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住人の食事嗜好
しおりを挟む魔力は元々人間の中に存在し、魔力量も人それぞれだ。
魔力を外に自在に出せる者は魔術師などに向いており、魔力を体内に秘め身体強化に変換されやすい者は騎士などに向いていると言われている。
魔力量が多ければ多いほど出来ることが多くなる。
そして何故かは不明だが魔力量によって顔の造形も比例している。
つまりガダンの住処に居る元魔術師達は全員魔力量が多く、皆揃って顔がすこぶる良い。ガダンも言わずもがなである。ユフィーラは魔術師ではなく薬師であるが、比較的魔力量が多いらしく美しいというよりも可愛らしいといった容貌だ。
過ごすうちに顔は見慣れてくるものだが、それぞれ個性も癖も強い曲者揃いなので、ガダンは日々楽しく暮らしている。
この屋敷には雇い主のテオルドの旦那と伴侶のユフィーラ、そして使用人がガダン含めて七人、計九人が住んでいる。
あとに来た四人もガダンやパミラと同じく「やれることをやれ」とテオルドに言われた経緯であるが、ジェスに関してはテオルドに傾倒しており屋敷に突撃してきた。
個々自分ができることをし始め、食事に関しては、始めは主人のテオルドと使用人の料理の内容を分けていたのだが、「皆同じにしろ。元は同僚なのに自分だけ違うのは食べ辛い」と言われ、同じ食事内容になった。食べる場所に関しても「面倒な気遣いは不要だ。同じにしろ」と言われたので、テオルドと時間が重なる時は一緒に食べることとなった。
そして今ではユフィーラが中心となって食卓を囲むことが増え、それがいつのまにかユフィーラが不在の時でも時間が合えば共に食事をするのが日常となっている。
そうして暮らしながら暫く経つとそれなりに皆の人となりが見えてくるものだ。
その日の朝は珍しく全員がほぼ同じ時間に降りてきて、ガダンは保存魔術を使わなくて済んだ。
保存すれば出来立ての状態を保てるが、気持ち的に本当の出来立てを食べてくれるほうが嬉しいからだ。
今朝の朝食は食べやすく薄く切ったパストラミビーフと、同様に薄めにスライスしたミモレトットチーズはスクランブルエッグに添えて熱を通し柔らかくしておく。ベーコンにフルーツトマトとサラダ、オニオングラタンスープにパンはミルクパンとクロワッサン、くるみパンから。数種類の果実水。
紅茶と珈琲はメイドとして働いているアビーの仕事だ。
全員が揃った時の食事ではそれぞれの拘りの食べ方を観察するのがガダンの密かな楽しみとなっている。
「今日買い出しに行くけど、何か欲しいものある人いる?」
そう言いながらスクランブルエッグに少し溶け始めたミモレットチーズを乗せて食べている雑用全般を担うパミラが声をかける。
灰色の髪をひっつめ髪にしているパミラは、無類の酒好きで彼女が所持している希少な酒の数は未知数だ。少しばかり肉付きの良い体型は食事の量を考えると間違いなく酒によるものだろう。彼女は好物をまず始めに一口食べてから他を食べ始める。全体を満遍なく食べて、最後に必ず好物の一口をとっておくのだ。
「私は特にない」
そう言いながら、パストラミビーフを広げサラダを入れて包んで食べるのは、家令のジェス。
主にテオルドの周りのことを中心に執り行う彼は、黒く長い髪を後ろに結って、シュッとすまし顔の表情には冷淡さが滲み出ているが、意外に熱い男である。何しろテオルドに心酔して貴族の嫡男という身分を蹴り、この屋敷に押し掛けてきた変わり者なのだ。彼を動かしたい時は旦那の名前を出すことが必須となる。
生野菜があまり得意ではないジェスは、それをガダンに申し出ることを、どうしてもプライドが許さないらしく、ハムに巻いて共に摂取するという技を駆使している。好物の物が出た時は一口も口をつけず、必ず最後に食べる習性を持つ。
「あ。馬用の枯草の質が良かったら頼んでおいて欲しいな。連絡魔術でもできるんだけど、なるべく直接見たいんだよな。パミラなら安心して頼める」
そう言いながら四つめのパンに手を伸ばすのはダンだ。
元羊飼いの彼は動物全般が大好きで、ガダン達の馬の世話を一手に担ってくれている。彼は体内にも魔力を溜め込む能力が高いので、力仕事も彼の仕事だ。魔術師と思えない良い筋肉の付き方をしているダンはどちらかと言うと騎士タイプの体型だが、剣を持つことに抵抗があるらしい。食事に関しても苦手なものはなく何でもよく食べる。甘いものが好きで、でかい図体で綺麗な皿に盛り付けたデザートを小さなデザートフォークでつつく姿は何だか微笑ましい。
「私も一緒に行こうかなー。もうすぐ化粧品が無くなりそうなのよ」
一通り全員の飲み物を配り終え、自分の食事を始めたメイドのアビーが呟く。ここに訪れる客は滅多にいないが、来客時の対応や屋敷全体のパミラが担わない雑用を引き受けている。
赤茶色の髪を頭頂部で結っていることもあり、少しキツめに見える美人だ。化粧品にも拘りがあるらしく、日々無頓着なパミラに勧めては撃沈し、そもそも化粧品の知識が皆無なユフィーラには化粧人形よろしく楽しんでいたりする。だがそれは屋敷内だけで外では厳禁だとテオルドから厳しく言われていた。
彼女は美容を保つ為だと野菜を中心に多めに食べるが、他の食材もしっかりと摂っている。
「ガダン、このパンまだある?」
くるみの入ったパンを掲げて所望してくるのは、屋敷周辺の庭園を整えている庭師のブラインだ。ガダンも幾つか料理に使う果物やハーブなどを植えているが、殆どがブラインに任せきりとなっている。ブラインに任せれば良い仕上がりになるのは確定だからだ。
深緑の少し長めの髪に整った容姿。無表情で更に無口。そして口は些か悪い、というよりは思ったことをそのまま口に出すという方が正しい。ここに来た当初はとても偏食家だったブラインだが、皆で食卓を囲む数が増えたり、元々が食わず嫌いでユフィーラが美味しそうに食べているのを見て、実は全然食べられたということも多く、食べれる種類も口数もいつのまにか増えていた。
「あるよー」
「ブラインは相変わらず好きなものを集中して食べますね。もし古書店の側を通ることがあれば、魔術関連の書物の複合系のものを見かけたら連絡魔術を飛ばしてください」
全体を満遍なく食べ、流れるような綺麗な所作でナフキンを口元にあてているランドルンが銀縁眼鏡の奥から見えるグレーの瞳を細めて微笑む。
シルバーブロンドの長い髪を横に結んで垂らしている姿は魔術師というよりもどこぞの教団を統べる秀麗な教祖のようだ。そんなランドルンは好物を味わって食べる癖があり、本日で言えば好物のオニオングラタンスープを殊の外ゆっくりと口に含み堪能している。
我が主の旦那ことテオルドは、皆の話を耳に入れながらも黙々と食べている。基本会話に参加することはなく、唯一参加する時はユフィーラが側に居る時に限る。
テオルドは圧倒的な魔力量と類まれなる能力で孤児から成り上がった。現在は団長となったリカルドに発掘された彼は本来爵位も権力にも全く興味がない。藍色のさらっとした髪と漆黒の瞳はまるで精巧に作られた人形のようだが、ユフィーラのおかげで今では表情が豊かになった。
そんなテオルドがパストラミビーフを何等分かにわけて食べる癖は健在である。好きなものは少しずつ食べたいという嗜好である。
そして。
「パミラさん、今日のシーツは何の香りになるか楽しみです!そしてガダンさん、スクランブルエッグのふわとろ感が絶妙です!更にはこのミルクパンはしっかり焼きめがついているのに中はふわっふわでほんのり甘くて絶品です!」
皆に多大な影響を与えた人物がユフィーラだった。
溶け始めたミモレットチーズをスクランブルエッグを程よく合わせて口に入れて美味しそうに唸っており、その後半分に割ったミルクパンを美味しそうにもぐもぐしながら食べている。
いつも目をきらきらさせながら、令嬢が啄むように小さく口を開けるという選択肢は皆無で、まるで雛鳥のようにぱくりと食べる姿はどうにも可愛いのだ。そして何がどう美味しいのかを全身で伝えてくるユフィーラを見ると、料理人冥利に尽きるというものだ。
現状でのガダン調べだ。
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