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第4章 この命と引き換えに
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駅の近くにある、このあたりでは一番大きな病院に駆けつけると、おばあさんが待っていてくれた。
「ごめんね、奈央ちゃん。心配ばかりかけて」
「いえ……」
息を切らしながら、首を横に振る。
「まったくいつまで寝たら気が済むのかしらねぇ、あの子は」
冗談っぽく言っているけど、おばあさんはずいぶんやつれてしまった気がする。
病棟に行くと個室の前で立ち止まり、「ここよ」とおばあさんが教えてくれた。
「わたしは先生とお話してくるから。奈央ちゃん会ってやってくれる?」
「はい」
笑いかけてくれたおばあさんの瞳が、潤んでいるのがわかった。
去っていくおばあさんに頭を下げると、ドアをノックして声をかける。
「……春輝?」
部屋に入った途端、消毒液のような匂いが鼻をかすめた。ベッドの周りには、いくつもの機械が置いてあって、そこから電子音や酸素を送る音が規則的に響いている。
わたしは一歩ずつ、足を進める。ベッドの上に誰かが寝ている。
「春輝……なの?」
頭には包帯が巻かれ、顔には酸素マスク、腕には点滴がつながっていて、一目見ただけでは誰だかわからなかった。
震える足を動かして、ベッドのそばに立った。途端に涙があふれてくる。
そこにいたのは、間違いなく春輝だったから。
「……っ」
嗚咽が漏れて口をふさぐ。体が震えて言葉が出ない。
意識不明と聞いて覚悟はしていたけれど、自分の目で見るまではわかっていなかった。
わたしのことをからかって笑っていた春輝が。並んで海を見ていた春輝が。わたしにキスをしてくれた春輝が――。
震えながら手を伸ばす。点滴がつながっている春輝の手を優しく握る。春輝はわたしの手を、握り返してくれない。
「春輝……」
顔を近づけて名前を呼んだ。だけどその目を開けてくれない。
「うっ……」
わたしの涙が春輝の顔に落ちる。
嫌だ。嫌だ。こんなの嫌だ。
「ねぇっ……起きてよっ……」
わたしの写真、撮ってくれるんでしょ? お父さんみたいに、映画監督になるんでしょ? 夢ができたって言ったじゃん。生きるって言ったじゃん。
「起きてよぉ……」
手を握ったまま、床に膝をついた。涙があふれて止まらない。
「春輝ぃ……」
声を押し殺して、わたしはただ泣くことしかできなかった。
赤くなった目をハンカチで隠しながら病室を出た。病棟の端の誰もいない面会室に、おばあさんが座っていた。
「おばあさん……」
「ああ、奈央ちゃん……」
おばあさんは疲れ果てたような顔でわたしを見上げる。
「いまね、先生とお話したの」
「……はい」
おばあさんは深く息を吐いてから、苦しそうに言葉を出す。
「春輝の場合……意識が回復する可能性は、極めて低いでしょうって……」
「え……」
体がふらっとよろけて、そばにあった椅子にすとんと座った。
心臓が壊れそうなほど、ドキドキしている。
おばあさんは両手で顔を覆うと、消えそうな声でつぶやいた。
「このまま治療を続けても……目覚めることはないかもしれない」
頭の中が真っ白になる。
目覚めることはないかもって……そんな……。
「うっ、うううっ……」
体を丸めてうめいているおばあさんを見て、ハッとした。
苦しいのはわたしだけじゃない。
「おばあさん……」
おばあさんの背中に手を回し、必死に撫でる。
「どうして……どうしてあの子までこんなことに……嫁も息子もいなくなって……どうしてあの子まで……」
おばあさんが泣き崩れる。わたしは声をかけることができない。
ただひたすら背中を撫でて、一緒に涙をこぼしていた。
「ごめんね、奈央ちゃん。心配ばかりかけて」
「いえ……」
息を切らしながら、首を横に振る。
「まったくいつまで寝たら気が済むのかしらねぇ、あの子は」
冗談っぽく言っているけど、おばあさんはずいぶんやつれてしまった気がする。
病棟に行くと個室の前で立ち止まり、「ここよ」とおばあさんが教えてくれた。
「わたしは先生とお話してくるから。奈央ちゃん会ってやってくれる?」
「はい」
笑いかけてくれたおばあさんの瞳が、潤んでいるのがわかった。
去っていくおばあさんに頭を下げると、ドアをノックして声をかける。
「……春輝?」
部屋に入った途端、消毒液のような匂いが鼻をかすめた。ベッドの周りには、いくつもの機械が置いてあって、そこから電子音や酸素を送る音が規則的に響いている。
わたしは一歩ずつ、足を進める。ベッドの上に誰かが寝ている。
「春輝……なの?」
頭には包帯が巻かれ、顔には酸素マスク、腕には点滴がつながっていて、一目見ただけでは誰だかわからなかった。
震える足を動かして、ベッドのそばに立った。途端に涙があふれてくる。
そこにいたのは、間違いなく春輝だったから。
「……っ」
嗚咽が漏れて口をふさぐ。体が震えて言葉が出ない。
意識不明と聞いて覚悟はしていたけれど、自分の目で見るまではわかっていなかった。
わたしのことをからかって笑っていた春輝が。並んで海を見ていた春輝が。わたしにキスをしてくれた春輝が――。
震えながら手を伸ばす。点滴がつながっている春輝の手を優しく握る。春輝はわたしの手を、握り返してくれない。
「春輝……」
顔を近づけて名前を呼んだ。だけどその目を開けてくれない。
「うっ……」
わたしの涙が春輝の顔に落ちる。
嫌だ。嫌だ。こんなの嫌だ。
「ねぇっ……起きてよっ……」
わたしの写真、撮ってくれるんでしょ? お父さんみたいに、映画監督になるんでしょ? 夢ができたって言ったじゃん。生きるって言ったじゃん。
「起きてよぉ……」
手を握ったまま、床に膝をついた。涙があふれて止まらない。
「春輝ぃ……」
声を押し殺して、わたしはただ泣くことしかできなかった。
赤くなった目をハンカチで隠しながら病室を出た。病棟の端の誰もいない面会室に、おばあさんが座っていた。
「おばあさん……」
「ああ、奈央ちゃん……」
おばあさんは疲れ果てたような顔でわたしを見上げる。
「いまね、先生とお話したの」
「……はい」
おばあさんは深く息を吐いてから、苦しそうに言葉を出す。
「春輝の場合……意識が回復する可能性は、極めて低いでしょうって……」
「え……」
体がふらっとよろけて、そばにあった椅子にすとんと座った。
心臓が壊れそうなほど、ドキドキしている。
おばあさんは両手で顔を覆うと、消えそうな声でつぶやいた。
「このまま治療を続けても……目覚めることはないかもしれない」
頭の中が真っ白になる。
目覚めることはないかもって……そんな……。
「うっ、うううっ……」
体を丸めてうめいているおばあさんを見て、ハッとした。
苦しいのはわたしだけじゃない。
「おばあさん……」
おばあさんの背中に手を回し、必死に撫でる。
「どうして……どうしてあの子までこんなことに……嫁も息子もいなくなって……どうしてあの子まで……」
おばあさんが泣き崩れる。わたしは声をかけることができない。
ただひたすら背中を撫でて、一緒に涙をこぼしていた。
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