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第1-2章 後宮下女→徳妃付侍女(新版)

「汚いは誉め言葉ですね」

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「はい、これで将死ですね」
「ぐぬぬ……。妾の負けじゃ」

 小雨が降るある日のこと、徳妃様部屋の皆で盤上遊戯大会が開かれることになった。
 天気が悪いと他の妃と交流を深める、自室にこもって自分の技能を磨く、等の暇つぶしがあるものの、こうして侍女や我が子と団欒で過ごすのも悪くないでしょう。

 あいにく徳妃様部屋にはわたしを含めて名人級の者はおらず実力は拮抗。思うがままに駒を動かすから戦略も何もあったものではない。更に徳妃様に気を使って手加減したりもしないので、毎回勝者が異なるのがいつもの傾向だった。

 ただし、空気を読まない暁明様が来襲した日を除く。

「紅玉宮殿下はお強いのですね。もはや私共では全く相手になりません」
「だからいつも言ってるじゃないか。もう少し歯応えが出るよう勉強してよって」
「無茶言わないでくださいよぉ。わたし達、殿下みたいに頭良くないんですよ?」
「うーん。やっぱり僕だけもっと駒無くす方がいいのかな?」

 この方、全く自重しないでわたし達を蹴散らしてくれます。
 勿論実の母たる徳妃様相手にも容赦なし。以前は結構食い下がって再戦を挑む侍女もいたらしいけれど、今となっては手合割で挑んでもなお勝てないって体たらくだ。

 なお、わたしはただでさえ徳妃様部屋の中で負け越しの回数が多い方なのに暁明様に勝てるわけがない。自分で言うのもなんだけれど結構負けず嫌いなので一度挑んだら最後、彼の体力が尽きて寝落ちするまで勝負を申し込みまくる戦法を取りたくなる。

「じゃあ次は雪慧とだね」
「ええ、そうですね」
「どうする? この前みたいに初めから棄権する?」
「いえ。暁明様には悪いですが、今日は勝ちますよ」

 だから、その日はからめ手を用意してきた。

 わたしは盤上に置かれた駒を初期配置にしようと伸ばされた暁明様の手を止めた。そしてわたしは駒を片っ端から入れ物の箱に放り込み、零れ落ちないよう逆さに盤上に置いた。揺らさないようゆっくりと持ち上げると、駒の山が出来上がっていた。

「象棋崩しで勝負です」
「……象棋崩し?」
「あれれ~? もしかして暁明様、お上品な本象棋しか知らないんですかぁ~?」
「むっ。知らないものは知らないよ」

 あえて人を小馬鹿にしか感じで挑発すると暁明様はいともたやすく乗ってくれた。
 ちょろいわね、まだまだお子様よ。
 そう思う反面こうも簡単に自分を面に出すようだと謀には向いてないかも、と心配にもなる。

 まともに勝負して勝てないならそもそも勝負しなければいいってわけよ。象棋って盤上遊戯の駒と盤は用意されているけれど本象棋じゃなきゃ駄目とは決まっていないもの。
 反論は認める。口車に乗せるけれど。

「異種競技みたいなものです。象棋崩しの遊び方は簡単で、この詰まれた山から駒を一人一回だけ指一本だけで盤外まで持っていくんです。ただし、その際音を立てたら駄目です」
「ふぅん。結構簡単そうだね」
「春華国の駒は全部円柱ですからね。駒が五角柱だったり細長かったりする国もあるそうですから、そっちでやる方が面白いんでしょうね」
「こんな遊び方は聞いたこと無いんだけれど、雪慧が考えたの?」
「まさか。でも本象棋をやるにはまだ早い子供向けなのは否定しません」

 わたしは勢いのままに伸るか反るかを迫った。
 暁明様はしばらく盤上を見つめ、やがて面白そうだと口角を吊り上げた。

「いいよ。じゃあやろうか」
「さすがです。先手は譲りますよ」

 暁明様は積み上げ損ねて平置きになっている駒に指を伸ばし、盤外に滑り落とした。当然その間部屋の中で聞こえてきたのは駒と盤が擦れた音のみだ。

「はい、次は雪慧の番だよ」
「そう言えば成功したら手番を続けられるか否かを決めてませんでしたね。どうします? わたしは続けられる方で良いと思いますけれど」
「それじゃあ先手貰った方が有利じゃん。いいの?」
「構いません。遠慮なく取っちゃってください」

 暁明様は続けて平置きの駒と立った状態の駒を手に入れていった。そうして後は斜め立てかけ状態だったり積みあがった駒ばかりになった。
 ここからが本番な状況に差し掛かって暁明様の顔が真剣なものになる。

 彼は恐る恐る斜めかけの駒に指を伸ばして……滑らせて音を立ててしまった。駒は盤上に平置きの状態になる。
 失敗した、と愕然とする暁明様を不覚にも可愛いと思ってしまった。

「ああ……っ」
「はい、じゃあ次はわたしの手番ですね。これは遠慮なくいただいちゃいます」
「うーん。まあ、しょうがないかな」
「こうやって自分が失敗すると相手が有利になっちゃうので気を付けましょうね」

 わたしは斜め置きの駒があと一つになった辺りでわざと失敗する。「残念」と口にして暁明様の手番だと促すと、彼は意気揚々とその駒を自分の手元に引き寄せた。
 残った駒は全て積み重なって複雑な塔を形成している。

「これ、指一本なら駒のどこでも触っていいんだよね?」
「どうぞ。ただし指の平で触れてくださいね」
「それでもいいよ。一番下の駒を押せればいいんだから」
「成程。一気に複数を取るつもりですか」

 暁明様は駒に意識を集中、凝視しながらゆっくりと駒の塔へと指を伸ばしていく。机を挟んで向かい側に座っていたわたしが手を振っても気付いていないようだった。
 わたしは期待通りの展開に思わずほくそ笑んだ。

 音をたてないように立ち上がり、暁明様の後ろに回る。
 文月が何かを言おうとしたので静かにするよう仕草した。他の侍女方も一体何をするつもりだとこちらに注視し、徳妃様はいいぞやれとばかりに悪い顔で笑みをこぼす。

 暁明様が駒の塔に指を置き、慎重に動かし始めた辺りでわたしはかがみ、彼の耳元にゆっくり、そして触れないよう顔を近づけた。

「ふっ」
「うわあぁっ!?」

 そして必殺の一撃。
 相手は驚く。
 何のことは無い。耳に軽く息を吹きかけただけだ。

 しかし効果は抜群。暁明様は大笑いしたくなるぐらい大きな声をあげて手元を狂わせた。
 その拍子に触れていた駒の塔は音を立てて崩れ落ちていく。

「あああ……っ!」
「あっははは! 盛大に崩れましたねえ。じゃあ次はわたしの手番ですね」

 で、崩れた駒は嘆く暁明様を尻目にわたしが容赦なくいただきます、と。手駒を増やしてくわたしに彼は恨みと怒りがこもった眼差しを送ってきた。
 とはいっても悪ふざけの範疇なのもあってまだ堪忍袋の緒が切れた様子ではない。

「卑怯だぞ! 反則だよね今の!」
「えー? 別にわたし、机を揺らしてませんし暁明様に触れてもいませんし?」
「息吹きかけるのは駄目! 分かった?」
「はーい。分かりましたー」

 徳妃様は声をあげて爆笑中、他の侍女方は大人げないわたしに呆れ果てていた。あと侍女長が若干怒っているようだったので、多分後で説教確定だろう。
 だが勝てばよかろうなのだの精神で許してほしい。

 あいにく今の一撃でも駒の山は完全には崩れ切れておらず、この手番での攻略は困難だと判断したわたしはやはりわざと音を鳴らして切り上げた。
 暁明様はここでようやくわたしがわざと失敗したんだと気付いたらしく、難しい顔をなさる。これもまた味がある。

「雪慧さ、この遊び結構やりこんでるでしょう?」
「さて? ご想像にお任せします」
「また僕に失敗させて大量に自分の手中にしたいんだろうけれど、お生憎。残りは全部頂かせてもらうから」
「頑張ってくださいまし。わたしも心から応援しますから」

 暁明様は再び駒の山に集中、真剣な面持ちで指を伸ばしていく。
 侍女達はその様子を固唾を飲んで見守る。そして母親であらせられる徳妃様は息子の頑張り……ではなくわたしを見つめていた。期待を込めた眼差しで。

 わたしも顔のにやけを抑えられないまま再び暁明様の耳元に顔を近づけていく。
 彼の失敗はただ一つ。対戦相手のわたしに後ろに回られたままで着席を促さなかった点だ。一度注意すれば反省するとでも信じたんでしょうね。

「がんばれー」
「うわっ!?」

 そして囁きの応援を送った。
 また暁明様は驚いて駒の山を崩した。

「あ、ああっ……!」
「じゃあ残りは全部貰っちゃいますね。はいわたしの勝ちー」
「汚いぞ! ずるしてでも勝ちたいの!?」
「妨害を考慮して根を潰しておかない暁明様が迂闊なだけですよー」

 こうしてわたしは将棋崩しで大勝した。
 けれどこれ以降暁明様との勝負が化かし合いになっちゃった上にこの一件については今でもねちねち言われているので、最善の手だったかは考え物だろう。
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