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三学期

ヴァントーズ①・断罪イベント開始

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「ジャンヌ・ドルレアン! この私、シャルル・ド・ヴァロワは――」
「次の台詞はお前との婚約を破棄する、ですか?」
「お前との婚約を……何?」

 結論から言おう。結局断罪イベントは起こってしまった。

 冬季休暇明けから一週間後に禁書を奪還、それから一週間強かけて禁書から目的の記述を発見、そこから一週間弱かけてわたしはとうとう魅了耐性魔法の無効化に成功した。試験の度に協力してくださったヴィクトワール様には感謝してもしきれない。
 ところが、だ。学園内の大半がジャンヌへ協力を申し出る中でアルテミシアは自分の意のままになるシャルルを露骨にジャンヌやわたしから遠ざけ始めたんだ。アルテミシアに唆された王太子殿下からの厳命により王女殿下の強硬策もご破算。このまま卒業しては逃げ切られてしまい手の打ちようが無い、正に万事休すにまで陥っていた。

「なら断罪イベントを起こしてしまいましょう」

 と打開策を提示したのは他でもない、悪役令嬢役のジャンヌだった。

 そもそも断罪イベントとは年度末近くの卒業式前に行われる学園の行事で、卒業生と在校生が親睦を深める舞踏会で行われる。他の行事と異なるのはあくまで主催は在校生で、卒業生にこの後の学園はお任せくださいと披露する場でもある。そこで卒業生代表としてのお言葉を述べる筈の王太子様が悪役令嬢を糾弾する訳だ。
 ……こう考えると常識とか学園の伝統とかをかなぐり捨てていて無茶もいい所よね。

 ともかく、あくまで『双子座』に沿いたいアルテミシアは必ずシャルルからジャンヌに婚約破棄を言い渡させるために表舞台に連れ出してくる。負ければもう後は無く破滅確定の捨て身の選択肢。しかし勝てば逆にヒロインが侮辱と不敬の罪で裁かれ、悪女として歴史に名を残すわけだ。
 けれど当事者となった二人にとっては自分の未来は二の次同然だった。

 ジャンヌは八回もの裏切りを経てなお失われなかった愛する人の為に。
 アルテミシアは別世界に来てもなお衰えぬ作品への崇拝の為に。
 これは負けられぬ意志のぶつかり合いだ。

 舞踏会は華々しく始められた。演奏は交響楽団でも宮廷音楽家でもなく在校生が行い、料理も在校生が己の家や王都で格式高い一流の料理人を呼んで作られ、会場もその道の職人から教わり在校生が準備した。
 あ、ちなみにわたしは舞踏会の運営全般を取り仕切る生徒会を手伝った。だって生徒会長のヴィクトワール様に協力していただいたのだからそのお礼をしなきゃね。立法府での業務経験が生きて意外にも難しくなかったわね。

「カトリーヌ様は成績上位者なのに生徒会入りを断ったそうだな」
「はい。労働に時間を費やしたかったからです。家計の足しにしないと」
「来年度は必ず生徒会に加わってもらう。これは現生徒会長からの要請だ」
「……ジャンヌと相談してみます」

 なお、ヴィクトワール様に生徒会入りを迫られた件の対応は後回しにしよう。

 舞踏会には学園生徒ばかりではなく教職員やその他学園で働く者、それから保護者も参加する。特に今年は階級の高い貴族の子が大勢学園に籍を置いているのもあって、錚々たる顔ぶれが揃っていた。お父さんお母さんもいるしお父様お母様もいる。そして……国王陛下ご夫妻も。
 そんな中、いよいよ始まった卒業生を代表して王太子様が皆様の前で悪役令嬢を呼び出したかと思ったら突然婚約破棄を言い渡す。……筈だったんだけれど、あろうことかジャンヌは王太子様の台詞を先に読み上げてしまいましたよ。

 頭を垂れながらも不敵な笑みを浮かべるジャンヌ。言葉を遮られても表情一つ変えないシャルル。いきなり台無しにしてきた悪役令嬢に憤りつつシャルルの傍にいるアルテミシア。わたしは出だしからこんな感じだったから不謹慎にも思わず吹き出してしまったわよ。

「それで殿下。この私との婚約を破棄すると仰いそうになったようですが、何か至らぬ所がございましたでしょうか?」

 シャルルは一旦アルテミシアの顔色を窺う。どうやらアルテミシアがシャルルに命じて今の断罪劇が演じられているみたいね。アルテミシアが続けるよう強く促したのでシャルルはジャンヌに憤りを見せつつ、実際にはそう演じているだけでそんな感情すら封じられている、大声をあげる。

「とぼけるな! お前がこちらのアルテミシアにした事は全て調べがついている!」
「そちらのブルゴーニュ伯爵令嬢にですか?」
「しらを切るつもりかい? まずお前は――」
「彼女を蔑ろにしてお茶会を催している件でしょうか? それでしたらブルゴーニュ伯爵令嬢は殿方とのお付き合いでお忙しいご様子でしたので気を利かせたに過ぎません」

 また言いたい事を先取りされたせいでシャルルの攻めが止まってしまった。嘘ではないけれどそれって暗に男を侍らすアルテミシアを攻めてますよね?

「それと一つ訂正させていただくと、連日のお茶会は全て私が主催だったわけではございません。ヴィクトワール様やクレマンティーヌ様、それからマリー王女殿下が催した時もございました。この方々がブルゴーニュ伯爵令嬢を誘わなかった理由までは存じません」
「いや、まだある。お前は――」
「それともブルゴーニュ邸に押し入り彼女の所有物を奪った件でしょうか? それでしたら司法府、そして司法長官からの許可を頂いた王立図書館の業務を手伝ったに過ぎません。王国所有物を返却せずにいたブルゴーニュ伯爵令嬢の落ち度こそ責められるべきでは?」

 なお、本当はいくら令状があろうと夜間に屋敷に忍び込んで本を奪うのはご法度らしい。この超法措置はオルレアン公爵令嬢として公に認められたわたしがやらかしの主犯、かつ司法長官のお墨付きなおかげだ。どちらが欠けていてもわたしは監獄入り間違いなしだったでしょうね。

「次にお前は――」
「ああ、もしやブルゴーニュ伯爵令嬢が学園で孤立している件でしょうか? 王立図書館より借りた書物は学の無い私には中々難しいものでして。恥ずかしながらクレマンティーヌ様とヴィクトワール様に助力を願った所、その方々が親しくする皆様のお力添えを頂けたまでです。決してブルゴーニュ伯爵令嬢を疎外したかったわけでは」

 これは本当。お茶会は確かにアルテミシアの立場を悪くする為に連日開いていたけれど、禁書解読で集っていただけたのは意図したものじゃない。だからこの反論においてジャンヌはお茶会とアルテミシアの疎外を結び付けていない。物は言い様である。

「その件もあるがお前は――」
「それとも学園内でブルゴーニュ伯爵令嬢の悪評が広まっている件でしょうか? 私はむしろ王女殿下や生徒会長であるヴィクトワール様に願い出て決してブルゴーニュ伯爵令嬢を悪く言わないよう皆に伝えてほしいと申しておりました。それでも噂が立つのであれば……よほど各々の気にそぐわぬ要因があるかと愚考いたします」
「言い訳はいい。お前は――」
「まさかブルゴーニュ伯爵令嬢に罵声を浴びせたと仰るのですか? 私はただ王家、そして我がオルレアン家との間で結ばれた婚約関係に横槍を入れる不敬者に注意勧告したに過ぎません。それを誹謗と仰るなら否定はしませんが、謝罪する義務はございません」

 ふっ、甘いわねアルテミシア。断罪イベントはこれまでヒロインが悪役令嬢の悪意にどれだけさらされていたかも重要。その懸念材料はジャンヌもわたしも熟知しているので悉く回避させてもらった。これまでの言い分は全て反論の余地があるものばかり。婚約破棄の決定打にはならないわよ。

「だがお前はこのアルテミシアに――」
「侮辱した覚えはございませんし所有物を壊してもおりません。ましてや傷つけたりなどは。冬季休暇明けからわたしは必ずどなたかと一緒におりました。カトリーヌやクレマンティーヌ様、その他多くの方が証言してくださるでしょう」

 それから『双子座』どおりにヒロインを肉体的に傷つけた、なんてでっち上げは通用しない。何せジャンヌはやり直しの後半の方では罪の捏造で破滅まで追い込まれている。お茶会で多くの方々を囲ったのは攻めの一手でもあり守りの一手でもあったのよ。

「……」
「神から天啓を受けてそちらのご令嬢を選ぶと申されるおつもりです? あいにく私もまだ神からの寵愛は失っていないようですのでほら、御覧の通り光と共にあります。それとも真実の愛に目覚めたと仰りたい? それはあまりにもご無体でございます。あれだけ貴方様に冷たく振舞った至らぬこの私を愛して下さったのに」

 ジャンヌは愛おしそうに自分のお腹をさすった。既に夏から半年も経過しているのもあって既に新たな生命が宿っているのは隠しきれなくなっている。今ジャンヌが着ているドレスもあまり身体の線が出ないよう仕上げられている。
 シャルルはどうやら事前に言うように教わった弾が尽きたらしく、アルテミシアの顔を窺った。思った通りに悪役令嬢を追い込めない苛立ちにアルテミシアの顔は既に怒りで歪んでいる。これではどちらが攻められているのやら。

「結構。とにかく気に入らぬからと私を見捨てなさるのでしたら何も申せません」

 ジャンヌは顔を上げ、シャルルやアルテミシアに対して背を向けた。その顔には身が引き裂かんばかりの悲痛な感情が現れ、目からは涙が零れ落ちていく。あくまでも優雅に正当性を訴えていた直前とは真逆だったので皆から動揺の声が挙がった。

「皆様! 私はこれまで王太子殿下の婚約者に選ばれてからたゆまない努力を積んでまいりました。その一方で私は決して殿下の生涯の伴侶には相応しくないと何度も口にし、殿下の御心が私に向かないようにもしてまいりました。そんな私を殿下は、シャルルは好きだと仰ってくれました! なのにこの仕打ち、あんまりでございます!」

 それは果たしてジャンヌがこの場の参加した皆を味方に引き入れる演技か、それとも心から来る訴えか。あるいは両方か。わたしに言えるのはただジャンヌの主張が皆の心を振るわせる程のものだって事か。

「一方的に捨てられる私は一体どこが至らなかったのでしょう!? 私は王太子殿下の婚約者に相応しくない女だったのですか!?」
「いや、そんな事は無いぞお義姉様……いや、ジャンヌ・ドルレアンよ!」

 初めにジャンヌに答えたのはマリー王女殿下だった。彼女の凛とした声は会場全体にはっきりと伝わった。

「そなたには何の落ち度は無い! 妾も母様もそなたを是非王家に迎え入れたいと心から願っておる! そしてそれは今でも揺るぎはせぬ!」
「王女殿下……有難き幸せでございます」

 マリー殿下のお言葉は王家を代表してのもの。決して此度の婚約破棄が王家より了承を得たものではないとの証明にも繋がる。現に国王陛下は何も口にされていない。ただこの場の成り行きを黙って見つめたままだ。
 マリー殿下はジャンヌへを笑顔を見せる。ジャンヌは顔をほころばせて頭を下げた。

「わたくし、クレマンティーヌ・ド・ポワティエの名に懸けても言わせていただきますわ! ジャンヌ様、貴女様はわたくし共貴族令嬢の誇りであると!」
「クレマンティーヌ様……」

 次に宣言したのはクレマンティーヌ様だった。彼女の言葉は同世代に生まれた貴族令嬢としてその身分に相応しくあらんと競い合った者を代表してのもの。この場の貴族令嬢を代表して言っているんだ。ジャンヌこそ王太子妃に相応しいって。

「では私、アルテュール・ダランソンからも。彼女は決してその生まれや容姿に溺れずに貞淑でした。一方的に婚約を破棄される女性には思えませんが?」
「アルテュール様……」

 次に宣言したのはアルテュール。彼の言葉は同世代の異性を代表してのもの。アルテミシアに籠絡された攻略対象者を除けばほとんどの殿方が同じ意見なのかしら? ジャンヌはシャルルを袖にしつつもその実シャルルばかりを見つめていたと。

「じゃあわたし、ただのカトリーヌからも言わせてもらう。ジャンヌは公爵令嬢、王太子殿下の婚約者であっても自分より下の身分の人達を見下さずに接していた。ジャンヌは人を分け隔てなく思いやる慈悲深さを持っているんだ!」
「カトリーヌ……」

 で、とどめはわたしだ。わたしの言葉は貴族ではない者を代表してのもの。いずれ王妃になる女性になって欲しいのはやはり権力者だけでなく自分達も見てくれる方でしょうよ。人生の理不尽さと苦しみを知り尽くしたジャンヌこそ、だ。

「故に無礼ですが言わせてもらいます。どうかジャンヌとの婚約破棄は思い留まってください!」

 そして、最終的に言いたい事はコレに尽きた。
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