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第4章 この命と引き換えに
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「はあっ、はあっ……」
息を切らしながら、自転車を走らせる。
苦しい、苦しい……でも足は止めない。
海が見えた。潮の匂いがする。T字路を右に曲がった。堤防に沿って、こぎ続ける。
やがて春輝のおばあさんの家が見えてきた。
「おばあさんっ!」
玄関の引き戸を叩く。だけど誰も出てこない。
「春輝のおばあさん!」
何度も呼んで、引き戸を開けようとしたけれど、鍵がかかっていた。
「……いないんだ」
きっと病院にいるんだろう。
わたしは玄関の前に、ずるずると座り込んでしまった。
ポケットからスマホを取り出す。今日一日で、何度確認しただろう。
メッセージアプリの画面は、やっぱり変化がない。
「春輝……」
胸にスマホをぎゅっと抱きしめたとき、声がかかった。
「奈央ちゃん?」
ハッと顔を上げると、春輝のおばあさんが立っていた。わたしはすぐに立ち上がり、おばあさんのもとへ駆け寄る。
「あのっ、春輝くんが事故に遭ったって聞いて……」
おばあさんは疲れたような表情で、でもほんの少し笑みを浮かべて答える。
「ごめんねぇ、心配かけちゃって」
「い、意識は……」
おばあさんが首を横に振る。
「まだ起きないのよ、あの子。怪我はたいしたことないみたいなんだけどね。頭を強く打ったらしくて」
心臓がつかまれたように痛くなる。
「ご、ごめんなさい! 昨日、送ってもらったあと、もう一度わたしが春輝くんを呼び出しちゃって……それでわたしに会いにきてくれる途中で……」
息が詰まる。手が震える。勝手に涙があふれてくる。
『芹澤さんが呼んだりするから……だから春輝が事故に遭ったんじゃん』
そう、わかってる。美鈴の言うとおりなんだ。
「ごめんなさい! ごめんなさい! わたしのせいなんです! わたしのせいで春輝が……」
「奈央ちゃん、落ち着いて」
おばあさんがわたしの背中を、優しく撫でてくれる。
「奈央ちゃんのせいじゃないよ? あの子が周りをよく見ないで、道路に飛び出しちゃっただけ。そこにたまたま車が来ちゃっただけ」
「違う……だってわたしが……わたしが呼ばなければ春輝は……」
「奈央ちゃんがそんなに泣いてたら、春輝が心配するんじゃないかな?」
わたしは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げる。おばあさんが穏やかな表情で、わたしを見ている。
『奈央。泣かないで』
春輝の声が、すぐそばから聞こえた気がした。
「ね? だからそんなに泣かないで。きっとすぐに目を覚まして、『お腹すいたぁ』って言うに決まってるから」
うつむいたわたしの背中を、おばあさんはまだ撫でてくれている。
きっとおばあさんは、わたしよりつらいはずなのに。わたしより心配しているはずなのに。
「奈央ちゃんは春輝を信じて、待っててくれるかな?」
「……はい」
スマホをぎゅっと握りしめて答える。
だけど全然自信がなかった。
いつまで待てばいいの? 待ってるだけでいいの? 春輝は本当に帰ってくるの?
