など...... ぬ、それは角砂糖」
「差し入れじゃ。 幸依さんに言ってわけてもらってきた」
「......」

 アリマは無言でシロッコからの差し入れを受けとる。
 
「飛竜らはこの村の食糧事情の状況と嗜好の条件が合っておらん。 じゃから散歩がてら海に出て、主に魚を食べさせておる。 量を食べるので大変じゃ」
「な、なんじゃいきなり」
「そういえばお主は随分と小食じゃと思ってな?」
「妾は本来神じゃから無理に食べる必要もないからの」

 正和を見つめたままアリマが言う。

「とぼけておるようじゃが...... お主も村の者とは嗜好が合っておらぬであろう?」
「!?」
「食べた振りをしながら極力食べておらんはずじゃ。 それを隠すなとは言わんが、その上での連日の無理は控えた方がよい。 いくら儂らが神とは言えど無茶をすればどこかにしわ寄せがくる。 その道理からは神でも逃れられんぞ。 きっとな」
「シロッコ。 そ、そなたこの事母上殿には......」

 アリマが動揺しながらシロッコを見る。

「お主の健気さに免じて言うてはおらんよ。 じゃが、壁というものは越えようとしても越えられんくせに全く関係なさそうなわずかなきっかけで越えられてしまう事もある。 焦らずにな」
「......覚えておこう」
「儂もこれで壁を越えられればいいんじゃがなぁ」
「ふん、お人好しの神め。 ......じゃが妾より広い視野で物事を見ていたという事は認めてやろうぞ」
「ほっほ。 周りと同じように振るまい、気を使って過ごしておる神にそう言われると悪い気はせぬの」
「! なんの事だかわからぬな。 妾は妾で好きにやっておるだけじゃ」
「それと。 そうじゃな、これも少し渡しておこう。 お裾分けと言うやつじゃ。 幸依さんには内緒じゃぞ?」

 シロッコは満腹感を満たす料理を少しアリマに手渡した。

 
~王都、ある建物の地下室~

「な、なんなんだお前達は!」
「ただの社会見学の一行ですよ」

 その男の問いに一向の代表が答える。 一行には代表の他に青年が一人、女の子が二人、幼い男女に猫までがいた。

「だ、だったら来るとこ間違えてるだろうがぁ!」

 ドゴン!!

「ひっ!」

 その男の顔を掠めるように代表と思われる男の拳が背後の壁を穿つ。 壁には大きな穴が開いた。

「それが貴方が子供達を利用して利益を貪っている犯罪者集団のボスなら間違いじゃないんですよね」

 ボスと呼ばれた男は狼狽しつつ部屋の床を見渡す。

「うう......」

 床には男の部下達が呻きながら転がっている。

(なんなんだ。 一体何が起きたらこうなるんだよ)

「間違いないよねー。 ここまでくる途中に子供達が閉じ込められてる部屋もあったし。 ......鎖で繋ぐとか最低だけど」

 華音だ。 入り口から朋広と二人で邪魔する者は問答無用でなぎ倒しながらここまで突き進んできた。 この二人以外のメンバーに部下達の攻撃の矛先が向いても、それを余裕で防ぎ返り討ちにしている。 一番前に朋広、最後尾が華音。 朋広の後に他のメンバーが続く構成になっており、二人以外のメンバーはまさに見学、ではなく見ているだけで何もする必要がなかった。 ちなみに朋広も華音もボスの部下達を叩きのめしてはいるが、大怪我させたり絶命させたりはしていない。 これは朋広と華音が他人の命を奪う行為を良しとしない(直接相手の命を奪う覚悟もない)心情を見抜いたショウカの進言による。 

「か、華音ちゃんとっても強かったんですね」
「俺様は予想してたがな。 親父の方も化け物だったが」

 驚くミストだけに聞こえるよう三号がぼそっと言う。 ロシェとリシェの兄妹は朋広が話し合いに行くと言うのをさんざん止めただけに、まさかこちらが一方的になる展開にはついていけない。 しかし自分達と同じ境遇の子供達がいるのは知っていたので、しっかりと朋広達の後に続いてボスの所までやってきた。 ボスと兄妹に面識はないのだが。

「おじさんすごく強かったんだ。 これならうまくいくかも」
「そ、そうだねお兄ちゃん」

 朋広達を遠巻きにして部下達が取り囲んでいる形になってはいるが、彼等は手が出せずに武器を構えて威嚇する事位しかできない。

「調子にのんぶげらっ!」

 部下の一人が叫んで一歩踏み出した途端、そのまま床に突っ伏した。

「くそっ一斉にかかぶげらっ!」

 複数人が同時に動けば動いた複数人が同時に床に転がった。 これはすべて朋広と華音が瞬時に行った事だが、その動きを捉えている者は皆無だ。 現状、この二人を制圧する事は、常人では不可能なレベルだと認識するのに時間はあまり必要なかった。 その証拠にボスも部下を無理にけしかけようとはせず、青い顔をして壁際に追い詰められたままだ。

「お、お、お前らこんな事をして無事に済むと思ってるのか? こっちにはあるお方が......」

 ボスが声を絞り出すように言う。 そしてショウカはこの言葉を待っていた。

「二人とも、怒気を抑えなさい。 少しだけ話を聞いてあげましょう」

 ショウカは朋広と華音に向けて静かに言う(突入前に打ち合せ済み)。 ボスや部下達はそれまでは朋広が一行の代表だと思っていたが、この一言によりショウカこそが一行の代表だと思い込ませる事に成功する。 また同時に周囲の部下達へ『これから話をする』のだとも思い込ませ、勝てる見込みのない戦闘状態に置かれている極限の緊張感を『戦闘が回避できるのではないか』という、『根拠のない安心感』へと変化させた。 すでに部下達の中には構えを解き、武器を降ろした者もいる。

「ああ、それと貴方が頼りにしている後ろ楯の人物はあてにはなりませんよ?」
「!?」
「むしろ犯罪者集団と繋がっている事が知れ渡る方がその人物にとってマイナスです。 そうなる位ならその前に『部下を率いて』あなた方を殲滅し、口封じを兼ねて自分の功績にする事でしょう」
「!!」

 ボスはこれだけでショウカがこちらの事を全て把握した上で今回の行動を起こしていると思い込む。 そして後ろ楯の人物がショウカの言った通りの行動を選択する事も容易に想像できた。

「お前ら武器を降ろせ」

 ボスが部下達に命じる。 この男も犯罪者集団の頂点に君臨している者だ。 集団の中で様々な権謀術数や手練手管を用いて組織を率いていたのだから決して無能ではなく、むしろ心理戦には長けていた。 男はショウカの物言いからショウカ達の立場を二つに絞る。

「お前ら...... 王直属の密偵か何かか?」
(!? お父様の下にそんな存在が? いえ、たとえお父様は関係なくてもそういう事をしている者が城内にいる?)

 ミストはボスの言葉で駄目な父王を見直せるかもしれないとわずかな期待を抱く。

「ははは、まさか。 ご存知でしょう? 王にはそのような存在はおりませんよ」
「まぁ...... そうだな(やはり色々知っているか)」

 その期待は二人の会話から見事に打ち砕かれた。 ボスの方もある程度の情報は持っている。 ショウカの言葉が裏打ちされたものかどうかを確認するのが狙いだったのだろう。 もちろん、もしもの可能性も考えてはいた。 だが違うとなるとこんな集団に殴り込みをかける存在などますます絞られてくる。

「って事はお前らは......」
「ええ、いわゆる『商売敵』です。 私達もここで同じことをやらせていただこうと思っていましてね」
「ちっ、やっぱりそうかよ」

 その瞬間再び周囲から殺気が溢れ一気に緊張感が高まる。 ロシェとリシェはショウカの一言に混乱した。 助けてくれると言ってくれた人達がまた同じ事をやらせるのかと。 だがそれはすぐに杞憂に終わった。 ショウカは右手を軽く掲げ周囲を制し、

「ですが、条件次第でここは貴方がたにお任せしても良いかと考えました」
「条件?」

 ボスの男も右手を軽く掲げ部下達を落ち着かせる。

「ええ、私達がその気になればここで貴方がたを全滅させるのは容易です」
「......そうだろうな」
「私を含め戦闘でこの二人に引けをとらない者はまだ居ます。 あくまで今回は挨拶のつもりでしたので死人は出していないでしょう?」

