上 下
38 / 209
第一章 勇者魔王編

聖女魔王、戦鎚聖騎士を誑かす

しおりを挟む
 グリセルダから告げられた名前を聞いたミカエラは大して驚く様子を見せず、テーブルの上に並べられた菓子に手を付けた。そして水差しから器に水を移し、一気飲みして、ぷはーとかいった感じに息を吐く。

 ヴェロニカとは、ミカエラの説明によれば妖魔軍でグリセルダの副官を務めるクィーンラミアらしい。半人半蛇の妖魔だったっけか。目の前のグリセルダが妖艶な美女ならヴェロニカは凛々しい美女なんだとか。

「驚かれないのですね」
「え? だってヴェロニカは余が魔王になる前からあの子の崇拝者でしょう。納得しないままなのは全然不思議じゃありませんよ」
「わたくしは魔王となられたミカエラ様に忠誠を誓うよう再三申していましたが、聞き入れてもらえませんでした」
「あー、別に余はヴェロニカに認められようがいまいが構いませんし」

 ミカエラは手をパタパタ振ってその話題を強制終了させる。
 この様子だとミカエラはそこまで魔王軍とやらを締め付けて自分の意のままにしようという気が無いように見受けられるな。そもそも出奔して聖女になってる時点でアレだが。

「リビングアーマーの魔王を復活させようと企んでいたのは分かりましたけれど、つい先日勇者イレーネが蘇りましたよね。この作戦はもう失敗しちゃってますよ」
「いえ。確かに勇者は帰還したようでしたが、魔王の鎧は装備したままでした。なら、少しでも均衡を崩せば今度は鎧の魔王が勇者イレーネを乗っ取って蘇るかもしれません。まだ諦めるには早いかと」
「ソレ、あの勇者イレーネが許してくれますかね? 聖王剣で一刀両断される未来しか思い浮かびませんけれど」
「さあ? 何か策があるので作戦は中止していないようですが」

 グリセルダが聖地にやってきたのはつい数日前で、勇者の帰還で大騒ぎになったせいでヴェロニカ側の動きを掴みきれなかったのだとか。それでもようやくヴェロニカの潜伏先が判明したため、今日にでも動くつもりだったようだ。

 それにしても、グリセルダはちょっと主君に対しての態度とは思えないぐらいミカエラに馴れ馴れしく接してるな。ミカエラもそれを当然のように受け止めてるようだが、彼女達の関係だけが特別なのか、それとも魔王としてのミカエラがそれほど恐れられてないのか。

「ヴェロニカはこのわたくしが責任を持って粛清いたしますので、魔王様はどうぞご安心くださいませ」
「分かりました。頑張ってくださいね」

 グリセルダが恭しく一礼、ミカエラがそれをねぎらう。

 いやいやいや、そもそもイレーネは魔王に乗っ取られて復活したんだが? 正統派とやらが何するのか知らんが、前提から覆ってるのに。しかしミカエラはそれをグリセルダに知らせるつもりが無いようだし、俺も黙っておくか。

 さて、と呟きながらグリセルダは立ち上がった。そして艶かしく俺の方へと歩み寄ってその腕を取ろうとして、ミカエラが間に割り込んで彼女を押しのけた。目を丸くするグリセルダをミカエラがむすっとしながら睨んだ。

「余はグリセルダに頑張ってって言いましたよね。仕事に戻ってくださいよ」
「あらあら。わたくしのお仕事は人間の男に良い気持ちになってもらい、思い通りにさせることもあるのですが。騎士殿は溜まった欲求不満を解消するために来店したのでしょう?」
「い、い、か、ら。さっさと出て行って下さいっ」
「はいはーい。それじゃあ魔王様も騎士殿も、どうぞごゆっくり」

 グリセルダは気品あるお辞儀をして部屋を後にした。豪華な部屋に残されたのは俺とミカエラだけ。ムフフな時間を過ごす空間にミカエラと二人っきり……。俺はどう受け止めれば良いんだ?

「……とりあえず、さすが来賓室だけあって浴室に風呂あるみたいだな。それ入ったら帰るか」
「あれ、男の欲望を満たす為に来たんじゃなかったんですか?」
「ミカエラがあの美女追い出しちまったじゃねえか。今から受付行って女の子呼んでこいってか?」
「要らないでしょう。余がいるんですから」

 そうだな。まだ女の子はミカエラが残ってるもんな。
 だったら問題な……い……? ん? んん~?

「すまん、何て言った?」
「魔王は全ての魔物、闇の住人を従える王者です。魔力と叡智で出来た魔王が布か裸装備のサキュバスに遅れを取るはずがありません!」
「お前は一体何を言っているんだ?」
「さ、余の溢れ出る知性を堪能させてあげましょう!」

 自信満々にとんでもないことを言い放つ目の前の聖女。こんな時でも彼女は元気いっぱいで、明らかにこれから起こることを全く連想させないほど純真だった。
 ドン引きした俺は頭を抑えて天を仰いだ。どうしてこうなった、と。

 ……まあ、悪い気がしない俺も俺なんだがな。
 むしろ俺はそんな汚れ知らずのミカエラを以下自主規制。

 結論から言うと、凄かった。さすが豪語するだけあった。

 ドヤ顔で「満足したでしょう? もっと撫でなさい!」と仰るので、思いっきり撫でてやった。顔をほころばせて喜んでくれたので俺も嬉しかった。
 んで、これから自制が効かなくなりそうだし気を引き締めないと、と思った次第。
 そんな煩悩を戒める俺の頭をミカエラが撫でてきやがった。あと可愛い言うな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

処理中です...