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52 戦場の奇跡・神界への殴り込み

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 いち早く、ティンクが魂の結界を回収する為に精霊界へ飛ぶ。
 エポナさんは猶予なく分身を作り出し、医療魔法で怪我人の治療に当たる。
 この現場では、命の交換によって死者が次々と蘇生していく。
 ベルゼビュートが恵の雨を凄まじい勢いの霧に変え、戦災被害にあった町を包み込む。
「復元!」
 一瞬で霧が晴れると、町は戦禍をこうむる前の状態に修復された。  一連の奇跡を目の当たりにした人々が、中空に浮く私達を拝み始める。
 今日まで辛い思いをしてきた人々の為に、奇跡を起こし続けてきた私達からすれば当り前の現象。
 ミカエル側からすれば、強い脅威と受け止められる光景のはずだ。
 ミカエルは何も言わず、慌てて帰っていった。

 神界は、神同士の揉め事を解決する努力していない。
 数千年間も、人間を使って諍い続けてきた。 
 これくらいの脅しで済むと思うな。
 人間をないがしろにして、それどころか食い物にしてきたのに、神達は我が強く、互いを理解しようとしない。
 呆れかえるばかりだ。
 ミカエルが、この現状に気づいてくれれば良いのだけど‥‥。
 仮にミカエルが何も悟れず、上級神の命じるまま働いたとしても、もはや恐れることはない。
 今の私達なら、神界の神達総てが敵にまわったとしても、難なく対抗できるに違いない。
 神界に対しての警告はこれで十分だ。
 上級神がどんなに足掻いても、もはや逃げ道など何処にもない。

 このまま神界に乗り込み一気に決着を付けようとしていると、先ほど救った住民達が宴に招いてくれた。
 折角の申し出だ、断るのは失礼というもの。
 貯えてあった食材を、手土産として持ち込む。
 かがり火にキャンプファイヤー。
 そんな中、神託を聞いて戦意を失い、一度は戦場から逃げ出した兵士達が、戦いの止んだ村に再び戻って来た。
 死んでしまえば善も悪もない。
 命の交換で出来た兵士の遺体を、近くの墓地に埋葬する為だ。

 逃げた兵士達。
 元は善良な市民だった人達で、徴兵され無理やり戦場に駆り出されていた。
 故郷に帰るにしても、ここに留まるにしても、それぞれの道を行くのは状況が落ち着いた明日からにしている。
 ベルゼビュートがそんな元兵士達に、チスイウサギとクックバットの丸焼きを差し入れる。
 元兵士達が故郷を思い出したか、これまでの無慈悲な戦場が頭をよぎったか、丸焼きを食べながら声を押し殺し泣いている。

 ティンクの呼びかけで集まった精霊達が、魂の結界を集め終わって宴に加わっている。
「なっちゃん。ねえー、魂の結界は回収して精霊界に収めたからいいんだけど。命の結界がいーっぱい出来ちゃってるの、どうする」
 はて、命の結界がいーっぱいとは、いかなる事態か。
「ティンクちゃん。何、その『命の結界がいーっぱい』って」
「兵士達の命がね、いーっぱい余ったの」
 いーっぱい余ったってか‥‥‥どうすべか。
 命の交換は、何らかの因果関係にある加害者側の集合と被害者側の集合の間でしか実行できない。
 必ずいく人分かの誤差が生じるのは気づいていた。
 以前の場合は、少し余った命の結界を私のガレージに保管した。
 今回余った命の結界と、前回余った命の結界を無理やり使って、既に埋葬済みの遺体を生き返らせるのは、倫理上も精神衛生上も‥‥‥ゾンビって事になっちゃうから‥‥‥やはりいかんでしょう。

 何時か必要になる時もあるだろう事は容易に想像できる。
 このまま保管しておくのも一つの手だ。
 だけどもそれって、本来の目的から外れているし、利用する為の方法が分からない。
「暫定的措置として、私立異世界博物館に保管してもらいましょう。しずちゃんなら、きっと許可してくださいますわ」
 ここはエポナさんの意見に賛成で一票だな。
 困った問題も暫定的に解決したし、これで一件落着。
 各界の監視役と、昼間はどこかに雲隠れしていたフェンリルも加わって、奇跡の後にはお決まりの宴。
 ワイバーンの大きな鍋を囲んで、深夜までお祭り騒ぎが続いた。

 祭りの後の寂しさは必ずやってくるもので、ひっそりした会場で何時ものように、エポナさんが残り食材の後片付けをしている。
 私とティンクも手伝って、さっさと片付けを終わらせたら、ゆったりお風呂で明日の為に体を休める。

 いよいよ神界に乗り込み、会費の徴収をする朝。
 ルシファーが刀の手入れ、ベルゼビュートは槍の手入れ。
 誰が見ても、すっかり殴りこみの様相だ。

「朝食が出来ましたよー」
 エポナさんが出してきたのは、かつ丼。
 勝負っ気が満ち溢れている。
 朝から、重たいんですけど。

「集金ですけど、どこに行けばいいんですか? 私、上級神の居場所なんて知りませんよ」
「それならば問題ありませんわ。元天使がお二人もいらっしゃいますから」
 ルシファーとベルゼビュートが、互いに指さし合っている。
 そうだったね。
 ルシファーとベルゼビュートは、この世界で天使だったね。
 今は見る影もない悪魔だけど‥‥。

 朝食後に一休みしてから、出発前の準備運動をしていると、魔王アスタロトと地獄の蠅騎士団や魔界の精鋭達が合流してきた。
 昨晩、私達が仕事をしていた昼間は居なくて、夕飯だけ食いに来ていたフェンリルはまたもやふけた。
 何してるんだか。
 あてにならない奴は置いて行くとして、神界へひとっ飛び。

 出た先は、ギリシャ神話に見られるような巨大神殿。
 十二神が勢揃いしている。
 ちょっとあせっちゃいましたけど、私達は総勢大勢。
 数では完全に勝っている。
 ここは威厳をもって、気高く且つおしとやかに。
「お忙しい所すみません。私立異世界博物館付属図書室所属異世界司書の菜花奈都姫と申します。未払いの会費をいただきにまいりました。経理の方、いらっしゃいますか」
「そんなもの天界にはおらん。見れば下世話で薄汚い人間ではないか。異世界司書の質も地に落ちたものだのー。人間ごとき、我等のような上級神に目通りさえ叶わぬ。我等にへつらい貢いでいればそれでよいのだ。我等の機嫌のいいうちに、さっさとここから消えて失せろ。さもなくば、後ろに控えたウジ虫共々、我が神術で灰も残らぬまでに焼き尽くしてくれるぞ」
 ふんぞり返ったデカオ君が、無駄にワンワン吠えている。 

「何ですか、あの、いかれ唐変木。ちょっとむかつくんですけど。下手に出てやればいい気になって、自分の立場が分っていない御様子だわよね」
「アレースです。この世界の神界で一番好戦的・横柄・残忍な厄介者です。話の通じる相手ではありません」
 解説しながらルシファーが構える。
 ベルゼビュートも槍を掲げる。
「陣組めー」 
 魔王アスタロトの号令が飛ぶ。
 地獄の蠅騎士団と魔界の軍団が、交戦に備えて陣形を組む。
 エポナさんは十二神中の女神と親しげ。
 手を振りあって挨拶している。
 ティンクは麒麟にまたがって上機嫌。
 二人からは緊張感の欠片も感じ取れない。

「ご自分の立場がよく分かっていないようですので御忠告いたしますが、人間界では既に貴方を神として扱っておりません。したがって、貴方が持っている信者の信仰エネルギーは、殆ど残っていない状態です。人間の信仰は、貴方がウジ虫と言った、そこのベルゼビュートに向いています。もはや、下世話な人間である私と戦っても、貴方に勝ち目はないのですよ。最後です。貴方の言い残したい事は、それだけでよろしいですね」
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