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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「死後も迷惑をかけるのは抗議ものですよ」

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「皇帝にふさわしいのはこの俺だ。首を洗って待っているんだな」
「せいぜい頑張るんだね。ぼくが次の皇帝になるに決まっているから」
「もはや兄様達には任せられませんね。黒曜宮、行きましょう」
「は……はい、猫目のお姉さん」

 結局、各皇子皇女はいずれも一歩も退かずに会食は解散となった。
 今後は宮廷内の支持を得て己の正当性を確立しようと動くのでしょう。

「それで、わたしの殿下はどなたを支持するんですか?」
「考え中。そもそもまだ成人したばっかの僕が集められる支持層なんてこれっぽっちも無いんだから、味方としては頭数にも入らないんじゃないかな?」
「それもそうですが、魅音を押し付けられている以上は無関係ではいられません」
「引きこもりは許されないんでしょう? 分かってるよ」

 なお、暁明様はその段階でどなたも支持しないことは明言していた。それからら自分は皇帝の座に興味が無く、誰が皇帝になっても全霊を込めて尽くすことを改めて誓った。義兄達から何も言われなかったのは暁明様の推測通りなんでしょう。

「ちなみに遺書を残す前に皇帝が亡くなった場合を想定して法は定められてないの?」
「確か三省、そしてその長たる三公の支持を得れば、とされておるな」
「今回は無理ねー。軍事を司る太尉は青玉宮殿下を、立法を司る御史大夫は翠玉宮を支持しているもの。行政と司法の執行を補佐する三公の長こと丞相は文官と武官の諍いに愛想をつかして猫目宮殿下に賛同する意向を示してるみたいだし」

 徳妃様と貴妃様の話によれば、本来なら皇位継承争いで国が割れないよう皇帝が後継者を定めなければならず、天災等の不測の事態が起こった場合は三公が決める段取りらしい。けれど今回はその三公がそれぞれ違う皇子を担ぎ上げているわけだ。

 じゃあここからどうやって皇子達が皇位継承まで持ち込むか、だけれど、第二皇子が文官から支持を集めるのはまず不可能、逆も然り。完全に宮廷内の勢力は硬直状態に陥ってしまっていた。この状況を打開するには別の手が必要だ。

「青玉兄とか翠玉兄はどうやって皇帝になろうとしてるのかな? 青玉兄だって禁軍を動かして力づくで制圧する馬鹿な真似はしないだろうし、翠玉兄だって賢いんだから軍事費を削って干上がらせるわけないし……」
「であれば、伝国璽を確保する他あるまいて」

 他の皇子達が去って静かになった会食の席、徳妃様は残ったお茶をすすりながらつぶやいた。それを聞いた貴妃様は僅かに眉をひそめ、淑妃様は残された菓子に串を刺そうとする手を止めた。

「伝国璽?」
「歴代皇帝が代々受け継いできた皇帝専用の玉璽よ。それが捺された公文書は天子の名において法律や慣習等の全てに優先される勅命になるの。さっきの遺言にもされていたでしょう?」
「宮廷内の支持が五分なら伝国璽を所持する者が次の皇帝となる、と見なしてよいな」

 伝国璽とやらは帝権の象徴であり、それを持つ者が天子である。例え皇帝に指名された者でもそれを所持しない限りは認められない。紛失なんてしたら最後、権威を失うどころか大罪を犯したとして処刑すらされかねないんそうだ。

 そのため皇帝はいついかなる時も肌身から離さずに持っていたんだとか。少々品の無い話になると、少なくとも貴妃様や徳妃様との夜の営みでも皇帝は肌身離さずにいたらしい。

「少なくとも今日死装束を身に纏った皇帝陛下は伝国璽を持っていないようじゃった」
「葬儀の段取りをした黒曜兄とか猫目姉が回収したとか?」
「だったらさっきの場でわざわざ翠玉宮達へ宣戦布告の意思表示するだけに留まらないで、堂々と宣言してたと思うわ」
「では伝国璽は今どなたがお持ちなんでしょうか?」
「伝国璽の重要性を知っている皇帝陛下直属の近衛兵が預かっている可能性が一番高そうだけれど……陛下亡き今、青玉宮殿下や彼を支持する太尉が命じれば献上しざるをえないと思うの」
「かと言って身の回りの世話をする宮廷内の使用人や女官達は猫目宮殿下の管轄であろう? その線も無いと考えて良いな」

 賢妃様による凶行と葬儀の日は少なからず日数を重ねている。その期間でも水面下では我こそは次の皇帝とならん、とばかりに動き回っていたに違いない。とすれば、伝国璽を確保しようとそういった捜索は既に始まっているんでしょう。

 なのに葬儀の時点でそんな重要な代物の行方を誰も把握していない。これは正に異常事態だった。
 お互いに意見を交わしている内に事の重大性を察したのか、貴妃様と徳妃様のお顔が険しくなっていった。

「陛下の遺体から奪った何者めかが何らかの意図で隠したのか?」
「何のために? たかが判子を手にしただけではただの簒奪者、春華国の権威は手に入らないわ。天より選ばれたって臣下や民を納得させる実績が無いと」
「献上する代わりにご贔屓を、のような俗物的な動機だったら良いのだがな」

 結局会食の席ではどれも推測の域を出ずに終わり、解散となった。

「母上、既に夜も更けてるし、紅玉宮に泊まっていたらどう?」
「あいにく妾は明日も朝早くから働かなきゃいかん。何せ陛下が亡くなったからな。陛下と子を成していない妃達を後宮から立ち退かせる手筈を整えねば」

 徳妃様方とは帰る際に別れた。何でも次の日の朝一から後宮の整理で忙しいんだそうだ。彼女達に出来るのは自分の息子を次の皇帝にと天に願うか、実家等に助力を請うぐらい。基本的には次の皇帝が選出されるまでは後宮で見守るだけらしい。

