53 / 56
第8章 悪いけど先に行くね
8-1
しおりを挟む
少しだけ秋めいてきた空の下、わたしは自転車を走らせた。
T字路を右に曲がり、海風を受けながら進む。やがて春輝のおばあさんの家が見えてくる。
わたしは家の前に自転車を止めると、「こんにちは」と声をかける。
「あら、来てくれたのね、奈央ちゃん」
おばあさんの顔を見たら泣きそうになったけど、ぎゅっと唇を引き結び頭を下げた。
おばあさんの家の仏壇の前で、手を合わせた。目を開けると、三人の写真が見える。
若くて綺麗な女の人と、髭を生やした男の人。それから高校の制服を着た男の子。
「春輝、きっと喜んでるよ。奈央ちゃんが来てくれて」
おばあさんの声に、ほんの少し口元をゆるめる。おばあさんはまた少し、痩せてしまったみたいだ。
一か月前、春輝はこの家で亡くなった。新学期の朝、なぜか胸騒ぎがしたというおばあさんが旅行先から急いで帰ってきたら、春輝が布団の中で寝ていて、どんなに起こしても起きなかったのだという。
警察が来ていろいろ調べたそうだけど、外傷はなく、なにかを服用した形跡もなく、突然死と言われた。
死亡推定時刻は午前零時。日付が変わったころに、亡くなったのだという。
おばあさんは「自分が出かけたせいでこんなことになった」と泣き、美鈴と慎吾くんも言葉を失っていた。
わたしはすぐに神様のところへ行った。絶対こんなのおかしいと思ったから。でもそこは立ち入り禁止になっていて、入ろうとしたら作業員に止められた。
崖崩れした箇所を整備して、祠を別の場所へ移すのだという。どこへ移すのか聞いても、わからないと言われてしまった。
でもわたしは思っている。あの神様が、春輝の死に関わっているんだと。だっておかしすぎる。死ぬはずだったわたしが死なず、どこも悪くなかった春輝が突然死ぬなんて。
「実はね、奈央ちゃん」
考え込んでいたわたしに、おばあさんが言った。
「昨日、台所で、これを見つけたのよ」
おばあさんがそう言って、二通の封筒をわたしに見せた。
「え……」
一通には「ばあちゃんへ」そしてもう一通には「奈央へ」と書いてある。懐かしい、春輝の字で。
「わたしがいつもいる台所の引き出しに入ってたの。きっと春輝、ここならわたしに見つけてもらえると思っていたようだけど、一か月ほぼ台所になんて立ってなかったから」
おばあさんが困ったように笑う。
「ごめんね、見つけるのが遅くなっちゃって」
おばあさんがわたしの手に、手紙を渡した。
「最初はね、遺書だと思ったの。あの子が死にたがってたこと、薄々気づいていたから」
わたしは手紙を握りしめる。
「でもなんだかそうじゃない気がするの。だって前向きなことばかり書いてあるんだもの。あとね、もし自分の命が消えていても、それは絶対ばあちゃんのせいじゃないからって。それと、ばあちゃんを悲しませてごめんねって……」
おばあさんが涙をぬぐった。わたしはぽつりとつぶやく。
「これ……開けてみていいですか?」
「もちろん。奈央ちゃん宛てなんだから」
そっと封を切る。中にはメモ用紙のようなものが一枚だけ。
【父さんの部屋のプロジェクターをつけてみて】
プロジェクターって、あの天井に映画を映したやつ?
「おばあさん! 春輝の部屋に入ってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
わたしは頭を下げると、昔お父さんの部屋だったという、春輝の部屋に入った。
T字路を右に曲がり、海風を受けながら進む。やがて春輝のおばあさんの家が見えてくる。
わたしは家の前に自転車を止めると、「こんにちは」と声をかける。
「あら、来てくれたのね、奈央ちゃん」
おばあさんの顔を見たら泣きそうになったけど、ぎゅっと唇を引き結び頭を下げた。
おばあさんの家の仏壇の前で、手を合わせた。目を開けると、三人の写真が見える。
若くて綺麗な女の人と、髭を生やした男の人。それから高校の制服を着た男の子。
「春輝、きっと喜んでるよ。奈央ちゃんが来てくれて」
おばあさんの声に、ほんの少し口元をゆるめる。おばあさんはまた少し、痩せてしまったみたいだ。
一か月前、春輝はこの家で亡くなった。新学期の朝、なぜか胸騒ぎがしたというおばあさんが旅行先から急いで帰ってきたら、春輝が布団の中で寝ていて、どんなに起こしても起きなかったのだという。
警察が来ていろいろ調べたそうだけど、外傷はなく、なにかを服用した形跡もなく、突然死と言われた。
死亡推定時刻は午前零時。日付が変わったころに、亡くなったのだという。
おばあさんは「自分が出かけたせいでこんなことになった」と泣き、美鈴と慎吾くんも言葉を失っていた。
わたしはすぐに神様のところへ行った。絶対こんなのおかしいと思ったから。でもそこは立ち入り禁止になっていて、入ろうとしたら作業員に止められた。
崖崩れした箇所を整備して、祠を別の場所へ移すのだという。どこへ移すのか聞いても、わからないと言われてしまった。
でもわたしは思っている。あの神様が、春輝の死に関わっているんだと。だっておかしすぎる。死ぬはずだったわたしが死なず、どこも悪くなかった春輝が突然死ぬなんて。
「実はね、奈央ちゃん」
考え込んでいたわたしに、おばあさんが言った。
「昨日、台所で、これを見つけたのよ」
おばあさんがそう言って、二通の封筒をわたしに見せた。
「え……」
一通には「ばあちゃんへ」そしてもう一通には「奈央へ」と書いてある。懐かしい、春輝の字で。
「わたしがいつもいる台所の引き出しに入ってたの。きっと春輝、ここならわたしに見つけてもらえると思っていたようだけど、一か月ほぼ台所になんて立ってなかったから」
おばあさんが困ったように笑う。
「ごめんね、見つけるのが遅くなっちゃって」
おばあさんがわたしの手に、手紙を渡した。
「最初はね、遺書だと思ったの。あの子が死にたがってたこと、薄々気づいていたから」
わたしは手紙を握りしめる。
「でもなんだかそうじゃない気がするの。だって前向きなことばかり書いてあるんだもの。あとね、もし自分の命が消えていても、それは絶対ばあちゃんのせいじゃないからって。それと、ばあちゃんを悲しませてごめんねって……」
おばあさんが涙をぬぐった。わたしはぽつりとつぶやく。
「これ……開けてみていいですか?」
「もちろん。奈央ちゃん宛てなんだから」
そっと封を切る。中にはメモ用紙のようなものが一枚だけ。
【父さんの部屋のプロジェクターをつけてみて】
プロジェクターって、あの天井に映画を映したやつ?
「おばあさん! 春輝の部屋に入ってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
わたしは頭を下げると、昔お父さんの部屋だったという、春輝の部屋に入った。
21
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです
珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。
それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。
消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる
月都七綺
青春
『はっきりとした意識の中で見る夢』
クラスメイトは、たしかにそう言った。
周囲の期待の圧から解放されたくて、学校の屋上から空を飛びたいと思っている優等生の直江梵(なおえそよぎ)。
担任である日南菫(ひなみすみれ)の死がきっかけで、三ヶ月半前にタイムリープしてしまう。それから不思議な夢を見るようになり、ある少女と出会った。
夢であって、夢でない。
夢の中で現実が起こっている。
彼女は、実在する人なのか。
夢と現実が交差する中、夢と現実の狭間が曖昧になっていく。
『脳と体の意識が別のところにあって、いずれ幻想から戻れなくなる』
夢の世界を通して、梵はなにを得てどんな選択をするのか。
「世界が……壊れていく……」
そして、彼女と出会った意味を知り、すべてがあきらかになる真実が──。
※表紙:蒼崎様のフリーアイコンよりお借りしてます。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる