43 / 56
第6章 夢なんかじゃないんだ
6-3
しおりを挟む
そのあとの夏休みは、バイトの合間に、春輝とたくさん出かけた。
映画館、ショッピングモール、水族館……。おばあさんに会いに春輝の家にも行ったし、美鈴に誘われ慎吾くんも入れて四人で、図書館で勉強会もした。
こんな普通の高校生のような毎日を、自分が送ることになるとは思わなかった。
その日もバイトのあと、わたしはいつもの海岸で春輝と会っていた。
ふたり並んで座って、海を眺める。
今日の海は荒れていた。台風がこの町に近づいているらしい。
雨は降っていなかったけど、鉛色の雲が空を覆いつくしている。
「あー、もうすぐ夏休み終わっちゃうなー」
春輝がわたしの隣で言った。
気づけば今日を入れて、あと三日で夏休みが終わろうとしていた。
つまり――神様に告げられたわたしの余命は、あと三日となる。
わたしは首を横に振る。違う、違う。あれは夢だ。
もうずっと心臓が痛くなることもないし、体調だってすごくいい。
そう思ってこの一か月、乗り越えてきたけれど……。
だけどどんなに忘れようとしても、忘れることなんてできなかったんだ。
「奈央? どうかした?」
「あ、ううん。なんでもない」
すると春輝が不満そうな声を上げた。
「あーあ、おれってまだ奈央に、信頼されてないのかなぁ」
「え?」
驚いて横を見ると、春輝がふてくされた顔でわたしを見ている。
「奈央。まだおれに隠してることあるでしょ?」
「な、ないよ。そんなの」
風に流れる髪を耳にかけながら、顔をそむける。
「いや、絶対なんか隠してる」
「隠してないってば」
あの日、ここで神様に会ったかもしれないってことは、誰にも言っていない。
「奈央はさ」
春輝が海を見ながらつぶやく。
「ずっとお母さんを支えながら、頑張ってきたじゃん? お母さんが亡くなったあとも、叔母さんちで我慢してきたし。だからそれが当たり前になっちゃって、誰かに頼るのは悪いことだと思ってるのかもしれないけど」
いつもと違う真面目な声に、わたしは春輝の横顔を見た。
「『助けて』って言うのは、悪いことじゃないと思うよ」
春輝の柔らかそうな茶色い髪が、海風に揺れている。わたしがぼんやりとそれを見ていたら、春輝が視線をこちらに向けた。
「だからさ、もっとおれに頼っていいよ」
春輝の声が優しくて、鼻の奥がつんっとする。
「わたしずっと、春輝に頼ってばかりじゃん」
「もっと頼っていいって言ってんの」
「そんなの悪い……」
言いかけて、言葉を変えた。
「じゃあ春輝も、わたしを頼って」
春輝がじっとわたしを見ている。
「つらいときはつらいって言って。寂しいときは寂しいって言って。わたしは……春輝のそばにいることくらいしかできないけど……」
わたしの前で、春輝が笑った。
「それで充分だよ」
春輝の手がそっとわたしの背中に触れ、優しく抱き寄せる。
「だからそばにいて」
耳元に聞こえる春輝の声。
「ずっとそばにいて。どこにも行かないで」
わたしは春輝の胸の中で、ぎゅっと目を閉じる。そして両手を背中に回して、春輝の体にしがみつく。
「どこにも行かない。行きたくない」
心の奥から、言葉があふれる。
「春輝と離れたくない。死にたくない」
神様――。
「死にたくないよ!」
そのとき胸に痛みが走った。あの心臓を握りつぶされるような痛みだ。
「……っ」
春輝から離れ、体を丸めた。うめき声を上げそうになるのを、なんとかこらえる。
「奈央!」
大丈夫だよって言いたいのに、声が出ない。
胸が痛くて、苦しくて、息ができない。
わたし、死ぬの? やっぱり、死ぬの?
忘れようと思っても忘れられなかった恐怖が、再び頭を支配する。
「奈央っ、どうしたんだよ!」
春輝の泣きそうな声が聞こえる。はあはあと荒い息を吐きながら、痛みをやり過ごす。
「きゅ、救急車……」
「だ、大丈夫……」
大丈夫じゃないけど、そう言って、スマホを取り出した春輝の手をつかむ。
「少しすれば……落ち着くから……」
「でも……」
「それより……そばにいて」
素直にそう言って、春輝に体を預ける。春輝はそんなわたしの体を、抱きしめてくれた。
わたしの耳元で春輝の心臓の音が聞こえた。
春輝は生きてる。だからわたしも生きなきゃ。
まだわたしは死にたくない。
映画館、ショッピングモール、水族館……。おばあさんに会いに春輝の家にも行ったし、美鈴に誘われ慎吾くんも入れて四人で、図書館で勉強会もした。
こんな普通の高校生のような毎日を、自分が送ることになるとは思わなかった。
その日もバイトのあと、わたしはいつもの海岸で春輝と会っていた。
ふたり並んで座って、海を眺める。
今日の海は荒れていた。台風がこの町に近づいているらしい。
雨は降っていなかったけど、鉛色の雲が空を覆いつくしている。
「あー、もうすぐ夏休み終わっちゃうなー」
春輝がわたしの隣で言った。
気づけば今日を入れて、あと三日で夏休みが終わろうとしていた。
つまり――神様に告げられたわたしの余命は、あと三日となる。
わたしは首を横に振る。違う、違う。あれは夢だ。
もうずっと心臓が痛くなることもないし、体調だってすごくいい。
そう思ってこの一か月、乗り越えてきたけれど……。
だけどどんなに忘れようとしても、忘れることなんてできなかったんだ。
「奈央? どうかした?」
「あ、ううん。なんでもない」
すると春輝が不満そうな声を上げた。
「あーあ、おれってまだ奈央に、信頼されてないのかなぁ」
「え?」
驚いて横を見ると、春輝がふてくされた顔でわたしを見ている。
「奈央。まだおれに隠してることあるでしょ?」
「な、ないよ。そんなの」
風に流れる髪を耳にかけながら、顔をそむける。
「いや、絶対なんか隠してる」
「隠してないってば」
あの日、ここで神様に会ったかもしれないってことは、誰にも言っていない。
「奈央はさ」
春輝が海を見ながらつぶやく。
「ずっとお母さんを支えながら、頑張ってきたじゃん? お母さんが亡くなったあとも、叔母さんちで我慢してきたし。だからそれが当たり前になっちゃって、誰かに頼るのは悪いことだと思ってるのかもしれないけど」
いつもと違う真面目な声に、わたしは春輝の横顔を見た。
「『助けて』って言うのは、悪いことじゃないと思うよ」
春輝の柔らかそうな茶色い髪が、海風に揺れている。わたしがぼんやりとそれを見ていたら、春輝が視線をこちらに向けた。
「だからさ、もっとおれに頼っていいよ」
春輝の声が優しくて、鼻の奥がつんっとする。
「わたしずっと、春輝に頼ってばかりじゃん」
「もっと頼っていいって言ってんの」
「そんなの悪い……」
言いかけて、言葉を変えた。
「じゃあ春輝も、わたしを頼って」
春輝がじっとわたしを見ている。
「つらいときはつらいって言って。寂しいときは寂しいって言って。わたしは……春輝のそばにいることくらいしかできないけど……」
わたしの前で、春輝が笑った。
「それで充分だよ」
春輝の手がそっとわたしの背中に触れ、優しく抱き寄せる。
「だからそばにいて」
耳元に聞こえる春輝の声。
「ずっとそばにいて。どこにも行かないで」
わたしは春輝の胸の中で、ぎゅっと目を閉じる。そして両手を背中に回して、春輝の体にしがみつく。
「どこにも行かない。行きたくない」
心の奥から、言葉があふれる。
「春輝と離れたくない。死にたくない」
神様――。
「死にたくないよ!」
そのとき胸に痛みが走った。あの心臓を握りつぶされるような痛みだ。
「……っ」
春輝から離れ、体を丸めた。うめき声を上げそうになるのを、なんとかこらえる。
「奈央!」
大丈夫だよって言いたいのに、声が出ない。
胸が痛くて、苦しくて、息ができない。
わたし、死ぬの? やっぱり、死ぬの?
忘れようと思っても忘れられなかった恐怖が、再び頭を支配する。
「奈央っ、どうしたんだよ!」
春輝の泣きそうな声が聞こえる。はあはあと荒い息を吐きながら、痛みをやり過ごす。
「きゅ、救急車……」
「だ、大丈夫……」
大丈夫じゃないけど、そう言って、スマホを取り出した春輝の手をつかむ。
「少しすれば……落ち着くから……」
「でも……」
「それより……そばにいて」
素直にそう言って、春輝に体を預ける。春輝はそんなわたしの体を、抱きしめてくれた。
わたしの耳元で春輝の心臓の音が聞こえた。
春輝は生きてる。だからわたしも生きなきゃ。
まだわたしは死にたくない。
21
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

私のいなくなった世界
タキテル
青春
人はいつか死ぬ。それは逃れられない定め――
ある日、有近樹。高校二年の女子校生は命を落とした。彼女は女子バスケ部のキャプテンに就任した日の事だった。十七歳で人生もこれからであり、輝かしい未来があるとその時は思っていた。しかし、ある帰り道に樹はゲームに夢中になっている男子小学生の姿を目撃する。男子小学生はゲームに夢中になり、周りが見えていなかった。その時、大型のトラックが男子小学生に襲いかかるのを見た樹は身を呈して食い止めようとする。気づいた時には樹は宙に浮いており、自分を擦る男子小学生の姿が目に写った。樹は錯覚した。自分は跳ねられて死亡してしまったのだと――。
そんな時、樹の前に謎の悪魔が現れた。悪魔は紳士的だが、どことなくドSだった。悪魔は樹を冥界に連れて行こうとするが、樹は拒否する。そこで悪魔は提案した。一ヶ月の期間と五回まで未練の手助けするチャンスを与えた。それが終わるまで冥界に連れて行くのを待つと。チャンスを与えられた樹はこの世の未練を晴らすべく自分の足跡を辿った。死んでも死にきれない樹は後悔と未練を無くす為、困難に立ちふさがる。そして、樹が死んだ後の世界は変わっていた。悲しむ者がいる中、喜ぶ者まで現れたのだ。死んでから気づいた自分の存在に困惑する樹。
樹が所属していた部活のギクシャクした関係――
樹に憧れていた後輩のその後――
樹の親友の大きな試練――
樹が助けた男児の思い――
人は死んだらどうなるのか? 地獄? 天国? それは死なないとわからない世界。残された者は何を思って何を感じるのか。
ヒロインが死んだ後の学校生活に起こった数々の試練を描いた青春物語が始まる。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
水曜日は図書室で
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
綾織 美久(あやおり みく)、高校二年生。
見た目も地味で引っ込み思案な性格の美久は目立つことが苦手でクラスでも静かに過ごしていた。好きなのは図書室で本を見たり読んだりすること、それともうひとつ。
あるとき美久は図書室で一人の男子・久保田 快(くぼた かい)に出会う。彼はカッコよかったがどこか不思議を秘めていた。偶然から美久は彼と仲良くなっていき『水曜日は図書室で会おう』と約束をすることに……。
第12回ドリーム小説大賞にて奨励賞をいただきました!
本当にありがとうございます!
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
月夜の理科部
嶌田あき
青春
優柔不断の女子高生・キョウカは、親友・カサネとクラスメイト理系男子・ユキとともに夜の理科室を訪れる。待っていたのは、〈星の王子さま〉と呼ばれる憧れの先輩・スバルと、天文部の望遠鏡を売り払おうとする理科部長・アヤ。理科室を夜に使うために必要となる5人目の部員として、キョウカは入部の誘いを受ける。
そんなある日、知人の研究者・竹戸瀬レネから研究手伝いのバイトの誘いを受ける。月面ローバーを使って地下の量子コンピューターから、あるデータを地球に持ち帰ってきて欲しいという。ユキは二つ返事でOKするも、相変わらず優柔不断のキョウカ。先輩に贈る月面望遠鏡の観測時間を条件に、バイトへの協力を決める。
理科部「夜隊」として入部したキョウカは、夜な夜な理科室に来てはユキとともに課題に取り組んだ。他のメンバー3人はそれぞれに忙しく、ユキと2人きりになることも多くなる。親との喧嘩、スバルの誕生日会、1学期の打ち上げ、夏休みの合宿などなど、絆を深めてゆく夜隊5人。
競うように訓練したAIプログラムが研究所に正式採用され大喜びする頃には、キョウカは数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。打算で始めた関係もこれで終わり、と9月最後の日曜日にデートに出かける。泣きながら別れた2人は、月にあるデータを地球に持ち帰る方法をそれぞれ模索しはじめた。
5年前の事故と月に取り残された脳情報。迫りくるデータ削除のタイムリミット。望遠鏡、月面ローバー、量子コンピューター。必要なものはきっと全部ある――。レネの過去を知ったキョウカは迷いを捨て、走り出す。
皆既月食の夜に集まったメンバーを信じ、理科部5人は月からのデータ回収に挑んだ――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる