上 下
28 / 70

早速攻略し始めるヒロインに呆れる元悪役令嬢

しおりを挟む
「素敵な名前ですね。確か大帝国時代からの由緒正しい氏族名でしたっけ」
「……よく知ってるな」

 彼は私と同じように入学試験を突破した市民階級の子だ。得意とするのはからくり仕掛けの機械設計。趣味はその製作。故郷の村では水車や風車を独学で作ったそうだ。夢は技術士になって自分の設計した機械で恵まれない地域を豊かにする、だったか。

 教会の力が強く神が絶対視されるこの世の中で理を解き明かす科学の分野はあまり発展していない。むしろ神への冒涜だと敵視される傾向が強い。そのせいで学園内でのアウレリオへの当たりも次第に強くなっていった。

 そんな中で唯一の味方はイサベルだった……的な話をレオノールだった頃ジョアン様に婚約破棄された際に聞いた記憶がある。くだらないと当時は吐き捨てたが、生活を便利にしようとする彼の夢は庶民にとって神様より有難いと今は思うようになった。

「会えて嬉しいです。この出会いは素晴らしかったって思えるようになりたいですね」
「あ、ああ。そうだな……」

 変人を見るような視線を浴び続けた彼にとって初めてとなる純粋な憧れがこもった眼差し。特に発明家なんて女性からは奇異に思われる存在だろう。異性への耐性が無いアウレリオにとってイサベルの笑顔はとても眩しいものに違いない。

(ああ……こうやってイサベルはジョアン様方の心を奪っていったのね)

 レオノールだった頃泥棒猫だとか娼婦だと罵ったけれど、視点が変わった今ならその巧妙な手口には関心してしまう。多分だがイサベルはこんな風に対象の殿方を理解し、相手が求める自分を演じたのだろう。

 一方のレオノールだった私はどうだった? ジョアン様に相応しくあれと教養と気品を身に着けて普段から己を律していた。そして恥ずかしくないように、なめられないようにと誇り高く振る舞った。その上で愛していると己の想いを告げて寄り添った。

 それは、独りよがりだったのではないか?

 イサベルは婚約破棄騒動の時私はジョアン様を分かっていないと語った。心が重要だと言い放つイサベルを嘲笑した。……将来を誓い合った相手の内面を見ようとしない者がどうして一生添い遂げられるのだろうか?

 今やっと私はイサベルを理解した。
 しかし、同時に私はどうやってもイサベルになれないとも悟った。

「……イサベルは凄いんですね」

 私は殿方の苦しみや悩みをそう簡単に察することなんて出来ない。
 愛があれば分かり合えるだなんて嘘だ。
 私なら互いに打ち明けて支え合うのが限度だろう。

 私はイサベルが怖いとさえ感じた。

(……とはいえ、私にはイサベルに横取りされる婚約者もいないし、もはや他人事なんだけれどね)

 唯一気が楽なのは当事者ではないので静観していられる点だ。この調子だとイサベルはジョアン様やアウレリオだけでなくフェリペ様やアントニオ様とも仲良くなろうとするだろうが、騒ぐのは社交界の面々であって一般庶民とは別世界の話だ。

 ジョアン様が今回もイサベルになびこうがこのままレオノールと添い遂げようが、つまり本当の愛に目覚めるのか王太子として正しい道を取るか、なんて私の知ったことではない。勝手にすればいい。

 ……そう、割り切っている筈なのに、どうしてこうも胸が締め付けられるんだ?
 その正体は何となく分かるけれど……決して認められない。認めてはいけない。

 私はただ私の平穏のために人生を費やすべきだろう。
 己の身を焦がす程の愛なんて要らない。

「どうしましたかカレン? 何だか顔色が悪いですよ」
「……ううん。イサベルは誰とも仲良くなれるんだな、って思っただけです」
「えへへ。昔から友達作りは得意ですから」

 だから、私は作り笑いを浮かべてイサベルに接する他なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...