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第1-1章 私は悪役令嬢となりました

私は神託の聖女を出し抜きました

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「聖女になりすまそうとする輩は少なからず見てきましたが、聖女から逃れようとする者には初めて会いましたよ」

 エレオノーラは穏和な表情を崩すまいと振舞いますが、滲み出る憤怒が隠しきれておりません。謀りが神への冒涜とでも受け取ったのでしょう。しかしこれで追い込んだと思ったら大きな間違いですよ。

「何を仰っているのか分かりかねますね。血が薄いだけでそのような嫌疑を受ける謂れはありません。まさか指に細工しているとでも?」

 私は落ち着き払いつつしらを切りました。まだ血が流れ出る指をわざとらしく見せびらかせつつ。エレオノーラは私が差し出した手を掴みました。そして捻じって手の平を下へと向けさせます。あまりに強く握り締めるので苦悶の表情が浮かんでしまいました。

「身体中を巡り生命の糧となる血も流れ落ちれば不純、とも解釈できます。程よく浄化なさったのでしょう? まさか神より与えられし奇蹟でエレオノーラ様を出し抜こうとするとは思いませんでしたが」
「キアラ様。わたくしはフォルトゥナ様よりお話を伺って耳を疑いましたよ」

 フォルトゥナと呼ばれた女性は黒いベールとウィンプルを脱ぎました。そして着ていた修道服も脱ぎますと中から清楚に質素に、しかし救済の象徴となるよう祭服にも似た風に華やかに彩らた服が露わになりました。そう、聖女たるエレオノーラと同じような。

「お初にお目にかかります。聖女の末席に名を連ねていますフォルトゥナと申します」

 まさか他の聖女に助けを求めるとは……。些か甘く見ていましたか。
 エレオノーラは私が手にしたままの試験用紙に早く指を押し付けるように迫ります。フォルトゥナが神より授かった奇蹟がどのようなものかは存じませんが、今度同じように血を浄化しても見抜かれてしまうと考えて良さそうですね。

「さあキアラ様。観念なさって嘘偽りの無い結果をわたくしにお見せなさい」
「嘘偽り無く、ですか」

 ですが、甘い。その程度は想定済みです。
 私は手早く検査を済ませて結果の現れた用紙をエレオノーラに見せびらかせました。エレオノーラは声を挙げて私から紙を取り上げました。そしてわなわなと両手を震わせます。強く握り締めたせいで紙はくしゃくしゃに折れ曲がりました。

「嘘……在り得ない!」
「認めたくなくともこれが正しい結果に違いありません」

 結果は前回とほとんど同じでした。付着した血がわずかに滲んで指紋がぼやけた程度に終わったのです。
 エレオノーラは私の指から血を拭うと自分の口に含めました。希望が叶わなかったのか彼女は愕然とします。
 フォルトゥナも同じように一言詫びてから私の指を舐め取りました。彼女の方は冷静沈着なもので、軽く息を吐きました。

「……エレオノーラ様。残念ですが今度は血の味がします」
「そんな筈はありません! わたくしは確かに神より天啓を授けられて……!」
「神はキアラ様が聖女であるとは断言なさらなかったんですよね? 単に貴族令嬢に留まらない成功を収めるとのお告げだったのかもしれません。些か早計だったのでは?」
「違います! どうやったのかは分かりませんが、きっとまた何らかの形で嘘を……!」

 認められないエレオノーラと受け入れたフォルトゥナは対照的でした。とは言えどちらも間違ってはいないと思います。フォルトゥナは検査結果から素直に判断し、エレオノーラは神託を絶対視しているだけなのですから。

 ……嗚呼、ですが確かに今回も欺きましたね。

 手口は簡単。私がずっと手にしていた検査用紙の方を浄化したのです。聖女の血に反応する特別な聖水も打ち消されてしまい反応が鈍っただけに過ぎません。きっと今お二人のどちらかが鮮血を垂らしてもそう広がりはしないでしょう。

「エレオノーラ様!」

 更には思いもよらぬ重大な事態が起こってしまえばもう私に嫌疑は向きません。
 二人の神官が血相を変えて入室してきました。よほど慌てていたのか息もきらしています。

「どうかしましたか?」
「その、先程検査しましたセラフィナ様が陽性の反応を……!」
「新たな聖女候補だったのです!」

 すなわち、妹の聖女適性発覚によって。
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