不安で、心細くて、寂しくて。
もしこのまま春輝に会えなかったらって思うと、胸が張り裂けそうになる。
また病院に戻らなければならないというおばあさんと別れ、自転車を押しながら歩いた。
おばあさんは「意識が戻ったらすぐに知らせるね」と、わたしと連絡先を交換してくれた。
T字路まで進むと少し考えてから、曲がらずにまっすぐ進んだ。海の神社のほうだ。
空き地に自転車を止め、ゆっくりと階段を下りる。
今日の海は青く、穏やかだった。祠の前に立ち、真っ暗な夜、洞穴の中で朝まで体を丸めていたことを思い出す。
「わたしが助けてなんて言わなければ……」
思い出したら、また涙があふれそうになる。
『お父さんが帰ってきますように』
そのときふと、ここで祈っていたお母さんの姿を思い出した。
『ここには神様がいるんだよ』
「神様……」
わたしはごくんと唾を飲むと、祠の前で手を合わせた。
春輝が……帰ってきますように。
目を開けて、自分で自分にあきれ返る。
神様に祈ったって無駄だと思っていたのに。頼りない神様だとバカにしていたのに。
こんなバチ当たりの人間の望みなんて、叶えてくれるはずがない。
神様に背中を向け、鳥居の先の海を見る。
ここで春輝に助けてもらったことを思い出し、また泣きそうになった。
息を切らしながら、自転車を走らせる。
苦しい、苦しい……でも足は止めない。
海が見えた。潮の匂いがする。T字路を右に曲がった。堤防に沿って、こぎ続ける。
やがて春輝のおばあさんの家が見えてきた。
「おばあさんっ!」
玄関の引き戸を叩く。だけど誰も出てこない。
「春輝のおばあさん!」
何度も呼んで、引き戸を開けようとしたけれど、鍵がかかっていた。
「……いないんだ」
きっと病院にいるんだろう。
わたしは玄関の前に、ずるずると座り込んでしまった。
ポケットからスマホを取り出す。今日一日で、何度確認しただろう。
メッセージアプリの画面は、やっぱり変化がない。
「春輝……」
胸にスマホをぎゅっと抱きしめたとき、声がかかった。
「奈央ちゃん?」
ハッと顔を上げると、春輝のおばあさんが立っていた。わたしはすぐに立ち上がり、おばあさんのもとへ駆け寄る。
「あのっ、春輝くんが事故に遭ったって聞いて……」
おばあさんは疲れたような表情で、でもほんの少し笑みを浮かべて答える。
「ごめんねぇ、心配かけちゃって」
「い、意識は……」
おばあさんが首を横に振る。
「まだ起きないのよ、あの子。怪我はたいしたことないみたいなんだけどね。頭を強く打ったらしくて」
心臓がつかまれたように痛くなる。
「ご、ごめんなさい! 昨日、送ってもらったあと、もう一度わたしが春輝くんを呼び出しちゃって……それでわたしに会いにきてくれる途中で……」
息が詰まる。手が震える。勝手に涙があふれてくる。
『芹澤さんが呼んだりするから……だから春輝が事故に遭ったんじゃん』
そう、わかってる。美鈴の言うとおりなんだ。
「ごめんなさい! ごめんなさい! わたしのせいなんです! わたしのせいで春輝が……」
「奈央ちゃん、落ち着いて」
おばあさんがわたしの背中を、優しく撫でてくれる。
「奈央ちゃんのせいじゃないよ? あの子が周りをよく見ないで、道路に飛び出しちゃっただけ。そこにたまたま車が来ちゃっただけ」
「違う……だってわたしが……わたしが呼ばなければ春輝は……」
「奈央ちゃんがそんなに泣いてたら、春輝が心配するんじゃないかな?」
わたしは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げる。おばあさんが穏やかな表情で、わたしを見ている。
『奈央。泣かないで』
春輝の声が、すぐそばから聞こえた気がした。
「ね? だからそんなに泣かないで。きっとすぐに目を覚まして、『お腹すいたぁ』って言うに決まってるから」
うつむいたわたしの背中を、おばあさんはまだ撫でてくれている。
きっとおばあさんは、わたしよりつらいはずなのに。わたしより心配しているはずなのに。
「奈央ちゃんは春輝を信じて、待っててくれるかな?」
「……はい」
スマホをぎゅっと握りしめて答える。
だけど全然自信がなかった。
いつまで待てばいいの? 待ってるだけでいいの? 春輝は本当に帰ってくるの?
不安で、心細くて、寂しくて。
もしこのまま春輝に会えなかったらって思うと、胸が張り裂けそうになる。
また病院に戻らなければならないというおばあさんと別れ、自転車を押しながら歩いた。
おばあさんは「意識が戻ったらすぐに知らせるね」と、わたしと連絡先を交換してくれた。
T字路まで進むと少し考えてから、曲がらずにまっすぐ進んだ。海の神社のほうだ。
空き地に自転車を止め、ゆっくりと階段を下りる。
今日の海は青く、穏やかだった。祠の前に立ち、真っ暗な夜、洞穴の中で朝まで体を丸めていたことを思い出す。
「わたしが助けてなんて言わなければ……」
思い出したら、また涙があふれそうになる。
『お父さんが帰ってきますように』
そのときふと、ここで祈っていたお母さんの姿を思い出した。
『ここには神様がいるんだよ』
「神様……」
わたしはごくんと唾を飲むと、祠の前で手を合わせた。
春輝が……帰ってきますように。
目を開けて、自分で自分にあきれ返る。
神様に祈ったって無駄だと思っていたのに。頼りない神様だとバカにしていたのに。
こんなバチ当たりの人間の望みなんて、叶えてくれるはずがない。
神様に背中を向け、鳥居の先の海を見る。
ここで春輝に助けてもらったことを思い出し、また泣きそうになった。
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