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59話 ガーディ、襲撃者と相対し リッチマン、仲間と猟ができるようになる
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開拓村で皆が正和の治療の為に希望を見出だした頃、ガーディ達のいる砦は空が暗雲に覆われているのと同じように絶望に覆われようとしていた。
どさり。
降りしきる雨の中、遂にそれは起きる。 最初に倒れたのは門番の兵士。 彼は自分の身に何が起きたかも理解できずに地面に倒れる事になったのだ。
「猫の子一匹通しませんって」
ガーディ達にそう言っていた彼は猫の子どころか自分を倒した相手を目撃する事すらできなかった。 襲撃者は雨を気にする事もなく門の前に悠然と立っている。
「......」
襲撃者の表情は被っているフードのせいで分からないが、その者は倒れている兵士を一瞥し、無言で『倒れているもう一人』の兵士に視線を移す。 もう一人の兵士とは門番の兵士と交代するために門を開けて出てこようとした同僚。 もしもの時の為に備えて門を閉めていたとはいえ、襲撃予告がイタズラだと思っていた兵士に襲撃者の死角からの攻撃を見切れるはずもなく、その同僚も開けた門を閉める事も出来ずに地面を転がる事になった。 辺境の砦とはいえ訓練された兵士を二人、声もあげさせず瞬く間に倒したその襲撃者はなんの躊躇いもなく開いている門の中へと姿を消した。
~とある場所~
「いやぁ! 訓練の後のメシが旨い!」
「あっしは最近はこれが唯一の楽しみになってきたでヤンスよ。 訓練は勘弁して欲しいでヤンスが......」
「何か言ったかい?」
「! 何も言ってないでヤンス!」
「ささ、これは姉御達の分ですよ」
「すまないね、いただくよ」
「雨が降りだす前に終われて良かったですね」
自称、三鬼山賊団のリッチマン、イ・ベント、プレゼンターの三人とリンとエイメイだ。 エイメイはカソー村からよくこの四人の所に顔を出していた。 森に動物が姿を見せるようになったので、猟師のリッチマン達が獲物を求めて狩りができるようになり、リンは彼等に請われてしばらく用心棒として身を寄せていたのである。
エイメイは自分の恩人であるリンが近場にいるのは歓迎できる事であり、なおかつ武術の腕前も互角な相手なので鍛練目的と称して嬉々として足繁く通った。 通っているうちにリッチマン達とも意気投合。 現在では面倒だと言いながらもリンとエイメイで三人に武術の手ほどきをしていた。 オーシンの教えで鍛えられたリンと実戦的な技術で腕をあげたエイメイに(強制的に)教えられるとあって、最初は素人だった三人も確実に腕前を向上させている。
「しかしあれだけ探しても見かけなかった獲物達が姿を見せるようになるとは、あのなんとかっていう商人の言ってた通りになったなぁ。 見逃してやって正解だったか」
「なんとかじゃないでヤンスよ兄貴。 アズマドって商人でヤンス」
「おかげで食事はできるようになりましたが、まさか飛竜がいたせいだったとは。 襲われなかった私達は運が良かったのか悪かったのか」
三人組が言葉を交わす。 リッチマン達は都合三度山賊行為を働いていていたが、そのいずれも失敗に終わっていた。 一度目は逃亡中のリンに仕掛けて返り討ちにあいねぐらを奪われ、二度目はリンを探しにきたエイメイに仕掛けて返り討ちに。 三度目はリンとエイメイに猟でとれた獲物をご馳走しようと奔走するも獲物が全く見当たらず、街道を通っていた商人の馬車を襲った時。 この馬車に乗っていたのが雑貨商のアズマドだったのである。 山賊と聞いて震え上がるアズマドの反応に、これが正しい山賊への反応だと喜んだ三人だったがその行為は中々戻らない三人に嫌な予感を抱き様子を見にきたエイメイに止められた。
「アタシが止めなきゃあんた達は名前だけの山賊団から本物の山賊になっちまうところだったんだからね」
エイメイが肉にかぶり付きながら言う。
「へへへ、姉御達には感謝してまさぁ」
リッチマンが頭を掻きながら答える。 結果としてエイメイが仲介に入った事で、リッチマン達『猟師』と『雑貨商』アズマドの取引が成立する事になった。 森から動物がいなくなった話をきかされたアズマドが、その原因を飛竜のせいと推測した為だ。 飛竜はいなくなったので、しばらくすれば動物達はまた姿を見せるようになるのではないかとアズマドは言い、事実その通りになった。 エイメイの村の凶作と森から動物の姿が消えた事に関連性はなかったという事になる。
「あんた達が例え今後いうにやまれぬ状況になったとしても、アタシの描いたあの模様入りの馬車や荷車は襲うんじゃないよ?」
エイメイはアズマドから譲り受けたマジックを取り出して指先で器用にクルクルと回した。 争いを収めた際に、アズマドが(起きた出来事を木板に書き込む為に)使用していたこの道具を見て興味を持ち、礼がわりにと一本貰っていたのだ。 そこでエイメイはリッチマン達がよからぬ事をしないよう、アズマドの馬車やカソー村の荷車などに一目でわかる様に模様を書き安全に移動できるようにしたのである。 当然ながら効果があるのはリッチマン達のみではあるのだが。
「へへへ、分かってますよ。 黒豹が獲物をくわえてるやつですね」
「ふふん、アタシの渾身の一作さ。 自分で言うのもなんだけどわりと絵は得意だからね。 黒豹の感じが出てるだろ?」
得意気に語るエイメイの横で、リンは話を聞きながら黙々と食事をしつつ一人考えた。 リンは直接その場にはいなかったが事の顛末は教えられ、話に出ていた模様はエイメイが目の前で同じものを描いてくれたからだ。
(黒い親猫が子猫をくわえて運んでる絵じゃなかったのね......)
~砦~
「雨が止む気配がないな」
「そのようですね。 この様子では今日は一日中降り続けるかもしれません」
「そうだな。 王都に向かった彼等はこの雨もものとはしないのだろうか?」
ガーディがアンに問いかける。
「正直に申しまして、彼等の能力は私の常識からかけ離れすぎています。 私には彼等のとる行動は予想すらできません」
「......確かにそうだ。 それよりも今は自分達の事に集中しないといけないな。 どうにも胸騒ぎがおさまらない」
「隊長はあれをイタズラではないと? 妙に気にされているみたいですが」
「それが自分でもわからなくてなぁ。 多分先日までなら一笑に付していたと思うんだが、あんな事が色々あった後じゃ何が起きてもおかしくないのかな。 と」
ガーディはアンに肩をすくめながら言う。
「まぁ、この後食事でもしていつもとかわらない生活をすればきっと気にもしなくなるだろう。 アンも食堂に一緒に行くか?」
「そうですね。 ご一緒します」
「食事といえばまたあの旨かった料理を食べてみたいものだな。 おかげでここの食事が味気なく感じるよ」
「ふふふ、そうですね私もです」
ガーディがイスから立ち上がりアンを誘ったのでアンも承諾し執務室の扉に身体を向けた。 だが食堂に向かうと言ったガーディがアンの前に歩いてこない。 不思議に思ったアンが振りかえる。 ガーディは立ち上がった姿勢のまま固まっていた。
「隊長?」
「食事の時間......」
「え?」
「そうだ、食事の時間だ」
「? ええ、ですからこれから食堂に向かうのですよね?」
「......妙だ」
アンはガーディの意図がわからない。
「妙...... ですか?」
「ああ...... 砦内の食事の頃合いはいつもこんな感じだったか? 普段はもっと喧騒がきこえてくるはずだ」
「! そういえば今日は静か...... いえ、静かすぎます」
アンがすぐさま記憶を辿る。 今日の執務室前の警備は誰だったかを。
