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第6章 夢なんかじゃないんだ
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そのあとの夏休みは、バイトの合間に、春輝とたくさん出かけた。
映画館、ショッピングモール、水族館……。おばあさんに会いに春輝の家にも行ったし、美鈴に誘われ慎吾くんも入れて四人で、図書館で勉強会もした。
こんな普通の高校生のような毎日を、自分が送ることになるとは思わなかった。
その日もバイトのあと、わたしはいつもの海岸で春輝と会っていた。
ふたり並んで座って、海を眺める。
今日の海は荒れていた。台風がこの町に近づいているらしい。
雨は降っていなかったけど、鉛色の雲が空を覆いつくしている。
「あー、もうすぐ夏休み終わっちゃうなー」
春輝がわたしの隣で言った。
気づけば今日を入れて、あと三日で夏休みが終わろうとしていた。
つまり――神様に告げられたわたしの余命は、あと三日となる。
わたしは首を横に振る。違う、違う。あれは夢だ。
もうずっと心臓が痛くなることもないし、体調だってすごくいい。
そう思ってこの一か月、乗り越えてきたけれど……。
だけどどんなに忘れようとしても、忘れることなんてできなかったんだ。
「奈央? どうかした?」
「あ、ううん。なんでもない」
すると春輝が不満そうな声を上げた。
「あーあ、おれってまだ奈央に、信頼されてないのかなぁ」
「え?」
驚いて横を見ると、春輝がふてくされた顔でわたしを見ている。
「奈央。まだおれに隠してることあるでしょ?」
「な、ないよ。そんなの」
風に流れる髪を耳にかけながら、顔をそむける。
「いや、絶対なんか隠してる」
「隠してないってば」
あの日、ここで神様に会ったかもしれないってことは、誰にも言っていない。
「奈央はさ」
春輝が海を見ながらつぶやく。
「ずっとお母さんを支えながら、頑張ってきたじゃん? お母さんが亡くなったあとも、叔母さんちで我慢してきたし。だからそれが当たり前になっちゃって、誰かに頼るのは悪いことだと思ってるのかもしれないけど」
いつもと違う真面目な声に、わたしは春輝の横顔を見た。
「『助けて』って言うのは、悪いことじゃないと思うよ」
春輝の柔らかそうな茶色い髪が、海風に揺れている。わたしがぼんやりとそれを見ていたら、春輝が視線をこちらに向けた。
「だからさ、もっとおれに頼っていいよ」
春輝の声が優しくて、鼻の奥がつんっとする。
「わたしずっと、春輝に頼ってばかりじゃん」
「もっと頼っていいって言ってんの」
「そんなの悪い……」
言いかけて、言葉を変えた。
「じゃあ春輝も、わたしを頼って」
春輝がじっとわたしを見ている。
「つらいときはつらいって言って。寂しいときは寂しいって言って。わたしは……春輝のそばにいることくらいしかできないけど……」
わたしの前で、春輝が笑った。
「それで充分だよ」
春輝の手がそっとわたしの背中に触れ、優しく抱き寄せる。
「だからそばにいて」
耳元に聞こえる春輝の声。
「ずっとそばにいて。どこにも行かないで」
わたしは春輝の胸の中で、ぎゅっと目を閉じる。そして両手を背中に回して、春輝の体にしがみつく。
「どこにも行かない。行きたくない」
心の奥から、言葉があふれる。
「春輝と離れたくない。死にたくない」
神様――。
「死にたくないよ!」
そのとき胸に痛みが走った。あの心臓を握りつぶされるような痛みだ。
「……っ」
春輝から離れ、体を丸めた。うめき声を上げそうになるのを、なんとかこらえる。
「奈央!」
大丈夫だよって言いたいのに、声が出ない。
胸が痛くて、苦しくて、息ができない。
わたし、死ぬの? やっぱり、死ぬの?
忘れようと思っても忘れられなかった恐怖が、再び頭を支配する。
「奈央っ、どうしたんだよ!」
春輝の泣きそうな声が聞こえる。はあはあと荒い息を吐きながら、痛みをやり過ごす。
「きゅ、救急車……」
「だ、大丈夫……」
大丈夫じゃないけど、そう言って、スマホを取り出した春輝の手をつかむ。
「少しすれば……落ち着くから……」
「でも……」
「それより……そばにいて」
素直にそう言って、春輝に体を預ける。春輝はそんなわたしの体を、抱きしめてくれた。
わたしの耳元で春輝の心臓の音が聞こえた。
春輝は生きてる。だからわたしも生きなきゃ。
まだわたしは死にたくない。
映画館、ショッピングモール、水族館……。おばあさんに会いに春輝の家にも行ったし、美鈴に誘われ慎吾くんも入れて四人で、図書館で勉強会もした。
こんな普通の高校生のような毎日を、自分が送ることになるとは思わなかった。
その日もバイトのあと、わたしはいつもの海岸で春輝と会っていた。
ふたり並んで座って、海を眺める。
今日の海は荒れていた。台風がこの町に近づいているらしい。
雨は降っていなかったけど、鉛色の雲が空を覆いつくしている。
「あー、もうすぐ夏休み終わっちゃうなー」
春輝がわたしの隣で言った。
気づけば今日を入れて、あと三日で夏休みが終わろうとしていた。
つまり――神様に告げられたわたしの余命は、あと三日となる。
わたしは首を横に振る。違う、違う。あれは夢だ。
もうずっと心臓が痛くなることもないし、体調だってすごくいい。
そう思ってこの一か月、乗り越えてきたけれど……。
だけどどんなに忘れようとしても、忘れることなんてできなかったんだ。
「奈央? どうかした?」
「あ、ううん。なんでもない」
すると春輝が不満そうな声を上げた。
「あーあ、おれってまだ奈央に、信頼されてないのかなぁ」
「え?」
驚いて横を見ると、春輝がふてくされた顔でわたしを見ている。
「奈央。まだおれに隠してることあるでしょ?」
「な、ないよ。そんなの」
風に流れる髪を耳にかけながら、顔をそむける。
「いや、絶対なんか隠してる」
「隠してないってば」
あの日、ここで神様に会ったかもしれないってことは、誰にも言っていない。
「奈央はさ」
春輝が海を見ながらつぶやく。
「ずっとお母さんを支えながら、頑張ってきたじゃん? お母さんが亡くなったあとも、叔母さんちで我慢してきたし。だからそれが当たり前になっちゃって、誰かに頼るのは悪いことだと思ってるのかもしれないけど」
いつもと違う真面目な声に、わたしは春輝の横顔を見た。
「『助けて』って言うのは、悪いことじゃないと思うよ」
春輝の柔らかそうな茶色い髪が、海風に揺れている。わたしがぼんやりとそれを見ていたら、春輝が視線をこちらに向けた。
「だからさ、もっとおれに頼っていいよ」
春輝の声が優しくて、鼻の奥がつんっとする。
「わたしずっと、春輝に頼ってばかりじゃん」
「もっと頼っていいって言ってんの」
「そんなの悪い……」
言いかけて、言葉を変えた。
「じゃあ春輝も、わたしを頼って」
春輝がじっとわたしを見ている。
「つらいときはつらいって言って。寂しいときは寂しいって言って。わたしは……春輝のそばにいることくらいしかできないけど……」
わたしの前で、春輝が笑った。
「それで充分だよ」
春輝の手がそっとわたしの背中に触れ、優しく抱き寄せる。
「だからそばにいて」
耳元に聞こえる春輝の声。
「ずっとそばにいて。どこにも行かないで」
わたしは春輝の胸の中で、ぎゅっと目を閉じる。そして両手を背中に回して、春輝の体にしがみつく。
「どこにも行かない。行きたくない」
心の奥から、言葉があふれる。
「春輝と離れたくない。死にたくない」
神様――。
「死にたくないよ!」
そのとき胸に痛みが走った。あの心臓を握りつぶされるような痛みだ。
「……っ」
春輝から離れ、体を丸めた。うめき声を上げそうになるのを、なんとかこらえる。
「奈央!」
大丈夫だよって言いたいのに、声が出ない。
胸が痛くて、苦しくて、息ができない。
わたし、死ぬの? やっぱり、死ぬの?
忘れようと思っても忘れられなかった恐怖が、再び頭を支配する。
「奈央っ、どうしたんだよ!」
春輝の泣きそうな声が聞こえる。はあはあと荒い息を吐きながら、痛みをやり過ごす。
「きゅ、救急車……」
「だ、大丈夫……」
大丈夫じゃないけど、そう言って、スマホを取り出した春輝の手をつかむ。
「少しすれば……落ち着くから……」
「でも……」
「それより……そばにいて」
素直にそう言って、春輝に体を預ける。春輝はそんなわたしの体を、抱きしめてくれた。
わたしの耳元で春輝の心臓の音が聞こえた。
春輝は生きてる。だからわたしも生きなきゃ。
まだわたしは死にたくない。
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