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決別

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「優しい貴方の目を、曇らせる必要はありません。健太、私と一緒に行きませんか?」
「……二人だけで?」
「えぇ。元の世界に帰してあげる事は出来ませんが、健太が穏やかに暮らしていける場所へなら、お連れ出来ます」
「行く、行きたい。リロイと一緒に」

 振り返って前のめりに頷く健太に、リロイは嬉しそうに微笑んだ。
 リロイの提案は、健太にとても優しいものであり、断る理由はない。

 正直、これまで目標としてきた魔王討伐から手を引く事には、まだ多少の躊躇はある。
 人々が平和に暮らしていく為に必要な事だと、最初からずっと言い聞かされ続けてきたのだから。

 だが、ここまで旅を続けて来たからこそ、わかった事もある。
 モンスター達は、人間側が何かして恨みを買ったり、こちらから戦いを仕掛けたりしなければ、殺意を向けてくる事は稀なのだ。
 その証拠に、リロイが仲間に入って結界を張ってくれる様になってから、戦闘という戦闘は行われていない。

 リロイの術が強力だという所は、勿論あるだろう。
 町や村の人々からもたらされる理不尽な依頼を、「魔王討伐を急ぎたいから、と言って断れば良いのですよ」とリロイが助言してくれてから、引き受けなくなっていたのも大きい。

 依頼を断り始めてからは、結界に近づけず遠目からこちらを伺うモンスター達から、一方的で理不尽な殺意を向けられた記憶はない。
 もしかしたら、人間達が口々に「倒せ」と叫ぶ魔王だって、同じなのではないだろうか。

 実際、「魔王様のご命令で」といった様な理由で、町や村を襲っているモンスターには、今まで出くわしていなかった。
 健太がこの世界に召喚される前と後で大きく変わったのは、チート級の能力を持つ勇者を得て、人間側が優位に立てる様になったというだけなのだ。

 思い起こしてみれば、町が一つ滅ぼされたとか、今にも魔王軍が王国に攻め込んで来そうだとか、そういう緊迫感を体験した事もない。
 ゲームやアニメでは悪役である事が多いから、健太が勝手に悪い魔王像やモンスター像を描いて、「国を救え」という王の言葉をそのまま信じてしまっていただけだ。

 けれど、それがただ単に「邪魔者を排除すれば、国が豊かになる」という意味でしか、なかったのだとしたら。
 共存出来るかもしれないという可能性を模索したりせず、ただ高い能力を持つ勇者を召喚して、都合良く使おうとしていただけなのだとしなら。

 魔王討伐は人間だけが平和に暮らしていく為の目的であって、実際は人間側の一方的な殺戮である可能性だって捨てきれない。
 もしかしたら、健太が手を出さない方が、この世界の均衡は正しく保たれる可能性さえある。
 王国や女性達の言葉を鵜呑みにするのを止めてみれば、見えてくる景色は随分違っていた。

 リロイから差し出された手をしっかりと握って、二人で歩き出そうとすると、階段側に居た女性達に慌てて道を塞がれる。

「お、お待ちなさい。一体どこに行くのです」
「真実を知った健太が、これからも貴方達と行動を共にするとお思いですか? 健太は、私が貰い受けます」
「ま、待て! 魔王討伐は……」
「どうぞご勝手に」
「そんな! アタシ達だけで、太刀打ち出来る訳ないじゃない」
「勇者の能力を望むなら、初めから誠実に向き合えば良かったのです。健太を蔑ろにしたツケは、自分たちで払うのですね」

 女性達に返すリロイの言葉は正論過ぎた。
 慈悲もなく、バッサリ言い切ってくれた気持ちよさも相まって、健太の心は軽くなる。
 リロイのお陰で、健太は凝り固まっていた表情を、ようやく緩められた。

「俺の事は、もう放っておいてくれ。そっとして置いてくれるなら、心配しなくても王国に、楯突いたりなんかしない」

 女性達が心配しているのは、勇者としてチート級の力を持つ健太が、王国への脅威となるか否かなのだろう。
 騙されていた事にも、不必要に命をかけさせられていた事にも腹は立つが、復讐してやろうとか仕返ししてやろうとか、そういう気持ちにはならなかった。

(そんな事をしても誰も幸せにはなれないし、俺が元の世界に戻れる訳でもない)

 冷たく言い放つと、これ以上引き止めれば引き止めるほど、自分たちが不利になるばかりだと悟ったのか、女性達は黙って道を空けた。

 悔しそうな表情の魔法使いと、王国への忠誠だけが全てと言わんばかりの剣士は、健太とリロイが去って行くのをじっと睨み付ける様に見つめている。
 だが聖女だけは、少し俯いてぼそりと「ごめんなさい」と呟いた。

 王女でもある聖女は、その立場故に健太を一方的に呼び出し、騙す様にして旅立たせるまでの経緯を、全て知っていたのかもしれない。
 彼女は彼女なりに、自分の国を平和にしたい一心だったのだろう。

 だからといって、健太の人生を一変させておいて、既成事実を目論むばかりか実際に襲っておいて、本心かどうかも分からないそんなたった一言で、簡単に済ませられて良いはずはない。
 けれど、咄嗟に口から出たのなら嘘ではないだろうから、その謝罪の言葉だけは、受け入れても良いと思える。

 流石に「許す」という言葉はあげられないが、健太は小さく頷いて謝罪に応え、リロイと共に宿を後にした。
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