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第3章 【すぐに行く】

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「あら、戻ってきたの?」

 明るくなるまで海にいて、早朝、叔母さんの家に戻った。
 いきがって飛び出したものの、結局わたしには、ここしか居場所がないんだ。
 情けなくて、顔を上げられない。

「朝帰りなんて恥ずかしい! 近所の人に見られなかったでしょうね?」

 黙り込むわたしのことを、叔父さんと恵麻が遠巻きに見ている。
 叔父さんはいつもなにも言わない。ただこうやって、叔母さんに怒られているわたしを眺めているだけだ。

「あんたの部屋、片付けちゃおうと思ってたわよ」

 嫌味を言われても文句は言えず、黙ったまま二階へ上がる。

「まったく。『ごめんなさい』の一言くらい言えないの? ほんとに可愛げのない子だね!」

 叔母さんの言うとおりだ。
 わたしは春輝の前でも、『可愛げのない子』だった。


 準備をして、すぐにまた学校に向かった。
 朝の日差しの中、ペダルを踏み込む。
 今朝、春輝にメッセージを送ったが、まだ返信はない。

【今日の放課後、話したい】

 昨夜、あの洞穴で、ずっと考えていた。ずっとずっと、春輝のことを考えていた。
 そうしたら寂しくなって、泣きたくなって、会いたくなってしまった。
 やっぱりわたし、春輝のことが好きなんだ。
 だから昨日のこと、謝ろうと思った。
 ちゃんと会って、素直に自分の気持ちを伝えようと思った。

 ペダルを踏む足に、力を込める。ハンドルを強く握り、前を見つめる。
 だけど学校に着いても、教室に入っても、春輝からの返信どころか、既読もつかなかった。


「ねぇ」

 席に着き、スマホの画面を見下ろしていると、声がかかった。美鈴だ。
 昨日のことを思い出し、胸がもやもやする。

「春輝は?」
「え?」
「昨日の夜、会ったんでしょ?」

 わたしが首を横に振ると、美鈴が顔をしかめた。

「だって電話を切ったあと、芹澤さんのところに行くって、走ってったんだよ? あたしを残して」

 わたしのところへ?

「ねぇ、春輝どこにいるのよ。メッセージ送っても既読つかないんだけど」
「……知らない」

 メッセージアプリを開く。わたしのメッセージにも既読がついていない。
 胸が激しくざわついた。
 そのとき慌ただしく担任の女性教師が入ってきた。

「みんな、席について!」

 先生の顔が青ざめている。ただごとではない気配を感じ、みんなおとなしく席についた。

「昨日の夜遅く、事故がありました」

 みんなが座ったのを確認すると、先生は前置きもなく、いきなり話しはじめた。

「道路を渡っていた渋谷くんが車にはねられて……入院しています」
「えっ……」

 教室中がざわめきはじめた。驚きのあまり、声も出せない生徒もいる。

「春輝が事故?」
「マジ?」
「大丈夫なのかよ」
「静かに」

 先生の声に、教室が静まり返る。よく見ると、その目が真っ赤だ。

「渋谷くんは懸命に治療を受けているので、だからみんなも……」

 先生が声を詰まらせる。きっと、ひどい怪我なんだ。

「あのっ!」

 わたしは立ち上がった。先生と教室中の視線が集まる。

「びょ、病院はどこですか? いまから行かせてください!」

 先生は驚いた顔でわたしを見たあと、首を横に振った。

「いま行っても会えません。意識がなくて……面会謝絶なの」

 教室の中がしんとした。わたしはすとんっと、落ちるように椅子に座る。
 意識がなくて……面会謝絶?
 え、なにそれ。どうして? どうして春輝が?
 だって……昨日まで元気だった。自転車で駆け抜けて、春輝の家に行って、キスをして、おばあさんの唐揚げを食べて、別れ際に一緒に笑って……。

「とにかくいまは、渋谷くんの回復を祈りましょう。皆さんも交通事故にはくれぐれも気をつけて……」

 先生の声は、それ以上聞こえなくなった。
 みんながなにかしゃべっている。きっと春輝のことだ。だけどなにを言っているのかわからない。
 震える手で、スマホを取り出した。メッセージアプリの画面を開く。

【今日の放課後、話したい】

 わたしが送ったメッセージに、既読の文字はついていない。
 素早く指を動かして、そのあとに続ける。

【春輝、大丈夫?】
【返事して】
【ねえ】
【お願いだから】

 しかし何時間待っても、返事はもちろん、既読もつかなかった。
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