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あばよ少しは自分で自分の仕事しろ

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「では王太子殿下。ご要望はこれらの書類を引き続き我々、そして第一王子殿下が確認せよ、でよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。さっきからそう言ってるだろ」
「では一つだけ条件がございます。これまでは王太子殿下に代わって第一王子殿下が確認していても王太子殿下が署名なさっていましたよね?」
「それがどうした?」
「王国の事情は把握しておりませんが、隣の神聖帝国では公文書を記録、保存する決まりとなっています。そのため一切の虚偽は認められておりません。関わった者は本人のみならず一族もろとも縁座で処罰されるほどの重い罪だったかと。いかに王太子殿下のご命令とは言え、第一王子殿下がこのまま王太子殿下の代わりを務めるのは非常に危険です」
「そ、そうだな……」

 王太子はわたしの主張を半分も理解できているかも怪しい相槌しか打ってこなかった。どうやら相談できそうな頭脳担当の側近を連れてこなかったようだな。だからって出直しを許すつもりは微塵も無えけどな。

「よって、第一王子殿下がご確認なさった公文書は第一王子殿下の名のもとに施行される、と致します。よろしいですね?」
「はあ!? ちょっと待ってよ、イストバーンの名前で!?」

 さすがのクソガキもことの重大さが飲み込めたようで、驚愕の声を上げてきた。とてもうるさい。おかげで執務室内の文官達がちっとも仕事できねえじゃねえか。

 だがまあ、そうしたくなるのも分からなくはない。何せ、公文書に王太子としてイストバーン様の名が残ることを許せ、って言ってるんだからな。
 それはつまり、自分は無能だから仕事を肩代わりしてもらっている、と公言しているようなものだろ。

「冗談じゃない!」
「本気で申し上げております。それでも第一王子殿下に負担を強いるようでしたら、こちらにも考えがございます」
「覚悟……いや、まさか――」
「はい。国王陛下にご報告させていただきますので、あしからず」

 国王が王太子をえこひいきしてるって可能性は一旦考えないものとしよう。
 内心でほくそ笑みながらどうする、どうする、と相手を囃し立てる。

 王太子は悔しそうに歯ぎしりしながら握った拳を震わせてきた。元いた町のやんちゃした子供っぽくて少し笑っちまった。

「お、覚えてろよ!」

 何だか小悪党みたいな捨て台詞を吐いて王太子殿下は去っていった。慌てた様子で取り巻きが後を追う。その前にイストバーン様の前に放り投げた朱書き書類を忘れずに持たせてやったら何か親の仇と相対したみたいな目で見られた。

「いやあ、まるで嵐のようだったな。これまであんなお子様のお守りしてたのか? 本当に苦労したんだな」
「さすがと言いますか、流れるような悪女っぷりでしたね。前回の人生は否定なさったんじゃなかったんですか?」
「生き様はな。前回で培った技能は有り難く有効活用しなきゃもったいねえだろ」
「うわあ。いいとこ取りするんですか。さすがですねえ」

 馬鹿の相手に疲れたあたしは椅子にどっともたれかかった。マティルデがからかってくるけれど知るもんか。とりあえず持参してきた容器に入れた水を飲んで、と。
 ん? どうもイストバーン様達がこっちに注目してくるんだが?

「あたしの顔に何か付いてるか?」
「いや、そうじゃない。まさかヤーノシュまで退散させると、って感心してた」
「ヤーノシュ……? ああ、あの馬鹿王子?」
「馬鹿って言うなって。アレでもうちの王太子なんだから」
「血統主義ってのも大変だねえ」
「ともあれヤーノシュから回される王太子案件はかなり参ってたんだ。それがはけただけでも凄く助かった。ありがとうな」
「例には及ば……いや。どういたしまして、だな」

 感謝は素直に受け取っておいた。予想以上に照れくさかった。
 他にもヨーゼフ様方からも感謝の言葉を頂いた。むず痒かった。
 しまいにはマティルデから「よかったですねえ」とからかわれた。後で叩く。

「ああ、それよりイストバーン様。一つお願いがあるんだけど」
「何だ? 仕事をさばいてくれたんだ。よほどじゃなかったら聞くぞ」
「あの馬鹿王子さ、こっちに仕事押し付けられたって騒ぐと思うんだわ。となると、次に仕事が増えた分こっちから人材寄こせ、とか言ってきかねないだろ」
「あー。確かに」
「だからそう言い出される前にちょっと言っておいてほしいんだ。「まさか王太子殿下ともあろうお方が第一王子配下の文官の力を借りたい、なんて思わないですよね?」的に」

 それよりあの王太子に誰かが小賢しくも妙な入れ知恵してこっちが被害受けないようにしておかないとな。ちょっと向こうを煽ってやれば乗ってくるだろうから楽勝だけど。
 ……何か、イストバーン様達から向けられる眼差しが変にむず痒かった。

 そんなわけで無事イストバーン様と配下の文官が今まで四苦八苦してた執務の量は大幅に減りましたとさ。代わりに暫くの間関係部署はこれまでサボってた分のツケを払ってるらしく、かなり遅くまで労働してたっぽい。ざまあ。
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