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第四章 熾天魔王編

戦鎚聖騎士、最後の審判に挑む

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 アズラーイーラが崩れ落ちて倒れ込んだ。さすがに頭を粉砕どころか頭蓋骨を叩き割ることも出来なかったが、戦鎚は確実に彼女の頭部を強打している。皮膚が裂けたのか流血で床が赤く染まっていく。

 勝ったのか? いや、まだ油断は禁物だ。天使は見てくれこそ人間に似通っているけれど実は中身は別物でも不思議じゃないぞ。用心に越したことはないからこのままもう一撃だけ食らわせてしまうか。

 そう思ったのも束の間。アズラーイーラの全身が淡く輝き始める。そして俺達が与えた負傷が輝きに包まれると徐々に癒えていくではないか。ミカエラがセイクリッドエッジを撃ち込んだ時には既にセイントフィールドで防御するほどに回復していた。

「蘇生の奇跡リザレクションですか。往生際が悪いですね」
「……いえ、まさかこれを使わされることになるとは思ってもいませんでしたよ」
「しかしリザレクションの効果は一度きり。もう後がありませんね」
「そのとおりです。ええ、とうとう追い詰められちゃいましたね」

 アズラーイーラはゆったりとした動作で身体を起こし、再び俺達の前に立ちはだかる。しかし光輪を失った今の彼女からは迫力や畏怖どころか存在感すらあまり感じられない。よほど先程の連続攻撃で消耗してしまったのだろうか。

 ともあれ俺達の方が有利に勝負を進めているのは事実。このまま油断せず堅実に攻めれば勝てる。
 改めて気を引き締め直した俺とミカエラはそれぞれの武器を構えた。

 一方のアズラーイーラ。力を抜いたまま微動だにしない。油断させるためにあえて隙を見せているのかとも疑ったが、どうも素で戦闘態勢に戻っていないようだ。しかし得体のしれない予感が頭によぎってしまい、無防備に突撃するのは躊躇する。

「次の攻撃でおしまいにしましょう。さて、聖女ミカエラと聖騎士ニッコロに克服出来るでしょうかね?」

 アズラーイーラはおぼつかない足取りでこちらへと歩み寄ってくる。ミカエラが容赦なく光の刃を浴びせかけるも全て聖なる障壁に阻まれて彼女まで届かない。俺もまた間合いに入ってきた敵に戦鎚を振り下ろすも、彼女はいとも容易く手で払い除けて俺の懐に潜り込んできた。

「ラストジャッジメント」

 そしてもう片方の手を俺の額にあてた。
 途端、意識が暗転した。

 □□□

「……――さん! ……――さんってば! 起きてください!」
「ん……? あれ?」

 目を覚ませば俺はミカエラに膝枕されていた。
 寝ぼけながらも周囲を見渡すと、俺達は先程まで死闘を繰り広げていた祈りの場にいた。相手の姿は影も形もない。

 最後は一体何をされたんだ? 単に俺を気絶させるだけだったか? それに俺が横たわってる間にミカエラが勝負を決めたのか?
 いや、今となってはもうどうでもいい。勝利という結果は確かなものなんだから。

「終わりました。行きましょう我が騎士!」
「ああ、そうだな」

 俺とミカエラは戦いの場を後にする。

 祈りの場は激戦が嘘のように静まり返っていた。神の偉大さを表した芸術性の高い空間は無惨に崩壊しまくっている。修繕と瓦礫の撤去が大変そうだなぁ。ま、それは教会のお偉方が考える仕事か。

 ……はて、俺達は一体誰と戦っていたっけか?
 どんな攻防を繰り広げたのかは覚えているのに相手の名前と顔が思い浮かばない。
 ま、いっか。立ちはだかった強敵を倒したってことさえ記憶しとけばさ。

 聖都、そして教会総本山の大聖堂を舞台にした決戦はこうして幕を下ろした。
 それは同時に俺達の旅の終わりを意味していた。

 聖都を攻めていた魔王軍は退却した。ミカエラは魔王の座を退いたので新たな魔王にはルシエラが付くことになった。その際ミカエラはルシエラを蘇らせた上で魔王刻印を除去した。ずっと大事な家族だと言い合いながら抱き合う様子は感動したな。

 旅の仲間だったイレーネ、ティーナ、ダーリアはそれぞれ帰る場所へと戻っていった。ティーナは当面大森林の復興を、ダーリアは渓谷でドワーフの勇者の弔いを、イレーネは後身の育成に取り組むそうな。

 そして肝心のミカエラは聖女として傷ついた世界を旅して回ることにした。当然俺は彼女の聖騎士なので彼女の傍にいた。俺が意思表示をした時のミカエラはこれでもかってぐらい喜んでくれた。

 世界は思った以上に荒れ果てていた。魔王軍が刻んだ爪痕は想像以上に深かった。傷ついた人、苦しむ人、悩む人。救済を必要とする大勢に出会った。救えた人もいれば助けられなかった命もあった。それでもミカエラと俺は進み続けた。

 一年、二年と年数が重なると次第に落ち着いてきた。各地で復旧も進んで再び人々の笑顔が見られるようになった。そんな平和に比例するように世界は次第に聖女ほどの救済をしなくなっていった。

 やがてミカエラは聖女を引退して片田舎にひっそりと住むようになった。聖女でなくなっても俺はミカエラから離れなかった。のんびりと時間を気にしないで過ごすのも悪くなかった。散歩とか農業とかお祭りとか、些細なことが楽しかった。

 何十年も経てば聖女ミカエラの名は人々から忘れ去られた。いや、彼女だけじゃなく聖女という存在が過去のものと化していた。それぐらい争いも災いもない、聖女を必要としない平穏が当たり前な日常を人々は送っていたのだ。

 やがて俺も老いが避けられなくなり寝込むようになった。ミカエラは人間じゃなく悪魔だったけれど俺と合わせるように老けてくれた。老婆になったミカエラも可愛くて美しいんだわこれが。俺が独占してしまうのが申し訳ないぐらいなんだ。

「すまないミカエラ……。最後まで付き添ってやれそうにない……」
「いいんです我が騎士。ニッコロさんが傍にいてくれて余は幸せでした」
「俺も、ミカエラと出会えて良かった……」
「ニッコロさん……最後に一つだけ言いたいことがあります」

 段々と重くなってくる瞼と沈みそうになる意識を何とか奮い立たせ、俺はミカエラの方をみやった。彼女は両手で俺の手を握りしめながら物悲しげに、そして悔しそうに止めどなく涙を流す。

「負けないでください。余はニッコロさんがいてくれなきゃ嫌ですからね」
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