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第7章 いっぱい見れてよかった

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 隣町の海水浴場のあたりは、道の片側に夜店が出ていて、地元の人や観光客で賑わっていた。提灯の赤い灯りが、道の先までずっと続いている。

「わぁ、こんなににぎやかだったんだ」

 お母さんが亡くなる前は、海の近くに住んでいたけど、花火大会に来たのははじめてだった。

「そういえば小さいころ、お母さんとアパートの窓から、遠くの花火を見てたなぁ」

 お母さんは打ち上がる花火を見て、子どものようにはしゃいでいたっけ。

『奈央は何色の花火が好き?』
『うーん……あのピカピカしたやつ』
『わぁ、綺麗だね。じゃああの花火にお願いしよう』
『花火にお願いするの?』
『うん。奈央の未来が、ピカピカで明るいものになりますように』

 そう言ってお母さんが手を合わせたのを、わたしも真似した。

『ママのみらいも、ピカピカになりますように』

 お母さんはわたしを、嬉しそうに抱きしめてくれたんだ。
 お母さん、お父さんのことばかりじゃなく、わたしのことを祈ってくれたこともあったんだな。わたしのことも、少しは大切に思ってくれていたのかな。
 なんだか胸がいっぱいになったとき、春輝がそっと、わたしの手を握った。

「迷子になると困るから」

 隣で春輝がにこっと笑う。わたしも春輝の顔を見て、笑顔でうなずいた。


 祭りの中心から少し離れた堤防の上に座って、春輝と花火を見た。
 大きな花火が打ち上がるたび、周りの人々から歓声が上がる。海面にも花火の色が揺れている。

「うわ、いまのでかくね?」
「うん、大きかった!」
「写真撮らなきゃ!」

 春輝がカメラを夜空に向けた。わたしはそんな春輝の横顔を見つめる。
 赤、黄色、緑、青……様々な色の花火が空に打ち上がり、春輝の横顔も色とりどりに染まる。
 綺麗だなあって思った。花火も、春輝の横顔も。
 こんなに綺麗な世界があることを、わたしはいままで知らなかった。
 もっと早く知りたかったな。もっと早く出会いたかったな。

 春輝から顔をそむける。涙をこらえて空を見上げる。
 泣いちゃだめだ。最後まで笑うって決めたんだから。
 なのに涙があふれて、頬を伝っていく。
 本当は怖くて怖くてたまらない。大声で泣き叫びながら、走り出したい気分だ。
 でも、そんなことをする時間さえ、もったいない。

 ドーンッと大きな音が響く。金色の星屑が、キラキラと海に落ちていく。
 ふっと片手があたたかくなった。そっと隣を見ると、カメラを首に下げた春輝がじっと空を見上げている。
 わたしの手を握りしめて。
 わたしも空に視線を移し、春輝の手を握り返す。

 どうか春輝が元気で、来年も花火を見られますように。
 再来年も、その次も、どこかで花火を見られますように。
 そのときわたしじゃない誰かが、隣で春輝を支えてくれますように。


 花火が終わった。砂浜にいた人も、堤防にいた人も、少しずついなくなり、それぞれの家へ帰っていく。
 だけどわたしと春輝は手をつないだまま、ぼんやりとそこに座っていた。
 夜空はもう真っ暗だ。打ち寄せる波の音がかすかに聞こえる。
 夜店は片付けをはじめて、提灯の灯りも少しずつ消えていく。
 さっきまでの喧騒が、嘘のようだ。

「そろそろ……帰ろうか」

 春輝の声が耳に響く。わたしは暗闇の中で涙をそっと拭って、「うん」と答えた。
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