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激突

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 クリヤキンの店を出たボニーと店主は、隣の娼館『モリーの店』の扉をためらわずに押した。

 濃厚な甘い香りの空気がふわっと顔を打った。

 中に広がっているのは、やけに都会的な、「サロン」と呼ぶのがぴったりくるスペースだ。敷き詰められたカーペットや、座り心地の良さそうなソファや、しゃれたカップボードなどが、辺境の町には似合わない高級感を演出している。
 サロンは三階まで吹き抜けになっており、高い天井に吊るされた豪華なシャンデリアがほどよい薄暗さを室内に与えていた。 


 もう朝方なので、客待ちをしていた娼婦たちもあきらめて引き上げてしまったのだろう。
 フロアには女将おかみらしい赤毛の中年女が一人いるだけだった。

 女将は、若い頃は大変な美貌だったことがわかる派手な顔立ちの持ち主だった。黒いドレスに包まれた細身の体も、良いスタイルを保っている。脚を組んでソファに腰かけ、眉根を寄せて帳簿らしきものを眺めていた。

 彼女は厚化粧の顔を帳簿から上げ、入って来た二人を眺めた。


「あんたか。……いつか来るだろうと思ってたよ」

 その言葉通り、驚きの少しも含まれていない声と顔。

 電光石火の素早さで店主が銃を抜いた。ボニーはその速さに感心した。強化兵エラディケータでもなんでもない普通の人間にしては、すばらしい反応だ。
 店主は銃口を女将に向けた。

 女将は眉ひとつ動かさなかった。

「大丈夫さ。そんな事しなくたって、私は騒ぎ立てたりしない。あんたらに協力するよ。うちの女の子たちやお客さんにケガをさせないと約束してくれるならね」

「……?」

「あのネズミ野郎には、私もうんざりしてるのさ。あいつはクリヤキンさんとは全然違う。クリヤキンさんはちゃんとした人だった。商品に手をつけるなんてことは絶対にしなかった。……それがどうだい。あのビートって野郎。毎晩うちの女の子をとっかえひっかえだ。しかも無料ただで。役得だとでも思ってるんじゃないのかい」

「ビートはどこだ」

 店主が重々しく尋ねた。女将はサロンのいちばん奥を指さした。

 凝ったデザインの黒籐のついたてが、重厚な木の扉をつつましく隠している。
 あれがキャンディの言っていた"スイートルーム″の扉だろう。

 その扉の左側に、もう一つ別の扉があった。それほど重厚ではなく、いかにも勝手口といった雰囲気の飾り気のない扉だ。
 女将は次にそちらの扉を指さし、

「で、あっちが控室だ。ビートの手下は全員あそこにいるよ。ボスに何かあったらすぐに出て行けるよう、すぐそばで待機してるってわけさ」

「ビートは今、女と一緒なのか」

「そうなんだよ。だから……あんまり無茶な事はしないでちょうだい。うちの子にケガをさせないで。私にできる協力なら何でもするから」


 女将のせっぱつまった囁き声の途中で、突然その控室の扉が開いた。
 中から筋肉の塊みたいな若い大男が顔を出した。

 寝起きらしくぼんやりした顔をしており、アンダーシャツ姿だ。しかし腰にはしっかりガンベルトが巻かれている。

 ボニーたちに気づいた瞬間、その顔が驚愕に歪んだ。

「なんだ、てめえらっ!!」

 次の瞬間、大男の首から上が深紅の小爆発を起こした。
 店主が撃ったのだとボニーが理解した頃には、頭を失った体が仰向けに倒れていくところだった。


 何の打ち合わせもしたわけではなかったが。
 ボニーが近くにあった長椅子を別の長椅子の上に積み上げて即席のバリケードを作っている間に(普通の人にはできない。三人掛けのアンティークな長椅子は、人間が一人で持てる重さではない)、店主が、呆然としている女将を長椅子の陰へ引きずり込んだ。

 ボニーと店主はバリケードの陰から、銃を手に駆け出してくるビートの子分たちを次々と撃った。

 ビートの子分は三十人いるとのことだったが、控室の扉から同時に出られるのはせいぜい二人だったので、ボニーたちの格好の標的となった。ボニーたちは、男が扉から姿を見せるたびに撃った。

 五、六人の死体が扉の前に積み重なったとき、控室の中の男たちもようやく、このままでは部屋から出ることはできないと悟ったらしい。
 扉の框の陰に身を隠し、こちらへ向かって撃ち返してきた。

 銃撃戦になった。
 長椅子と控室との間を無数の射線が交差した。

 ときおり、うっかり身を乗り出し過ぎた男の肉体をボニーたちの射線が削るので、苦痛の悲鳴が湧き起こる。

 バリケードの陰で銃のエネルギーカートリッジを交換しながら、ふとボニーの頭をいやな考えがよぎった。
 かたくなに閉ざされたままのスイートルームの扉が気にかかる。

 ――もしかするとビートは、サロンでのこの騒ぎを聞きつけて、窓から逃げ出したのではないか?
 狙われているのは自分だということはビートにもわかっているはずだ。

「ボス。援護お願い!」

 叫んでから、ボニーは長椅子から二歩下がり、膝をゆるめて"溜め″を作った。ゴライアス・プログラムをアンインストールされて以来こんな真似はしたことがないが、それでもたぶん、自分にはまだやれるだろうとわかっていた。

 ボニーは跳躍した。はるかな高みにまで。
 三階の高さのある天井からぶら下がるシャンデリアに、手が届いた。

 ボニーはシャンデリアの金属製のフレームを握りしめた。


 完全に無防備な状態で敵の前に全身をさらすことになったが――ボニーの人間離れした動きにあっけにとられた敵たちは、撃つことさえ忘れてしまっている。
 その隙を突いて、店主がすかさず二発で二人を仕留める。


 跳躍の頂点に達し、ボニーの体は落下を始めた。
 一瞬、シャンデリアにぶら下がった状態になる。
 シャンデリアを天井に固定する留め具が、ほんの一瞬だけ、ボニーの体重をぐんと受け止めた。次の瞬間には、衝撃に耐えきれず、留め具は天井からもぎ離れたが――ボニーはその一瞬の静止の間に脚を前へ激しく振り、筋力だけで前方への動きを生み出していた。

 ボニーの体は斜めの軌道を描いて落下した。
 狙いあまたず、黒籐のついたてを超えて、スイートルームの扉を直撃した。

 ボニーの足は木製の重厚な扉を軽々と破砕した。


 常人離れした超反射で床に身を伏せなかったら、室内から放たれたビームはボニーの頭を直撃していただろう。

 ボニーは古びたカーペットに伏せたままの姿勢で頭を持ち上げ、状況を確認した。

 スイートルームはかなり広い部屋だ。天蓋つきの巨大なベッドを真ん中に置いても、周囲にまだ椅子だのテーブルだのを配置できるだけのスペースがある。
 しっかり服を着こんだ貧相な顔つきの中年男が窓ぎわに立ち、左手ですっ裸の女の肩を抱いていた。右手に握った銃は、まっすぐボニーに向けられていた。

 ピンク色の分厚いカーテンが開かれているので、遮るもののない朝日が大きな窓から差し込んでくる。
 窓は鉄格子で塞がれていた。たぶん防犯用だろう。
 中年男は窓から逃げようとしてカーテンを開け、鉄格子を見て断念したのに違いなかった。


 中年男は再度、発砲してきた。
 ボニーは床を転がってかわした。転がっているうちにベッドのすぐ隣まで来たので、ベッドを持ち上げて相手の方へ向けて転がした(普通の人にはできない)。
 ベッドは轟音と共に横倒しになった。天蓋がぐしゃりと砕けた。
 女の恐怖の悲鳴が響いた。室内に大量の埃が舞い上がった。

 ベッドが頃合いの盾になった。
 その陰に身をひそめながら、ボニーは叫んだ。

「おまえが……ビートかぁっ!! よくも……よくもコッホ先生を殺したな!!」
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