236 / 278
第3-1章 私は聖地より脱出しました
私は寵姫に勧誘されました
しおりを挟む
「は?」
『一緒になって偉大なる神の命に従って全てを救おうって言ってんだよ』
寝返りの誘い、ですって?
私はおろかラーニヤもこの発言には正気を疑っているようでしたが、マジーダは真剣な眼差しで私を見つめてきました。
『戒律を守り神の教えに従うのなら例え聖女だって歓迎さ。アンタだったらこっちに来ても寵姫にまで昇りつめるかもしれないねえ』
「私に神を裏切れと仰るんですか?」
『アンタ等の信じる神は偉大なる神だろう。神の教えを誤って解釈して、歪曲して、都合良く世に広めたのがいけなかっただけさ。神から救済の使命を授かった女は正しい教えに導かれるべきだろう』
つまり、聖女に任命された者は悉く教会に騙されている、と言いたいのですか。
あいにく私は古の聖者のように神や天使から直接教えを頂いてはいませんので、本当はどちらが正しいのかは分かりかねます。唯一断言出来るのは、神が今もなお万物の救済に至るよう人に奇蹟を与えている、とだけです。
教会に拘らずにただ全てを救いたいだけなら彼女の提案に乗るのも手なのでしょう。ガブリエッラが処断された後のかつての私ならその手を取ったと確信出来ます。生まれた土地が違ったなら間違いなくマジーダ達と肩を並べていたでしょう。
「折角ですが、ご期待には添いかねます」
しかし、私の口から出たのは明確な拒絶でした。自分でも驚く程あっさりと意思表示が出来ました。
マジーダの目が少し細く、鋭くなりますが、私はひるまずに正面から受け止めます。
『ふぅん、偽りの教えを信じたいからかい?』
「教会が正しいと胸を張るつもりはありません。貴女方が信じる教えの方がより神に近いかもしれません。ですが、そもそも私は神の命じるままにしたくないのです」
『……神に背くと言うのか?』
「いえ、私は慈悲深い神より与えられた選択肢を有難く使わせていただくだけです」
私は何歩か前に歩み出て、私を守るように構えを取っていたチェーザレの脇に立ちます。そして剣先を相手の喉元へ向けていた彼の利き腕に自分の腕を絡ませ、自分の方へと引き込みました。力を抜いてくれたのか、彼はあっさりと私と密着しました。
「私は彼と添い遂げます。よって一足先にお役御免させていただきくつもりです」
私の宣言は半分本気で半分嘘です。チェーザレと人生を共にしたい気持ちは本当。しかし聖女の定めから逃れたいあまりに彼に擦り寄ったわけではありません。強いて言うなら、今や救済の使命より彼と送る日常の方を私が望んでいるのです。
神は今だって言っています。全てを救え、と。
だから神の言う通り私は私自身を救い、幸せに生きましょう。
『……何だ。お前も色欲に現を抜かす輩か』
ただ、案の定マジーダのお気に召さなかったらしく、汚物を蔑むような冷たい視線と言葉を投げてきました。どうやら獣人だろうと恋を成就させれば神に与えられた使命から解放されるのに変わりは無いようですね。
『マジーダ姫、それは違う』
『あぁん?』
一方のラーニヤの方は一定の理解を示しているようですね。しかしこの場で主張する必要は無かったでしょうに。よほどこだわりがあるのか知りませんが、二人が言い争っている間に……。
『貴女もさっきの彼女の立ち回りを見たでしょう。彼女は相当場数を踏んでいる。その果てに得た結論なら彼女の意志として尊重すべき』
『ラーニヤ姫も恋だの愛だの叫ぶつもりか? 理解出来ないねえ。どうして人を救える奇蹟を身勝手に捨てられるのか』
『それは彼女も言った通り偉大なる神より与えられたもう一つの道。マジーダ姫にも否定させない』
『ああそうさ。あたいが嫌いってだけだよ。そんな軟弱な姿勢がね!』
『だったらどうして皇帝の寵姫に? いずれは皇帝と子を育んで次世代の寵姫を誕生させないといけなくなるのに。マジーダ姫の言う軟弱な姿勢を強いられる』
『はっ、あたいは恋だの愛だのには溺れないさ。子供を産むなんざ生殖行為さえすればいいんだからねえ』
これ以上は聞きたくないとばかりにマジーダは強く一歩踏み出しました。そして先ほどと同じく大きく体を沈みこませます。さながらばねを極限まで縮めているようにも思えました。リッカドンナを守る騎士達を始め、周囲に緊張が走ります。
マジーダが吼え、勢いよくこちらへ飛び掛かりました。
『一緒になって偉大なる神の命に従って全てを救おうって言ってんだよ』
寝返りの誘い、ですって?