 で、とりあえずわたし達は兄皇子達の動きを見逃さず、勝ち馬に乗る……もとい、上手く流れに乗ることで暁明様と一致した。いざとなったらわたしの実家に逃げる手もある、とも頭の片隅に入れつつ。

 全ては暁明様とわたしの平穏な生活のために。
 ……そんなささやか願いの前に、またしても大きな壁が立ちはだかることになる。

「おかえりなさいませ紅玉宮殿下、紅玉宮妃様」
「出迎えありがとう。ご飯は向こうで食べてきたからもう要らないや。魅音はちゃんと食べた?」
「はい。……それより殿下、お話したいことが」
「ごめん、疲れてるから明日でいいかな?」
「いえ、今日中……出来れば今すぐにでも。一刻を争います」

 出迎えてくれた魅音はとても思いつめた表情で頭を垂れてきた。

 ただ事ではないと悟った暁明様は着替えを終えた後に自室に彼女を招き入れた。わたしは自分の部屋でさっさと寝ようとあくびをしながら彼女と廊下ですれ違おうとして、袖を掴まれて暁明様の部屋へそのまま引っぱられた。

「それで、話って何?」

 暁明様のお部屋は書斎と寝室の二つに分けられていて、どちらもあまり贅沢を凝らしていない、けれど物や調度品がそれなりに配置されている彼らしい空間になっていた。なお、わたしの私物もある程度持ち込まれていたりもするのだけれど。
 
 そんな中、書斎の方で応対を受けた魅音は、丁度両手で持てる大きさの木箱を机の上に置いた。重厚で繊細な塗りが施された箱、そして蓋が開かないよう縛られた紐からも粗品じゃないことが分かった。

「今日お二人が両陛下の葬儀へ出席されている際、紅玉宮……と言うよりわたし宛に小包が届きまして」
「小包? 別に僕は魅音が私的に何を受け取っても構わないけれど? それとも僕にあらためてもらいたい怪しい物だったとか?」
「それが……こちらだったんです」

 魅音は震えた手で箱の紐を解いた。中から取り出した物の包み紙も一枚一枚丁寧に外していき、最終的に現れたソレを暁明様へと差し出した。差し出したが、彼は受け取ろうとせずに目を見開いて凝視するだけだった。

 それは、つい先程まで話に上がっていた、伝国璽だった。

「どうして、コレが魅音に……? いやそもそもこれって本物?」
「本物の伝国璽です。これを手に即位の宣言をしたら明日にでも貴方様が皇帝です」
「どうして本物だって言えるの? もしかしたら精巧な偽物だったりしない?」
「本物を見たことがあるからです。今お話出来るのはそこまでですが……」

 そのやり取りを聞いていたわたしは一つの疑問が頭に浮かんだものの、口にはしなかった。どうして西伯侯家で生まれ育った魅音が伝国璽を見る機会があったのか、だったけれど、今はそんなことはどうでもいいか、とすぐ頭を切り替えたからだ。

「……何か手紙でも付いてたりしなかった?」
「いえ、何も。ただコレが布に包まれているだけでした」
「コレを使って僕に皇帝になれ、じゃあない感じか。誰が持ってきたか分かる?」
「取り次いだ侍女に確認を取ったのですが、赤ずくめで肌を一切露出させていなかったとか」

 わたしと暁明様は顔を見合わせた。やはり彼も驚いた様子だった。

 まさかの皇帝直属の近衛兵から送られてきた、だなんてね。どうしてこそこそとそんな真似をしたかは後で後で確かめるとして、この場ではそれより遥かに決めなければいけない重要な事項があった。

「紅玉宮殿下、こちらをどうしますか?」
「どうって……かなり難しい選択じゃない?」
「ですが宮廷内にどの陣営に与する間者が忍んでいるか分かったものではありません。貴方様がコレを所持していると明日に発覚する可能性すらあるかと」
「身の振り方を今すぐ決めろ、ってことかー」

 けれど皇帝になる気もなくどの兄皇子達にも肩入れする気は無い暁明様にとって伝国璽は無用の長物。かと言って三公いずれも支持する皇位継承候補者がいるから預けられないし、破壊なんてもってのほかだ。

「……隠す、とかどうかな? どうせ今まで見つかってなかったんだしさ」
「どこにですか? 発見された際に貴方様が隠したんだと知られないように工夫しなければ厳しいかと」
「うーん。雪慧はなにかいい考えある?」
「ええ、ありますよ」

 だったら暁明様もわたしも、ついでに魅音も疑われない場所に隠せばいい。

 わたしは伝国璽を包み紙を巻いた後に箱に入れて紐で縛った。それから布に包んで手に抱えた。あまりの手際の良さに暁明様も魅音も何も言い出さずにただ眺めているだけだった。

「じゃあわたし、今からコレ隠してくるので。先寝てていいですよ」
「ちょっと待ってよ。今から? それにどこに?」
「教えません。万が一何かあった時、全責任をわたしが被りますから」

 わたしは「行ってきます」と頭を下げて暁明様の制止を聞かずに出発した。

 月明かりのみが頼りな暗い夜の世界でも、不審者がいないか宮廷中を近衛兵が巡回している。けれど壁抜けの方術が使えるわたしにとっては警備の目を掻い潜るなんて朝飯前。あっという間に目的の場所にたどり着き、伝国璽の箱をしまい込んだ。

「皇太子殿下が預かっていた、と思われればいいのだけれどね」

 わたしは伝国璽を金剛宮、それも皇太子妃が使っていた隠し部屋に隠した。
 まさか主なき宮にあるだなんて誰も思うまい、と思いつつ。
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