14 / 22
決別
しおりを挟む
「優しい貴方の目を、曇らせる必要はありません。健太、私と一緒に行きませんか?」
「……二人だけで?」
「えぇ。元の世界に帰してあげる事は出来ませんが、健太が穏やかに暮らしていける場所へなら、お連れ出来ます」
「行く、行きたい。リロイと一緒に」
振り返って前のめりに頷く健太に、リロイは嬉しそうに微笑んだ。
リロイの提案は、健太にとても優しいものであり、断る理由はない。
正直、これまで目標としてきた魔王討伐から手を引く事には、まだ多少の躊躇はある。
人々が平和に暮らしていく為に必要な事だと、最初からずっと言い聞かされ続けてきたのだから。
だが、ここまで旅を続けて来たからこそ、わかった事もある。
モンスター達は、人間側が何かして恨みを買ったり、こちらから戦いを仕掛けたりしなければ、殺意を向けてくる事は稀なのだ。
その証拠に、リロイが仲間に入って結界を張ってくれる様になってから、戦闘という戦闘は行われていない。
リロイの術が強力だという所は、勿論あるだろう。
町や村の人々からもたらされる理不尽な依頼を、「魔王討伐を急ぎたいから、と言って断れば良いのですよ」とリロイが助言してくれてから、引き受けなくなっていたのも大きい。
依頼を断り始めてからは、結界に近づけず遠目からこちらを伺うモンスター達から、一方的で理不尽な殺意を向けられた記憶はない。
もしかしたら、人間達が口々に「倒せ」と叫ぶ魔王だって、同じなのではないだろうか。
実際、「魔王様のご命令で」といった様な理由で、町や村を襲っているモンスターには、今まで出くわしていなかった。
健太がこの世界に召喚される前と後で大きく変わったのは、チート級の能力を持つ勇者を得て、人間側が優位に立てる様になったというだけなのだ。
思い起こしてみれば、町が一つ滅ぼされたとか、今にも魔王軍が王国に攻め込んで来そうだとか、そういう緊迫感を体験した事もない。
ゲームやアニメでは悪役である事が多いから、健太が勝手に悪い魔王像やモンスター像を描いて、「国を救え」という王の言葉をそのまま信じてしまっていただけだ。
けれど、それがただ単に「邪魔者を排除すれば、国が豊かになる」という意味でしか、なかったのだとしたら。
共存出来るかもしれないという可能性を模索したりせず、ただ高い能力を持つ勇者を召喚して、都合良く使おうとしていただけなのだとしなら。
魔王討伐は人間だけが平和に暮らしていく為の目的であって、実際は人間側の一方的な殺戮である可能性だって捨てきれない。
もしかしたら、健太が手を出さない方が、この世界の均衡は正しく保たれる可能性さえある。
王国や女性達の言葉を鵜呑みにするのを止めてみれば、見えてくる景色は随分違っていた。
リロイから差し出された手をしっかりと握って、二人で歩き出そうとすると、階段側に居た女性達に慌てて道を塞がれる。
「お、お待ちなさい。一体どこに行くのです」
「真実を知った健太が、これからも貴方達と行動を共にするとお思いですか? 健太は、私が貰い受けます」
「ま、待て! 魔王討伐は……」
「どうぞご勝手に」
「そんな! アタシ達だけで、太刀打ち出来る訳ないじゃない」
「勇者の能力を望むなら、初めから誠実に向き合えば良かったのです。健太を蔑ろにしたツケは、自分たちで払うのですね」
女性達に返すリロイの言葉は正論過ぎた。
慈悲もなく、バッサリ言い切ってくれた気持ちよさも相まって、健太の心は軽くなる。
リロイのお陰で、健太は凝り固まっていた表情を、ようやく緩められた。
「俺の事は、もう放っておいてくれ。そっとして置いてくれるなら、心配しなくても王国に、楯突いたりなんかしない」
女性達が心配しているのは、勇者としてチート級の力を持つ健太が、王国への脅威となるか否かなのだろう。
騙されていた事にも、不必要に命をかけさせられていた事にも腹は立つが、復讐してやろうとか仕返ししてやろうとか、そういう気持ちにはならなかった。
(そんな事をしても誰も幸せにはなれないし、俺が元の世界に戻れる訳でもない)
冷たく言い放つと、これ以上引き止めれば引き止めるほど、自分たちが不利になるばかりだと悟ったのか、女性達は黙って道を空けた。
悔しそうな表情の魔法使いと、王国への忠誠だけが全てと言わんばかりの剣士は、健太とリロイが去って行くのをじっと睨み付ける様に見つめている。
だが聖女だけは、少し俯いてぼそりと「ごめんなさい」と呟いた。
王女でもある聖女は、その立場故に健太を一方的に呼び出し、騙す様にして旅立たせるまでの経緯を、全て知っていたのかもしれない。
彼女は彼女なりに、自分の国を平和にしたい一心だったのだろう。
だからといって、健太の人生を一変させておいて、既成事実を目論むばかりか実際に襲っておいて、本心かどうかも分からないそんなたった一言で、簡単に済ませられて良いはずはない。
けれど、咄嗟に口から出たのなら嘘ではないだろうから、その謝罪の言葉だけは、受け入れても良いと思える。
流石に「許す」という言葉はあげられないが、健太は小さく頷いて謝罪に応え、リロイと共に宿を後にした。
「……二人だけで?」
「えぇ。元の世界に帰してあげる事は出来ませんが、健太が穏やかに暮らしていける場所へなら、お連れ出来ます」
「行く、行きたい。リロイと一緒に」
振り返って前のめりに頷く健太に、リロイは嬉しそうに微笑んだ。
リロイの提案は、健太にとても優しいものであり、断る理由はない。
正直、これまで目標としてきた魔王討伐から手を引く事には、まだ多少の躊躇はある。
人々が平和に暮らしていく為に必要な事だと、最初からずっと言い聞かされ続けてきたのだから。
だが、ここまで旅を続けて来たからこそ、わかった事もある。
モンスター達は、人間側が何かして恨みを買ったり、こちらから戦いを仕掛けたりしなければ、殺意を向けてくる事は稀なのだ。
その証拠に、リロイが仲間に入って結界を張ってくれる様になってから、戦闘という戦闘は行われていない。
リロイの術が強力だという所は、勿論あるだろう。
町や村の人々からもたらされる理不尽な依頼を、「魔王討伐を急ぎたいから、と言って断れば良いのですよ」とリロイが助言してくれてから、引き受けなくなっていたのも大きい。
依頼を断り始めてからは、結界に近づけず遠目からこちらを伺うモンスター達から、一方的で理不尽な殺意を向けられた記憶はない。
もしかしたら、人間達が口々に「倒せ」と叫ぶ魔王だって、同じなのではないだろうか。
実際、「魔王様のご命令で」といった様な理由で、町や村を襲っているモンスターには、今まで出くわしていなかった。
健太がこの世界に召喚される前と後で大きく変わったのは、チート級の能力を持つ勇者を得て、人間側が優位に立てる様になったというだけなのだ。
思い起こしてみれば、町が一つ滅ぼされたとか、今にも魔王軍が王国に攻め込んで来そうだとか、そういう緊迫感を体験した事もない。
ゲームやアニメでは悪役である事が多いから、健太が勝手に悪い魔王像やモンスター像を描いて、「国を救え」という王の言葉をそのまま信じてしまっていただけだ。
けれど、それがただ単に「邪魔者を排除すれば、国が豊かになる」という意味でしか、なかったのだとしたら。
共存出来るかもしれないという可能性を模索したりせず、ただ高い能力を持つ勇者を召喚して、都合良く使おうとしていただけなのだとしなら。
魔王討伐は人間だけが平和に暮らしていく為の目的であって、実際は人間側の一方的な殺戮である可能性だって捨てきれない。
もしかしたら、健太が手を出さない方が、この世界の均衡は正しく保たれる可能性さえある。
王国や女性達の言葉を鵜呑みにするのを止めてみれば、見えてくる景色は随分違っていた。
リロイから差し出された手をしっかりと握って、二人で歩き出そうとすると、階段側に居た女性達に慌てて道を塞がれる。
「お、お待ちなさい。一体どこに行くのです」
「真実を知った健太が、これからも貴方達と行動を共にするとお思いですか? 健太は、私が貰い受けます」
「ま、待て! 魔王討伐は……」
「どうぞご勝手に」
「そんな! アタシ達だけで、太刀打ち出来る訳ないじゃない」
「勇者の能力を望むなら、初めから誠実に向き合えば良かったのです。健太を蔑ろにしたツケは、自分たちで払うのですね」
女性達に返すリロイの言葉は正論過ぎた。
慈悲もなく、バッサリ言い切ってくれた気持ちよさも相まって、健太の心は軽くなる。
リロイのお陰で、健太は凝り固まっていた表情を、ようやく緩められた。
「俺の事は、もう放っておいてくれ。そっとして置いてくれるなら、心配しなくても王国に、楯突いたりなんかしない」
女性達が心配しているのは、勇者としてチート級の力を持つ健太が、王国への脅威となるか否かなのだろう。
騙されていた事にも、不必要に命をかけさせられていた事にも腹は立つが、復讐してやろうとか仕返ししてやろうとか、そういう気持ちにはならなかった。
(そんな事をしても誰も幸せにはなれないし、俺が元の世界に戻れる訳でもない)
冷たく言い放つと、これ以上引き止めれば引き止めるほど、自分たちが不利になるばかりだと悟ったのか、女性達は黙って道を空けた。
悔しそうな表情の魔法使いと、王国への忠誠だけが全てと言わんばかりの剣士は、健太とリロイが去って行くのをじっと睨み付ける様に見つめている。
だが聖女だけは、少し俯いてぼそりと「ごめんなさい」と呟いた。
王女でもある聖女は、その立場故に健太を一方的に呼び出し、騙す様にして旅立たせるまでの経緯を、全て知っていたのかもしれない。
彼女は彼女なりに、自分の国を平和にしたい一心だったのだろう。
だからといって、健太の人生を一変させておいて、既成事実を目論むばかりか実際に襲っておいて、本心かどうかも分からないそんなたった一言で、簡単に済ませられて良いはずはない。
けれど、咄嗟に口から出たのなら嘘ではないだろうから、その謝罪の言葉だけは、受け入れても良いと思える。
流石に「許す」という言葉はあげられないが、健太は小さく頷いて謝罪に応え、リロイと共に宿を後にした。
21
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
聖女召喚でなぜか呼び出された、もう30のお兄さん(自称)ですが、異世界で聖人することにしました。
藜-LAI-
BL
三十路のお兄さん(自称)ですが聖人出来ますか?
夜の街で王子として崇められるホストのリイトこと網浜依斗は、依斗の店のオーナーである白石秋成をストーカーから庇った瞬間、眩しい光に包まれて異世界であるサーチェスに召喚されてしまった!?
『俺がエロいんじゃない!これのせいでムラムラするんだ!!』
攻め→網浜依斗(聖人)30
受け→ジレーザ(神官)28
※受け攻め固定はなかなか書かないのでドキドキ。
【完結】召喚された勇者は贄として、魔王に美味しく頂かれました
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
美しき異形の魔王×勇者の名目で召喚された生贄、執着激しいヤンデレの愛の行方は?
最初から贄として召喚するなんて、ひどいんじゃないか?
人生に何の不満もなく生きてきた俺は、突然異世界に召喚された。
よくある話なのか? 正直帰りたい。勇者として呼ばれたのに、碌な装備もないまま魔王を鎮める贄として差し出され、美味しく頂かれてしまった。美しい異形の魔王はなぜか俺に執着し、閉じ込めて溺愛し始める。ひたすら優しい魔王に、徐々に俺も絆されていく。もういっか、帰れなくても……。
ハッピーエンド確定
※は性的描写あり
【完結】2021/10/31
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ
2021/10/03 エブリスタ、BLカテゴリー 1位
異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!
鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。
この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。
界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。
そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。
王子様のご帰還です
小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。
平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。
そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。
何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!?
異世界転移 王子×王子・・・?
こちらは個人サイトからの再録になります。
十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。
神獣の僕、ついに人化できることがバレました。
猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです!
片思いの皇子に人化できるとバレました!
突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています!
本編二話完結。以降番外編。
絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが
古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。
女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。
平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。
そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。
いや、だって、そんなことある?
あぶれたモブの運命が過酷すぎん?
――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――!
BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる