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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「美しい者には罰を、ですか」

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 次の日はいつもどおりの朝を迎えたものの、わたしは皇子妃としての正装に身を包んだ。夜鈴がものすごく気合を入れてくれたので仕上がりは思わず絶賛した程だ。
 これなら堂々と公の場に姿を見せられる、と自信を持ったほどだ。

「では参りましょう、わたしの殿下」
「うん。行こうか僕の妃よ」

 いつもなら出勤する暁明様を見送っていたわたしはこの日は違った。彼とともに紅玉宮を出発した。
 彼が手を差し伸べてきたので、わたしは文句を口にしながらも自分の手を彼の手に絡ませた。……彼の手はいつの間にか大きくごつい、男の手になっていた。

 途中、わたし達は皇太子妃と合流した。いつものように挨拶を送ろうとするも、いつもと全く違った様子に思わず言葉を失ってしまった。
 わたしばかりでなく暁明様も驚いていたので、その異常さはわたしの錯覚ではないと確信できた。

「おはようございます、皇太子妃様」
「……」

 皇太子妃はまるでこの世の終わりに遭遇したかのようだった。背中を丸めてうつむき加減、目は見開かれてうつろ。いつもより化粧が厚いのは顔色の悪さや目の下の隈をごまかすためか。足元もおぼつかず、今にも倒れそうなぐらい弱り果てていた。髪や服は整えられていたから、きっとお付きの侍女が良い仕事をしたんでしょう。
 けれそそんな努力が台無しになるほど彼女は滅入っていた。何やらしきりに呟いたまま、挨拶して頭を垂れたわたしに気づきもせずに通り過ぎるぐらいに。

「皇太子妃様、顔色が良くありません。すぐにでも医務室に行きましょう」

 さすがに黙って見過ごせないと思ったわたしは皇太子妃に声をかけた。
 ようやく誰かから声をかけられたと気付いた彼女は苛立ち紛れに声の主、つまりわたしを睨みつけてきた。殺意すら込められていて正直悲鳴を上げそうだったのを今でも覚えている。

「あ……紅玉宮妃。ごめんなさい、驚かせてしまった?」
「わたくしの事なんてどうだっていいんです。それより気分が優れないようですが」
「ええ。昨日一睡も出来なかったもので」

 どうして、と言葉に出かけて慌てて口を閉じた。皇太子妃がここまで憔悴した要因なんて一つしか考えられなかったからだ。

 すなわち、皇太子が美少女にうつつを抜かしたためだ。

「いかに陛下のご命令だろうと無茶してはいけません。陛下にはわたしから説明致しますから、どうか安静に」
「大丈夫よ。心配してくれてありがとうね」
「ですが……!」
「大丈夫って言ってんでしょう……!」

 皇太子妃は鬼のような形相でわたしの手を振り払った。
 彼女は直後に息を荒げて自分の手を見つめ、ようやく何をやったかが分かったらしい。感情を抑制出来ていない辺り、この時の皇太子妃はとてつもなく追い詰められていたんでしょう。

「……駄目ね。これ以上は貴女を傷つけてしまいかねない。今日一日はわたくしに関わらない方がいいわ」
「皇太子妃様!」
「貴女は何も悪くない。これは皇太子殿下と私の問題だもの……」

 もう何も話すことは無いと会話を打ち切った皇太子妃は踵を返して再び歩み始めた。もはやわたしを含めた義理の妹達にとって頼もしくて尊敬する相手だった彼女からは見る影もなかった。

 たった一日で全てが変わった。しかしこれで終わりではないとの確信もあった。
 一体どうなってしまうのか、わたしはとてつもなく不安に駆られた。

 ■■■

 会議場には名だたる文官達が集っていた。春華国の政治がここで行われているかと思うと皆に敬意を払いたくなった。
 けれど皇子妃として姿を表したわたしが逆に敬われるので、納得いかずともわたしは立場に相応しく振る舞った。

「……随分と重々しい雰囲気ですけど、いつもこんな感じなんですか?」
「いや、僕もそう回数こなしてないから、何とも言えないかな」
「ああ、そう言えばわたしの殿下って成人したてでしたね」

 女性としての参加者はわたしを含めても両手で数えられる程度しかいなかった。どうも皇帝は自分の妃と皇子妃にのみ参加を命じたらしい。他は男性が占めていた。後から聞いた話ではごく一部女性の文官もいたらしいけれど、男装していたそうだ。

 上座におわす皇太子は座して会議が始まるのを待っている。ただし表情は険しく、ご機嫌斜めなようだ。
 その隣の皇太子妃は心配になるほど気分が優れていない。何度も皇太子の方へ視線を送るも皇太子は妃に一度たりとも気にかける様子はなかった。とてもいたたまれない。

 皇帝および皇后が来場、二人共表情が芳しくない。ただでさえ皇太后のご逝去で混乱の只中にある中でその元凶をどうするかで揉めているんだから、心労は計り知れまい。疲れを隠そうとしないのも頷ける。

「では、始めよう。皆の者、引き続き臆すること無く意見を述べよ」

 皇帝の言葉を皮切りに始まった美少女の処遇を巡っての会議は、前日暁明様から聞いていたより何倍も醜い……もとい、熾烈な意見の交わし合いになった。特にぶつかっていたのは皇太子と第三皇子だった。

「何度も言っているだろう! あれほどの美しさはもはや国として見過ごせない! 利用される前に国をあげて保護すべきだろう!」
「だから兄上の妃として迎え入れると? 皇太子の妃になる事の重要性をまだ分かっていないようですね。それより彼女はぼくが娶るべきでしょう。周辺諸国との外交の場に参加させれば相手は骨抜き。有利な条件を引き出してみせますよ」

 尤もらしい理由を並べてはいたものの、結局の所二人は美少女を我が物にしたい一心だとは明白だった。これを受けて皇太子派や第三皇子派の文官達が賛同する意見を補足してさらに混迷を深めていくこととなった。

「ええい、兄者も翠玉宮も見損なったぞ! あんな小娘一人に入れあげおって! 二度と目に触れないためにも蛮族共にくれてやれば良いのだ!」
「何を言うか青玉宮! それでは国が計り知れない損失を被るだろう!」
「一目見ただけで昨日の様だったんだから、相手に利用されたらお終いだよね。青玉の兄上ったらそんな単純なことも分からないのかい?」
「貴様ら……! どこまでふぬけるつもりだ!」

 そんな有様の兄と弟に第二皇子が怒鳴り声をあげるのだから更に収集が付きそうになかった。やはりこの場は皇帝に収めてもらう他無いのだけれど、皇帝は見苦しい言い争いに成り果てたこの場をただ眺めるだけだった。

「静まれ」

 けれど皇子達が日付をまたいでも自分の意見を曲げるつもりがないと悟ったのか、皇帝は一声で皆を黙らせた。さすがの皇子達も逆らえず、不満を抱えたままで口を閉ざす。

「まだ黒曜宮と紅玉宮、それから猫目宮の意見を聞いていなかったな。朕が許す、正直な意見を申せ」

 静観を決め込んでいた暁明様達が意見を振られ、こちら側に視線が集まった。
 暁明様は落ち着いた様子で兄たる黒曜宮こと第四皇子からと促した。容赦無いな、と思ったのはわたしだけではなく、第二皇女も呆れていた。

「ぼ……わたしは……彼女をとても綺麗だと思いました。まるで天女が目の前に降り立ったみたいで……」
「黒曜宮! 今は貴様の戯言を聞いている暇など……!」
「青玉宮、黙らぬか。それで黒曜宮よ、その感想を踏まえてあの娘をどう扱う?」
「僕のお嫁さんにしたいなあ、と思いました」

 とどのつまり、第四皇子がその選択でどれほど国に影響を及ぼすかの建前すら無しに美少女を欲しがったのだ。病弱な彼を片時も離れず世話をする黒曜宮妃が青ざめて見つめていたのが気の毒でならなかった。

 けれど私情を抜きにしたら有りかもしれない、とも思った。何せ第四皇子は普段寝込んでいるのもあって政治的影響力は皆無に等しい。皇子を嫁がせたなら西伯候の面目も立つし、第四皇子の妃なら立場的に宮廷での影響も限定的になるでしょうし。

「猫目宮はどう考える?」
「男性禁制の尼寺に送るべきかと。今後も兄様方のような争いを招きかねません」
「紅玉宮はどうか?」
「まずは西伯候に判断を委ねたらどうでしょうか? 娘さんに罪はありませんし」
「ふむ」

 第二皇女の意見は美少女が可愛そうって点を除けば一番無難か。ただその尼寺すら美少女の魅力にやられて堕落しそうで怖いのだけれど。
 暁明様の提案は完全に丸投げよね。むしろ西伯候は美少女を連れてくればこうなると分かっていたとも考えられ、この件を利用して西伯候にいちゃもんつけて罰すれば大幅に制限を加えられる。

「では妃達の意見も聞こう。そうだな……我が后はどうか?」
「猫目宮に賛同いたします、我が君。放っておくわけにはいきません」
「次に皇太子妃は?」

 いよいよ出番となって呼びかけられた皇太子妃は一瞬身体を震わせ、自分の身体を抱きしめながらも顔を上げた。アレが皇太子妃か、と何名かの文官が驚きを隠せなかったほどの形相だった。

「恐れながら申し上げますが、あの者は災いをもたらします。即刻消すべきです」

 そして目がすわった彼女は恐ろしい提案をしたのだった。
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