「アリスン! 執務室前は異常がないか! 報告しろ!」
アンが執務室の中から叫ぶ。 程なくして執務室の扉が開き、アリスンと呼ばれた兵士が隙間から顔だけを覗かせた。
「貴様、そのふざけた態度はなんだ! 異常はないのかあるのか!」
アンがアリスンの態度に立腹し声を荒げる。 だが当のアリスンという兵士はそれに反応する事なくそのまま執務室の床に倒れた。
「ア、アリスン!?」
どしゃりと崩れ落ちるアリスンを見てアンが硬直する。 アン自身も異常事態が起きていると察知したためだ。
「下がれアン!」
アンを庇うようにガーディが扉とアンの間に位置取る。 その目は扉を睨み付け、右手は剣の柄にかけていつでも抜けるように。 そしてアリスンを倒したであろう襲撃者が悠然とガーディ達の前に姿を現した。
(顔はフードと仮面でわからないが、ここまで侵入しておきながらこの落ち着きよう。 持っている剣は普通の剣のようだな)
ガーディは襲撃者を観察する。
「あんたが手紙をくれた本人かい? 貴重な紙を使う程我々に思い入れがあるようだが、良ければ理由を知りたいものだな」
ガーディは問いかけるが襲撃者は答えない。 武器は持ったまま構えずも、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
「隊長!」
「ちっ、どうやら話はできそうにないか?」
ガーディが剣を抜く。 アンも武器を抜いて構えた。
「援護の必要は任せるが、まずは俺が行く!」
「わ、わかりました」
(なんだろうな...... 嫌な予感ってものだけ当たるってのは分かっていたつもりだったが、まだ何か嫌な予感がするっていうのは)
ガーディはこの時、アンを逃がす必要性が出てくる事を薄々感じたのかもしれない。
「......心配するな。 部下にはすぐ会わせてやる。 ......すぐにな」
仮面の襲撃者が低い声で一言発した。
「き、貴様ぁっ!」
襲撃者の言葉で砦内の静けさの理由を悟ったガーディが激昂する。 アンも言葉の意味を理解し顔色が失せていた。
「守備隊長の力がどの程度のものか見せてもらおう。 何も出来なかった部下達より期待しているからな?」
「舐めるな! あの世で部下達に詫びさせてやるよ!」
ガーディと襲撃者の闘いの幕が切って落とされる。
~開拓村~
「あら? キエル、何してるのこんな所で」
茂みに身を隠すようにしているキエルを見つけたルミナが声をかけて近付く。
「ルミナ!? し! しーっ! それとしゃがんで! はやく!」
「え? え? 何よ一体。 どうしたの?」
キエルが口の前に人指し指を立てて慌てる。 その普段らしからぬ言動にルミナもしゃがみ小声で話す。
「あれを見て」
「あれは...... アリマ様じゃない。 それと......蟻? 何してるのかしら」
キエルの示す先ではアリマと黒蟻が一体、向き合ってなにやらやっているように見える。
「正和様を目覚めさせる相談をしているようなのです」
「へぇー...... って相談? 蟻に!? できるの!?」
ルミナは突っ込み所満載な現場に口をパクパクさせた。
「ええ、あのように人知れず頑張るお姿がいじらしいと言うか可憐と言うか。 あなたもそう思いませんかルミナ?」
「あー。 あなたもアリマ様に対して随分変わったわよねぇ。 最初は避けてた程だったのに」
茂みに隠れてまでアリマを見守るキエルにルミナが呆れるがキエルはきいていない。 風に乗ってきこえてくる蟻とのやりとりに集中しているようだ。
「で、じゃ。 魔力を妾が媒体になって循環させればよいのではないかと思ってな? こんな風に試して......」
アリマが蟻の前足を握っているその姿はまるで仲良く蟻と手を繋いでいるようにも見える。
「ああ、ここにサトオルかサオールが居ればこの光景を残せていたというのに!」
本気で悔しがるキエルにルミナが突っ込みをいれようとした時......
「ピギャア!」
甲高い鳥の様な声が周辺に響き渡った。
「え! 何々!?」
ルミナが慌てて声がきこえた方を見ると、蟻がひっくり返って痙攣している姿が確認できる。 どうやら今の声は蟻が発したものなのだろう。
「むむむ。 流す魔力の調整を間違えるとこうなるのかや。 中々難しいものよの。 これはキエル達で試さんで良かったかもしれぬな。 許すがよいぞ」
アリマは蟻に悪びれずに謝っている。 蟻は死んではいないようではあるが、ただ足をピクピクさせているだけだった。 アリマがなにやらブツブツと呟くと、地面から新たな黒蟻が一体現れる。
「よう来たの。 実はお主にやってもらいたい事があるのじゃが」
アリマは上機嫌で蟻に話かけているが、近くの茂みにキエルとルミナの姿はすでになかった。 顔面蒼白になったルミナが慌ててキエルを引っ張って逃げ出したが故に。 確かに蟻が蟻とは思えないような悲鳴(?)をあげるこんな実験台にはなりたくはないだろうから無理もないとは言える。 アリマが自分のアイディアのコツを掴むには、今しばらくの時間を要するようだ。
どさり。
降りしきる雨の中、遂にそれは起きる。 最初に倒れたのは門番の兵士。 彼は自分の身に何が起きたかも理解できずに地面に倒れる事になったのだ。
「猫の子一匹通しませんって」
ガーディ達にそう言っていた彼は猫の子どころか自分を倒した相手を目撃する事すらできなかった。 襲撃者は雨を気にする事もなく門の前に悠然と立っている。
「......」
襲撃者の表情は被っているフードのせいで分からないが、その者は倒れている兵士を一瞥し、無言で『倒れているもう一人』の兵士に視線を移す。 もう一人の兵士とは門番の兵士と交代するために門を開けて出てこようとした同僚。 もしもの時の為に備えて門を閉めていたとはいえ、襲撃予告がイタズラだと思っていた兵士に襲撃者の死角からの攻撃を見切れるはずもなく、その同僚も開けた門を閉める事も出来ずに地面を転がる事になった。 辺境の砦とはいえ訓練された兵士を二人、声もあげさせず瞬く間に倒したその襲撃者はなんの躊躇いもなく開いている門の中へと姿を消した。
~とある場所~
「いやぁ! 訓練の後のメシが旨い!」
「あっしは最近はこれが唯一の楽しみになってきたでヤンスよ。 訓練は勘弁して欲しいでヤンスが......」
「何か言ったかい?」
「! 何も言ってないでヤンス!」
「ささ、これは姉御達の分ですよ」
「すまないね、いただくよ」
「雨が降りだす前に終われて良かったですね」
自称、三鬼山賊団のリッチマン、イ・ベント、プレゼンターの三人とリンとエイメイだ。 エイメイはカソー村からよくこの四人の所に顔を出していた。 森に動物が姿を見せるようになったので、猟師のリッチマン達が獲物を求めて狩りができるようになり、リンは彼等に請われてしばらく用心棒として身を寄せていたのである。
エイメイは自分の恩人であるリンが近場にいるのは歓迎できる事であり、なおかつ武術の腕前も互角な相手なので鍛練目的と称して嬉々として足繁く通った。 通っているうちにリッチマン達とも意気投合。 現在では面倒だと言いながらもリンとエイメイで三人に武術の手ほどきをしていた。 オーシンの教えで鍛えられたリンと実戦的な技術で腕をあげたエイメイに(強制的に)教えられるとあって、最初は素人だった三人も確実に腕前を向上させている。
「しかしあれだけ探しても見かけなかった獲物達が姿を見せるようになるとは、あのなんとかっていう商人の言ってた通りになったなぁ。 見逃してやって正解だったか」
「なんとかじゃないでヤンスよ兄貴。 アズマドって商人でヤンス」
「おかげで食事はできるようになりましたが、まさか飛竜がいたせいだったとは。 襲われなかった私達は運が良かったのか悪かったのか」
三人組が言葉を交わす。 リッチマン達は都合三度山賊行為を働いていていたが、そのいずれも失敗に終わっていた。 一度目は逃亡中のリンに仕掛けて返り討ちにあいねぐらを奪われ、二度目はリンを探しにきたエイメイに仕掛けて返り討ちに。 三度目はリンとエイメイに猟でとれた獲物をご馳走しようと奔走するも獲物が全く見当たらず、街道を通っていた商人の馬車を襲った時。 この馬車に乗っていたのが雑貨商のアズマドだったのである。 山賊と聞いて震え上がるアズマドの反応に、これが正しい山賊への反応だと喜んだ三人だったがその行為は中々戻らない三人に嫌な予感を抱き様子を見にきたエイメイに止められた。
「アタシが止めなきゃあんた達は名前だけの山賊団から本物の山賊になっちまうところだったんだからね」
エイメイが肉にかぶり付きながら言う。
「へへへ、姉御達には感謝してまさぁ」
リッチマンが頭を掻きながら答える。 結果としてエイメイが仲介に入った事で、リッチマン達『猟師』と『雑貨商』アズマドの取引が成立する事になった。 森から動物がいなくなった話をきかされたアズマドが、その原因を飛竜のせいと推測した為だ。 飛竜はいなくなったので、しばらくすれば動物達はまた姿を見せるようになるのではないかとアズマドは言い、事実その通りになった。 エイメイの村の凶作と森から動物の姿が消えた事に関連性はなかったという事になる。
「あんた達が例え今後いうにやまれぬ状況になったとしても、アタシの描いたあの模様入りの馬車や荷車は襲うんじゃないよ?」
エイメイはアズマドから譲り受けたマジックを取り出して指先で器用にクルクルと回した。 争いを収めた際に、アズマドが(起きた出来事を木板に書き込む為に)使用していたこの道具を見て興味を持ち、礼がわりにと一本貰っていたのだ。 そこでエイメイはリッチマン達がよからぬ事をしないよう、アズマドの馬車やカソー村の荷車などに一目でわかる様に模様を書き安全に移動できるようにしたのである。 当然ながら効果があるのはリッチマン達のみではあるのだが。
「へへへ、分かってますよ。 黒豹が獲物をくわえてるやつですね」
「ふふん、アタシの渾身の一作さ。 自分で言うのもなんだけどわりと絵は得意だからね。 黒豹の感じが出てるだろ?」
得意気に語るエイメイの横で、リンは話を聞きながら黙々と食事をしつつ一人考えた。 リンは直接その場にはいなかったが事の顛末は教えられ、話に出ていた模様はエイメイが目の前で同じものを描いてくれたからだ。
(黒い親猫が子猫をくわえて運んでる絵じゃなかったのね......)
~砦~
「雨が止む気配がないな」
「そのようですね。 この様子では今日は一日中降り続けるかもしれません」
「そうだな。 王都に向かった彼等はこの雨もものとはしないのだろうか?」
ガーディがアンに問いかける。
「正直に申しまして、彼等の能力は私の常識からかけ離れすぎています。 私には彼等のとる行動は予想すらできません」
「......確かにそうだ。 それよりも今は自分達の事に集中しないといけないな。 どうにも胸騒ぎがおさまらない」
「隊長はあれをイタズラではないと? 妙に気にされているみたいですが」
「それが自分でもわからなくてなぁ。 多分先日までなら一笑に付していたと思うんだが、あんな事が色々あった後じゃ何が起きてもおかしくないのかな。 と」
ガーディはアンに肩をすくめながら言う。
「まぁ、この後食事でもしていつもとかわらない生活をすればきっと気にもしなくなるだろう。 アンも食堂に一緒に行くか?」
「そうですね。 ご一緒します」
「食事といえばまたあの旨かった料理を食べてみたいものだな。 おかげでここの食事が味気なく感じるよ」
「ふふふ、そうですね私もです」
ガーディがイスから立ち上がりアンを誘ったのでアンも承諾し執務室の扉に身体を向けた。 だが食堂に向かうと言ったガーディがアンの前に歩いてこない。 不思議に思ったアンが振りかえる。 ガーディは立ち上がった姿勢のまま固まっていた。
「隊長?」
「食事の時間......」
「え?」
「そうだ、食事の時間だ」
「? ええ、ですからこれから食堂に向かうのですよね?」
「......妙だ」
アンはガーディの意図がわからない。
「妙...... ですか?」
「ああ...... 砦内の食事の頃合いはいつもこんな感じだったか? 普段はもっと喧騒がきこえてくるはずだ」
「! そういえば今日は静か...... いえ、静かすぎます」
アンがすぐさま記憶を辿る。 今日の執務室前の警備は誰だったかを。
「アリスン! 執務室前は異常がないか! 報告しろ!」
アンが執務室の中から叫ぶ。 程なくして執務室の扉が開き、アリスンと呼ばれた兵士が隙間から顔だけを覗かせた。
「貴様、そのふざけた態度はなんだ! 異常はないのかあるのか!」
アンがアリスンの態度に立腹し声を荒げる。 だが当のアリスンという兵士はそれに反応する事なくそのまま執務室の床に倒れた。
「ア、アリスン!?」
どしゃりと崩れ落ちるアリスンを見てアンが硬直する。 アン自身も異常事態が起きていると察知したためだ。
「下がれアン!」
アンを庇うようにガーディが扉とアンの間に位置取る。 その目は扉を睨み付け、右手は剣の柄にかけていつでも抜けるように。 そしてアリスンを倒したであろう襲撃者が悠然とガーディ達の前に姿を現した。
(顔はフードと仮面でわからないが、ここまで侵入しておきながらこの落ち着きよう。 持っている剣は普通の剣のようだな)
ガーディは襲撃者を観察する。
「あんたが手紙をくれた本人かい? 貴重な紙を使う程我々に思い入れがあるようだが、良ければ理由を知りたいものだな」
ガーディは問いかけるが襲撃者は答えない。 武器は持ったまま構えずも、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
「隊長!」
「ちっ、どうやら話はできそうにないか?」
ガーディが剣を抜く。 アンも武器を抜いて構えた。
「援護の必要は任せるが、まずは俺が行く!」
「わ、わかりました」
(なんだろうな...... 嫌な予感ってものだけ当たるってのは分かっていたつもりだったが、まだ何か嫌な予感がするっていうのは)
ガーディはこの時、アンを逃がす必要性が出てくる事を薄々感じたのかもしれない。
「......心配するな。 部下にはすぐ会わせてやる。 ......すぐにな」
仮面の襲撃者が低い声で一言発した。
「き、貴様ぁっ!」
襲撃者の言葉で砦内の静けさの理由を悟ったガーディが激昂する。 アンも言葉の意味を理解し顔色が失せていた。
「守備隊長の力がどの程度のものか見せてもらおう。 何も出来なかった部下達より期待しているからな?」
「舐めるな! あの世で部下達に詫びさせてやるよ!」
ガーディと襲撃者の闘いの幕が切って落とされる。
~開拓村~
「あら? キエル、何してるのこんな所で」
茂みに身を隠すようにしているキエルを見つけたルミナが声をかけて近付く。
「ルミナ!? し! しーっ! それとしゃがんで! はやく!」
「え? え? 何よ一体。 どうしたの?」
キエルが口の前に人指し指を立てて慌てる。 その普段らしからぬ言動にルミナもしゃがみ小声で話す。
「あれを見て」
「あれは...... アリマ様じゃない。 それと......蟻? 何してるのかしら」
キエルの示す先ではアリマと黒蟻が一体、向き合ってなにやらやっているように見える。
「正和様を目覚めさせる相談をしているようなのです」
「へぇー...... って相談? 蟻に!? できるの!?」
ルミナは突っ込み所満載な現場に口をパクパクさせた。
「ええ、あのように人知れず頑張るお姿がいじらしいと言うか可憐と言うか。 あなたもそう思いませんかルミナ?」
「あー。 あなたもアリマ様に対して随分変わったわよねぇ。 最初は避けてた程だったのに」
茂みに隠れてまでアリマを見守るキエルにルミナが呆れるがキエルはきいていない。 風に乗ってきこえてくる蟻とのやりとりに集中しているようだ。
「で、じゃ。 魔力を妾が媒体になって循環させればよいのではないかと思ってな? こんな風に試して......」
アリマが蟻の前足を握っているその姿はまるで仲良く蟻と手を繋いでいるようにも見える。
「ああ、ここにサトオルかサオールが居ればこの光景を残せていたというのに!」
本気で悔しがるキエルにルミナが突っ込みをいれようとした時......
「ピギャア!」
甲高い鳥の様な声が周辺に響き渡った。
「え! 何々!?」
ルミナが慌てて声がきこえた方を見ると、蟻がひっくり返って痙攣している姿が確認できる。 どうやら今の声は蟻が発したものなのだろう。
「むむむ。 流す魔力の調整を間違えるとこうなるのかや。 中々難しいものよの。 これはキエル達で試さんで良かったかもしれぬな。 許すがよいぞ」
アリマは蟻に悪びれずに謝っている。 蟻は死んではいないようではあるが、ただ足をピクピクさせているだけだった。 アリマがなにやらブツブツと呟くと、地面から新たな黒蟻が一体現れる。
「よう来たの。 実はお主にやってもらいたい事があるのじゃが」
アリマは上機嫌で蟻に話かけているが、近くの茂みにキエルとルミナの姿はすでになかった。 顔面蒼白になったルミナが慌ててキエルを引っ張って逃げ出したが故に。 確かに蟻が蟻とは思えないような悲鳴(?)をあげるこんな実験台にはなりたくはないだろうから無理もないとは言える。 アリマが自分のアイディアのコツを掴むには、今しばらくの時間を要するようだ。
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