上 下
165 / 209
第四章 熾天魔王編

勇者魔王と焦熱魔王、剣聖と弓聖を一蹴する

しおりを挟む
 ■(三人称視点)■

「こ、のおぉぉ!」

 咆哮を上げながらグローリアはイレーネへと飛び込んだ。間合いを詰める、敵は動かない。剣を振り上げる、敵は動かない。剣を振り下ろす、敵は動かない。兜を外したイレーネの頭にグローリアの一撃が差し掛かった、次の瞬間だった。

「一文字斬り」

 イレーネは一体いつ動き出し、構えを取り、剣を振ったのだろうか?

 グローリアが目で追うのもままならないまま、イレーネの聖王剣がグローリアの剣の腹へと当たり、弾かれた。かすりもせずにグローリアの剣は振り下ろされ、イレーネに無防備を晒した。そんな彼女にイレーネは一歩踏み込んで肩で体当たりし、グローリアを弾き飛ばす。

 見事なまでの一閃だった。先程魔王がドナテッロの聖剣を叩き折った際の技よりはるかに鋭く、速く、熟練した動きだった。おそらく魔王はイレーネの動きを模倣したと推察出来るが、だとしたらなおさら解せなかった。

「どうして……どうして私の剣を折らなかったの? 貴女なら簡単だったでしょう」
「だから言ったでしょう、稽古だって。ほら、かかってこないの?」
「っ……! 馬鹿にして!」

 グローリアは何度も剣を振った。繰り返す度に段々と洗練されていくのを自覚する。まだまだ自分は強くなれる、という喜びはあったが、同時に相手との到底埋められない差を思い知って絶望する。

「足元がお留守。剣士だからって剣ばかりに集中しないで」
「いっ……!」

 グローリアは鍔迫り合いになった際にイレーネに足を絡め取られて転ばされる。これまで冒険者として、剣聖として決して短くない期間活動してきたが、こうまでいいように弄ばれるのは初めての経験だった。

 負けられない。剣聖の名にかけて。
 例えこの身が明日には駄目になってでも勝たなければ駄目だ。
 刺し違えてでも勝利を我が手に――!

「命を燃やしての技はさせやしないよ」

 決死の一撃を放とうとする予備動作の時点で聖王剣が一閃された。剣が根本から折られて宙を待った。あっけない幕切れに視線が剣を追ったのも束の間。しかしイレーネは既にグローリアを間合いに捉えていた。

「百花繚乱斬り」

 無数の斬撃がほぼ同時にグローリアを襲い、決して浅くない無数の切り傷を生じさせた。
 鮮血が舞い散る。まるで色々な花が華やかに咲き乱れるがごとく。
 グローリアは倒れ伏し、イレーネは剣を鞘に収める。

「もっと修行を積んでくるんだね。再戦ならいつでも受けて立つよ」

 ■■■

 弓聖オリンピアはティーナと向き合った。白金級冒険者として数々の武勇伝を残す目の前のハイエルフは人類史を紐解いても弓の腕前は一、二を争うほど秀でているだろう。それこそ歴史上度々現れた弓聖をも凌ぐほどに。

 果たして弓聖と認められるまでになった自分が歴戦の弓使いに敵うだろうか。いや、勝たなければならない。何故なら今の彼女は魔王と組みして人類の敵になっているのだから。彼女を討ち果たすこと、それが弓聖としての義務だ……!

「おーい。仕掛けてこないのかー?」

 オリンピアは弓を引いて矢を射た。一連の動作は淀みがなく流れる清流のごとし。狙いを定めていなくてもティーナの額には吸い込まれるように当たる。弓聖の放つ矢とは的に必中、それこそ呼吸をするのと同じように自然なのだから。

 が、オリンピアの矢がティーナに当たることはなかった。

 空気を穿って高速で飛んでいった矢はオリンピアとティーナの中間位置弾け飛んでしまう。手と腕を下げたままだったティーナはいつの間にか矢を手にして弓につがえる姿勢になっていた。

「ちょっと狙いが正直過ぎないかー? 当ててくれって言ってるようなものだぞー」

 オリンピアはもう一本矢を放って何が起こっているかを見逃さないよう注意深く観察する。ティーナは見られていようと構わずに弓を引いて矢を射てオリンピアの矢を空中で撃墜した。

 無風状態の屋内だろうとこんな芸当は無理だろう。ましてや屋外で風が吹く状況下で相手の攻撃を見切って撃ち落とすなど、弓聖と称えられるオリンピアだろうと極めて厳しい。実戦ともなるとなおさら。

「嘘でしょう……こんなに差があるわけがない!」

 オリンピアが立て続けに矢を放つ。風属性魔法を駆使して軌道を変幻自在したり追尾性を持たせたり障害を自動回避する効果を付与したりと、さまざまな技を繰り出した。中でも射た瞬間に相手に命中する瞬速の矢という切り札の一つも切った。

 が、どれもティーナには当たらない。彼女は正確に飛来する矢を捉え、冷静にそれらを迎撃したのだ。しかもティーナは一切魔法の類を使っていない。純粋な弓の腕だけで対処してのけたのだった。

「瞬速の矢、かー。矢は確かに速いけれど動作が遅かったら意味無いじゃんか。体の動き、視線、呼吸。次はどんな矢が教えてくれてるようなものだぞ」
「ぐっ……!」

 エルフが弓に秀でた種族なのも視力と聴力が人間より優れているのも、ティーナが数百年生きた歴戦の冒険者なのも分かってはいた。しかし改めて格の違いをこうも思い知らされると恐怖と絶望で笑ってしまいたかった。

 だが、負けられない。世界を救う勇者一行の一人として、三聖の一角弓聖の名にかけて、そして愛する人のために。覆しようもない差があるのなら、それを使命感と覚悟で埋めればいいだけだ――!

「シューティング・スター……!」
「ライトニングアロー」

 オリンピアが弓を引こうとした直後、彼女の肩に激痛と痺れが生じた。思わず絶叫を上げながら膝を崩し、弓を取り落としてしまう。何が起こった、と肩に視線を向けると、ティーナの矢が肩を貫通しているではないか。

 ティーナが兆しを察知して放った稲妻と化した矢がオリンピアの虚を突いたのだ。ほとんどこれまでと動作は変えていなかったのに何故、との疑問が頭に浮かんだが、ティーナにはほんの僅かな違いすら見破られたのだと察した。

「冒険者になってから数百年、歴代の弓聖は誰もうちに勝てなかったんだ。お前が負けるのは当然だったのさ」

 無慈悲に放たれたティーナの矢がオリンピアの額に命中。彼女の意識は暗転した。
 倒れ伏すオリンピアをティーナは何の感慨もなく見下ろす。
 人々の希望たる弓聖への敬意も。対戦相手としての興味も。弱者への哀れみすら。

「他のみんな、どう手加減してるんだろうなー?」

 もはやティーナにとってこの一戦は思考を割くに値していなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!

FOX4
ファンタジー
王都は整備局に就職したピートマック・ウィザースプーン(19歳)は、勇者御一行、魔王軍の方々が起こす戦闘で荒れ果てた大地を、上司になじられながらも修復に勤しむ。平地の行き届いた生活を得るために、本日も勤労。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...