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第3-1章 私は聖地より脱出しました

私は寵姫に勧誘されました

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「は?」
『一緒になって偉大なる神の命に従って全てを救おうって言ってんだよ』

 寝返りの誘い、ですって?
 私はおろかラーニヤもこの発言には正気を疑っているようでしたが、マジーダは真剣な眼差しで私を見つめてきました。

『戒律を守り神の教えに従うのなら例え聖女だって歓迎さ。アンタだったらこっちに来ても寵姫にまで昇りつめるかもしれないねえ』
「私に神を裏切れと仰るんですか?」
『アンタ等の信じる神は偉大なる神だろう。神の教えを誤って解釈して、歪曲して、都合良く世に広めたのがいけなかっただけさ。神から救済の使命を授かった女は正しい教えに導かれるべきだろう』

 つまり、聖女に任命された者は悉く教会に騙されている、と言いたいのですか。

 あいにく私は古の聖者のように神や天使から直接教えを頂いてはいませんので、本当はどちらが正しいのかは分かりかねます。唯一断言出来るのは、神が今もなお万物の救済に至るよう人に奇蹟を与えている、とだけです。

 教会に拘らずにただ全てを救いたいだけなら彼女の提案に乗るのも手なのでしょう。ガブリエッラが処断された後のかつての私ならその手を取ったと確信出来ます。生まれた土地が違ったなら間違いなくマジーダ達と肩を並べていたでしょう。

「折角ですが、ご期待には添いかねます」

 しかし、私の口から出たのは明確な拒絶でした。自分でも驚く程あっさりと意思表示が出来ました。

 マジーダの目が少し細く、鋭くなりますが、私はひるまずに正面から受け止めます。

『ふぅん、偽りの教えを信じたいからかい?』
「教会が正しいと胸を張るつもりはありません。貴女方が信じる教えの方がより神に近いかもしれません。ですが、そもそも私は神の命じるままにしたくないのです」
『……神に背くと言うのか?』
「いえ、私は慈悲深い神より与えられた選択肢を有難く使わせていただくだけです」

 私は何歩か前に歩み出て、私を守るように構えを取っていたチェーザレの脇に立ちます。そして剣先を相手の喉元へ向けていた彼の利き腕に自分の腕を絡ませ、自分の方へと引き込みました。力を抜いてくれたのか、彼はあっさりと私と密着しました。

「私は彼と添い遂げます。よって一足先にお役御免させていただきくつもりです」

 私の宣言は半分本気で半分嘘です。チェーザレと人生を共にしたい気持ちは本当。しかし聖女の定めから逃れたいあまりに彼に擦り寄ったわけではありません。強いて言うなら、今や救済の使命より彼と送る日常の方を私が望んでいるのです。

 神は今だって言っています。全てを救え、と。
 だから神の言う通り私は私自身を救い、幸せに生きましょう。

『……何だ。お前も色欲に現を抜かす輩か』

 ただ、案の定マジーダのお気に召さなかったらしく、汚物を蔑むような冷たい視線と言葉を投げてきました。どうやら獣人だろうと恋を成就させれば神に与えられた使命から解放されるのに変わりは無いようですね。

『マジーダ姫、それは違う』
『あぁん?』

 一方のラーニヤの方は一定の理解を示しているようですね。しかしこの場で主張する必要は無かったでしょうに。よほどこだわりがあるのか知りませんが、二人が言い争っている間に……。

『貴女もさっきの彼女の立ち回りを見たでしょう。彼女は相当場数を踏んでいる。その果てに得た結論なら彼女の意志として尊重すべき』
『ラーニヤ姫も恋だの愛だの叫ぶつもりか? 理解出来ないねえ。どうして人を救える奇蹟を身勝手に捨てられるのか』
『それは彼女も言った通り偉大なる神より与えられたもう一つの道。マジーダ姫にも否定させない』
『ああそうさ。あたいが嫌いってだけだよ。そんな軟弱な姿勢がね!』
『だったらどうして皇帝の寵姫に? いずれは皇帝と子を育んで次世代の寵姫を誕生させないといけなくなるのに。マジーダ姫の言う軟弱な姿勢を強いられる』
『はっ、あたいは恋だの愛だのには溺れないさ。子供を産むなんざ生殖行為さえすればいいんだからねえ』

 これ以上は聞きたくないとばかりにマジーダは強く一歩踏み出しました。そして先ほどと同じく大きく体を沈みこませます。さながらばねを極限まで縮めているようにも思えました。リッカドンナを守る騎士達を始め、周囲に緊張が走ります。

 マジーダが吼え、勢いよくこちらへ飛び掛かりました。
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