私はおろかラーニヤもこの発言には正気を疑っているようでしたが、マジーダは真剣な眼差しで私を見つめてきました。
『戒律を守り神の教えに従うのなら例え聖女だって歓迎さ。アンタだったらこっちに来ても寵姫にまで昇りつめるかもしれないねえ』
「私に神を裏切れと仰るんですか?」
『アンタ等の信じる神は偉大なる神だろう。神の教えを誤って解釈して、歪曲して、都合良く世に広めたのがいけなかっただけさ。神から救済の使命を授かった女は正しい教えに導かれるべきだろう』
つまり、聖女に任命された者は悉く教会に騙されている、と言いたいのですか。
あいにく私は古の聖者のように神や天使から直接教えを頂いてはいませんので、本当はどちらが正しいのかは分かりかねます。唯一断言出来るのは、神が今もなお万物の救済に至るよう人に奇蹟を与えている、とだけです。
教会に拘らずにただ全てを救いたいだけなら彼女の提案に乗るのも手なのでしょう。ガブリエッラが処断された後のかつての私ならその手を取ったと確信出来ます。生まれた土地が違ったなら間違いなくマジーダ達と肩を並べていたでしょう。
「折角ですが、ご期待には添いかねます」
しかし、私の口から出たのは明確な拒絶でした。自分でも驚く程あっさりと意思表示が出来ました。
マジーダの目が少し細く、鋭くなりますが、私はひるまずに正面から受け止めます。
『ふぅん、偽りの教えを信じたいからかい?』
「教会が正しいと胸を張るつもりはありません。貴女方が信じる教えの方がより神に近いかもしれません。ですが、そもそも私は神の命じるままにしたくないのです」
『……神に背くと言うのか?』
「いえ、私は慈悲深い神より与えられた選択肢を有難く使わせていただくだけです」
私は何歩か前に歩み出て、私を守るように構えを取っていたチェーザレの脇に立ちます。そして剣先を相手の喉元へ向けていた彼の利き腕に自分の腕を絡ませ、自分の方へと引き込みました。力を抜いてくれたのか、彼はあっさりと私と密着しました。
「私は彼と添い遂げます。よって一足先にお役御免させていただきくつもりです」
私の宣言は半分本気で半分嘘です。チェーザレと人生を共にしたい気持ちは本当。しかし聖女の定めから逃れたいあまりに彼に擦り寄ったわけではありません。強いて言うなら、今や救済の使命より彼と送る日常の方を私が望んでいるのです。
神は今だって言っています。全てを救え、と。
だから神の言う通り私は私自身を救い、幸せに生きましょう。
『……何だ。お前も色欲に現を抜かす輩か』
ただ、案の定マジーダのお気に召さなかったらしく、汚物を蔑むような冷たい視線と言葉を投げてきました。どうやら獣人だろうと恋を成就させれば神に与えられた使命から解放されるのに変わりは無いようですね。
『マジーダ姫、それは違う』
『あぁん?』
一方のラーニヤの方は一定の理解を示しているようですね。しかしこの場で主張する必要は無かったでしょうに。よほどこだわりがあるのか知りませんが、二人が言い争っている間に……。
『貴女もさっきの彼女の立ち回りを見たでしょう。彼女は相当場数を踏んでいる。その果てに得た結論なら彼女の意志として尊重すべき』
『ラーニヤ姫も恋だの愛だの叫ぶつもりか? 理解出来ないねえ。どうして人を救える奇蹟を身勝手に捨てられるのか』
『それは彼女も言った通り偉大なる神より与えられたもう一つの道。マジーダ姫にも否定させない』
『ああそうさ。あたいが嫌いってだけだよ。そんな軟弱な姿勢がね!』
『だったらどうして皇帝の寵姫に? いずれは皇帝と子を育んで次世代の寵姫を誕生させないといけなくなるのに。マジーダ姫の言う軟弱な姿勢を強いられる』
『はっ、あたいは恋だの愛だのには溺れないさ。子供を産むなんざ生殖行為さえすればいいんだからねえ』
これ以上は聞きたくないとばかりにマジーダは強く一歩踏み出しました。そして先ほどと同じく大きく体を沈みこませます。さながらばねを極限まで縮めているようにも思えました。リッカドンナを守る騎士達を始め、周囲に緊張が走ります。
マジーダが吼え、勢いよくこちらへ飛び掛かりました。
7
お気に入りに追加
1,378
あなたにおすすめの小説
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
私の婚約者は6人目の攻略対象者でした
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。
すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。
そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。
確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。
って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?
ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。
そんなクラウディアが幸せになる話。
※本編完結済※番外編更新中
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる