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プロローグ
撮影風景
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「はい、スタート!」
かなり激しい横殴りの雨の中、合図の声が掛った。
公園の芝生の上を女性が傘を差して歩きだす。彼女の前方に一台、後方に一台、そして彼女を挟むように左右に、さらに足元と全身を写すように各二台ずつ、計六台の撮影用のカメラが囲む。そして、照明係がその女性とカメラの動きに合わせるように同時に移動する。
モデルとカメラ係や照明係を取り巻くように、多くのスタッフが雨に打たれながら各自の任務を全うしている。
そこにいる全員が同じスカイ・ブルーのスタッフ・ジャンバーを身に着け、その上に半透明の雨合羽を羽織っている。撮影隊の一行である。
「OK! 一旦、止まって!」
女性が五メートルほど歩き続けたところで、監督らしき人物から、再度指示が出された。女性モデルは数秒そのままの姿勢で止まったままでいる。
「はい、もう一度歩いて……、はい、止まって」
女性は細かい指示通りに動く。
「はい、じゃあ今度は、回れ右して、反対方向へ小走りでいこ!」
やはり女性は指示通り動く。すでに足元は水浸しになっている。
「しかし、すっげー雨だな……。なにもこんな日に撮影しなくてもいいのによ……」
撮影隊一行から若干距離を置き、小脇の建物の陰で、二人の男性スタッフが傘を差して撮影の様子を眺めている。年配の男、小杉が愚痴をこぼした。
「しょうがないっすよ。激しい雨の日にしかできないこともありますから」
何やらスマホを操作しながら、小杉の愚痴を付き合っている若いスタッフ、神谷。
小杉はうんざりした表情で撮影現場から、神谷の方へ目線を変えた。
神谷はスマホの画面を凝視している。
「おい、いつまでスマホいじってんだよ!」
「はい」
神谷は小杉からの注意でスマホから目を離した。
やはり二人ともスカイ・ブルーのスタッフ・ジャンパーの上に半透明の雨合羽を羽織っている。
「しかしよ、これじゃ、モデルさんもかわいそうだろ。雨の日が撮りたいなら、晴れの日にホースで水撒けばいいんじゃねえか? わざわざこんな状況でやらなくてもよ……」
「それじゃ、どちらしにても、モデルさんは濡れますよ」
「あっ、そっか。まあ、そりゃ、そうだな」
小杉は、自分が頓珍漢なことを口走っていることに気づいてか、それ以上何も口にしなかった。
※
「はい、オーケー! ごくろうさま!」
撮影が一旦終わったようだ。女性スタッフの一人が、急いでモデルの女性にロング・タオルを掛け、傘で雨を防いだ。
「おっ! 終わったか?」
小杉がホッとしたように叫んだ。
しかし、小杉の思惑は外れた。拡散マイクでスタッフ全員に、次の指示が出されたのだ。
『今度は、アスファルトの上での撮影に入ります。スタッフは全員正面玄関前に集合しなおして下さい』
その指示でスタッフ全員が機材の移動を始めだした。
「えっ? マジかよ。普通、逆だろう? あの監督、バカじゃねぇか?」
小杉は小声で愚痴を再開したが、他のスタッフ同様、言われたまま正面玄関に向かって歩き出した。
「どうしてっすか?」
神谷も小杉の歩調に合わせ歩き出し、そして先輩の愚痴に問いかけた。
「普通は先に足場のいいところで撮影して、後で足場の悪いところで撮るもんだろ」
「なんか、監督さんに意図があるんじゃないですか?」
「いやー、意図なんかねえよ。ありゃ、絶対その場の思い付きだって……」
自分よりも幾つか若い監督に対して、彼は苦虫を噛んだような顔で続ける。相変わらず雨は激しく降り続けている。
「もう終わってくれよ。大体、俺たち外の撮影部隊に関係ないだろ?」
「まあ、確かに、そうっすね」
神谷は、小杉の機嫌を取るように言った。しかし、小杉の愚痴は止まらない。
「見てみろ、この雨合羽! 何の役にも立ってないぜ。中のスタッフ・ジャンパーなんかベチャベチャだぞ」
そう言って、左手で右腕の水を払ってみせた。確かに、横殴りの雨のせいで、体中がびしょ濡れだった。おまけに安出の雨合羽のためか、湿気が中まで浸透してきている。
「ジャンパー、月曜日までに乾くかな?」
「どうですっかね?」
「オレ、乾かなかったら、着てくるジャンパーないぞ。普通のTシャツで来たら、ヤバいかな?」
「そうっすね。一応、ユニホームですから……」
二人は、足取りが重いまま、撮影隊の後ろをついて歩いた。
「おぉ、ところで、今夜飲みにいかないか?」
小杉は就業後も愚痴の続きをしたかったのか、神谷を飲みに誘った。
「すんません。週末はカノジョが家に来るんすよ」
「なんだよ! 先輩の誘いより、カノジョかよ!」
「いやぁ、週末ぐらいしか会う機会がないですから……、それに……」
「それに? 何だよ?」
「バグを探さなきゃいけませんし……」
一瞬小杉はキョトンとして、神谷を見直した。
「お前、マジメだな……」
雨が止む気配はない。
かなり激しい横殴りの雨の中、合図の声が掛った。
公園の芝生の上を女性が傘を差して歩きだす。彼女の前方に一台、後方に一台、そして彼女を挟むように左右に、さらに足元と全身を写すように各二台ずつ、計六台の撮影用のカメラが囲む。そして、照明係がその女性とカメラの動きに合わせるように同時に移動する。
モデルとカメラ係や照明係を取り巻くように、多くのスタッフが雨に打たれながら各自の任務を全うしている。
そこにいる全員が同じスカイ・ブルーのスタッフ・ジャンバーを身に着け、その上に半透明の雨合羽を羽織っている。撮影隊の一行である。
「OK! 一旦、止まって!」
女性が五メートルほど歩き続けたところで、監督らしき人物から、再度指示が出された。女性モデルは数秒そのままの姿勢で止まったままでいる。
「はい、もう一度歩いて……、はい、止まって」
女性は細かい指示通りに動く。
「はい、じゃあ今度は、回れ右して、反対方向へ小走りでいこ!」
やはり女性は指示通り動く。すでに足元は水浸しになっている。
「しかし、すっげー雨だな……。なにもこんな日に撮影しなくてもいいのによ……」
撮影隊一行から若干距離を置き、小脇の建物の陰で、二人の男性スタッフが傘を差して撮影の様子を眺めている。年配の男、小杉が愚痴をこぼした。
「しょうがないっすよ。激しい雨の日にしかできないこともありますから」
何やらスマホを操作しながら、小杉の愚痴を付き合っている若いスタッフ、神谷。
小杉はうんざりした表情で撮影現場から、神谷の方へ目線を変えた。
神谷はスマホの画面を凝視している。
「おい、いつまでスマホいじってんだよ!」
「はい」
神谷は小杉からの注意でスマホから目を離した。
やはり二人ともスカイ・ブルーのスタッフ・ジャンパーの上に半透明の雨合羽を羽織っている。
「しかしよ、これじゃ、モデルさんもかわいそうだろ。雨の日が撮りたいなら、晴れの日にホースで水撒けばいいんじゃねえか? わざわざこんな状況でやらなくてもよ……」
「それじゃ、どちらしにても、モデルさんは濡れますよ」
「あっ、そっか。まあ、そりゃ、そうだな」
小杉は、自分が頓珍漢なことを口走っていることに気づいてか、それ以上何も口にしなかった。
※
「はい、オーケー! ごくろうさま!」
撮影が一旦終わったようだ。女性スタッフの一人が、急いでモデルの女性にロング・タオルを掛け、傘で雨を防いだ。
「おっ! 終わったか?」
小杉がホッとしたように叫んだ。
しかし、小杉の思惑は外れた。拡散マイクでスタッフ全員に、次の指示が出されたのだ。
『今度は、アスファルトの上での撮影に入ります。スタッフは全員正面玄関前に集合しなおして下さい』
その指示でスタッフ全員が機材の移動を始めだした。
「えっ? マジかよ。普通、逆だろう? あの監督、バカじゃねぇか?」
小杉は小声で愚痴を再開したが、他のスタッフ同様、言われたまま正面玄関に向かって歩き出した。
「どうしてっすか?」
神谷も小杉の歩調に合わせ歩き出し、そして先輩の愚痴に問いかけた。
「普通は先に足場のいいところで撮影して、後で足場の悪いところで撮るもんだろ」
「なんか、監督さんに意図があるんじゃないですか?」
「いやー、意図なんかねえよ。ありゃ、絶対その場の思い付きだって……」
自分よりも幾つか若い監督に対して、彼は苦虫を噛んだような顔で続ける。相変わらず雨は激しく降り続けている。
「もう終わってくれよ。大体、俺たち外の撮影部隊に関係ないだろ?」
「まあ、確かに、そうっすね」
神谷は、小杉の機嫌を取るように言った。しかし、小杉の愚痴は止まらない。
「見てみろ、この雨合羽! 何の役にも立ってないぜ。中のスタッフ・ジャンパーなんかベチャベチャだぞ」
そう言って、左手で右腕の水を払ってみせた。確かに、横殴りの雨のせいで、体中がびしょ濡れだった。おまけに安出の雨合羽のためか、湿気が中まで浸透してきている。
「ジャンパー、月曜日までに乾くかな?」
「どうですっかね?」
「オレ、乾かなかったら、着てくるジャンパーないぞ。普通のTシャツで来たら、ヤバいかな?」
「そうっすね。一応、ユニホームですから……」
二人は、足取りが重いまま、撮影隊の後ろをついて歩いた。
「おぉ、ところで、今夜飲みにいかないか?」
小杉は就業後も愚痴の続きをしたかったのか、神谷を飲みに誘った。
「すんません。週末はカノジョが家に来るんすよ」
「なんだよ! 先輩の誘いより、カノジョかよ!」
「いやぁ、週末ぐらいしか会う機会がないですから……、それに……」
「それに? 何だよ?」
「バグを探さなきゃいけませんし……」
一瞬小杉はキョトンとして、神谷を見直した。
「お前、マジメだな……」
雨が止む気配はない。
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