 その言葉で周囲がざわつく。 絶望感も混じっているが、朋広と華音に為す術のない現実を見せられた後ではショウカの台詞をでたらめだと切り捨てる事はできない。 わざわざ荷物になるような人間を敵の真っ只中に連れてきたりしないだろう。 きっと一緒にいる者達も。 そんな心理にとらわれる。 ......ボスは感付いた。 相手が力を見せつけた後に交渉を切り出した場合に出す条件を。 それは自分達も使用していた手段だからだ。

「条件とは 俺達が得た利益の一部をあんたらに納めろと言うんだな?」

 そう。 言わば力を見せつけ貢ぎ物を要求する圧力外交。

「ふふ、話が早くて助かります。 やはり自由に使える身体があってこその利益だと思うのですよね」
「......」

 ボスは無言で考える。 今のショウカの言葉は脅しだと分かるが、もし後ろ楯の人物がこの事を知ればこちらの味方をするどころか、手を組む相手を乗りかえてこちらを始末してくる可能性もある。 それよりは多少利益を取られても条件を飲み、その分ガキ達を酷使させれば痛くも痒くもない。

「......分かった。 その条件飲もうじゃないか」

 周囲には苦渋の決断に見える。 だが部下達から安堵の感情が見えるのも確かだ。 あからさまに手加減していたのにかなわなかった相手を本気にさせて戦わなくても済むのだから。 目撃者も多いし、これなら不満が出ても部下達の説得は容易いだろうとボスは考えた。 ボス自身は戦闘面で危機に陥った部分を交渉面で渡り合い、付け入る隙を見つけたつもりになっている。 『この決断すらショウカに誘導された』とは微塵も考えていない。

「交渉成立ですね。 ですがひとつ思い違いをしておられる様子。 私達の求めるものは利益の譲渡ではありません」
「な、なに?」

 最初から結果は用意されていた。  そしてそこへ自分達の身柄の保証を餌に誘導されていたのだ。 犯罪者集団のボスは条件の詳細を説明された際それに気付いたが時すでに遅く、調印の証として目の前で『地下室』の壁に『地盤』ごと『素手』で『華音』に開けられた『大穴』を前にして、異を唱えられる者は誰もいなかった。 完全にショウカの描いたシナリオ通りにはまったのである。 役者が違った。

 奴隷のように扱っている子供達の環境の改善。 当然利益を上げるために酷使などできない。 食事もちゃんとしたものをきちんと与え、病気になれば薬も与える。 鎖で繋ぎ床で寝させるなどもっての他。 しかしその為の費用はどこから捻出されるのか。

「簡単な事。 疑惑の目で見られたくないのなら、これ以降も後ろ楯になっている人物への貢ぎ物は減らせないでしょう。 ならば懐へ入れていた自分達の利益を減らせば良いだけです。 ボスも部下も一律に。 得をするのは子供達だけ。 心理戦とやらの相手は私ではなく、反発する組織の幹部や部下の方にしていただきますよ」

 命を失うよりましだと考えられるなら、皆が少し節制すれば良いのです。 と、追っ手のかからない帰り道でショウカは犯罪者集団と取り交わした内容を改めて朋広達に説明してくれる。

(怒りに任せて組織を潰してしまえば子供達が路頭に迷う。 全員の面倒までみれない今はこれでいいんだ)
(神族の奴等は道具を道具としか見なかったし、考え方も自分中心だった。 しかしこいつらは自分の得にならない他人の為にその労力を費やした。 興味深い。 もう少し観察してみるか)
(これが国の現状。 なのに私には何も出来ない...... 私にも出来ることを見つける。 その為の力も持たないと。 まずは清濁併せて使いこなせる器を)
(さて。 今後の事も見据えて手は打っておかねば。 朋広様やご家族の方は他人の命を奪う行為には忌避感があられるご様子。 姉さんの持つ情報は今後も必要になるでしょうね)

 結果を素直に喜んでいる華音、ロシェ、リシェ以外の胸中には今回の件で色々思う所があったようだ。 ちなみにサオールは宿屋で鳥さんと留守番をしていたが、これは亜人の存在を隠す為と、その間に地図を完成させる為、ショウカが指示したものだった。
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