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第3章 【すぐに行く】

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「まあまあ、可愛らしいお嬢さんだこと。春輝の彼女にはもったいないねぇ」

 春輝のおばあさんはとても小柄で、でもすごく元気のいいおばあさんだった。
 照れくさくて顔を上げられないわたしの隣で、春輝はずっとにこにこしていた。

「お名前は? なんていうの?」
「芹澤奈央です」

 名乗ってから、もしかしてわたしのお母さんの噂を知ってるかな?と思った。
 隣町とはいえ、狭くて閉鎖的な地域。たいした娯楽もないから、みんな人の噂話が好きなのだ。わたしのお母さんが東京に出ていったこと、芸能界に入ったこと、不倫をして帰ってきたこと、おばあさんくらいの年齢の人なら、聞いたことがあるかもしれない。
 だけどおばあさんの態度は変わらなかった。

「夕飯食べていくんだろ? 今夜はばあちゃんお得意の、鶏のから揚げを山ほど揚げるからね」
「やった! ばあちゃんの唐揚げ、めっちゃうまいから! 奈央も絶対気に入るから!」
「う、うん」
「じゃあ、さっそく作るからねー」

 腕まくりしたおばあさんに声をかける。

「あの、なにか手伝うことありますか?」
「いいのいいの! 春輝の相手してやって。あ、でも春輝! 奈央ちゃんに手を出したら、ばあちゃん許さんからね!」
「そんなことしないって」

 ふたりがわたしの前で笑っている。祖母と孫の関係が、すごくうまくいっているんだってわかる。だからこそ――。


「あのおばあちゃんを、絶対悲しませたらだめだからね」

 機材やDVDだらけの部屋に戻って、春輝とふたりだけになると、わたしは言った。

「え?」
「もう二度と、死んでもいいなんて思わないで」

 春輝は不思議そうに首をかしげる。

「どうしたんだよ、急に」

 わたしは春輝の顔を見つめて言った。

「心配してるの! さっきだってヤバいやつらに、ふらふらついて行っちゃうし。まだ春輝は、自分のせいでお父さんが亡くなったなんて、思ってるんでしょ?」

 手を伸ばし、春輝の腕をつかむ。春輝がどこにも行ってしまわないように。

「違うから。そうじゃないから。お父さんが亡くなったのも、お母さんが亡くなったのも、春輝のせいじゃない」

 春輝はじっとわたしを見つめてから、うなずいた。

「……うん」
「約束して。おばあちゃんを絶対悲しませないって」
「わかった。約束する」

 もう一度うなずいたあと、春輝が言う。

「でも奈央も約束して」
「え?」
「いくらおれのためでも、危ないことはしないって。奈央は強いし、助けてもらえて嬉しいけど、好きな子に危ないことはしてほしくない」

 春輝の声がじんわりと胸に沁み込む。
 つかんでいたわたしの手を、春輝が引きはがす。その代わりわたしの背中に手を当てて、そっと胸に抱き寄せた。

「おれだって心配なんだよ、奈央のこと。叔母さんの家がつらかったら、いつでもうちにおいでよ。ばあちゃんだって喜ぶし」
「うん……」

 答えながら、胸がドキドキしていた。春輝に抱きしめられて、体が熱い。

「奈央」

 少し体を離した春輝が、わたしを見下ろす。至近距離で目が合って、息が苦しくなる。

「おれはいつだって奈央の味方だから。なにかあったらすぐに呼んで。どこへでも助けにいく」

 返事の代わりに名前を呼んだ。

「春輝」
「うん?」
「好き」

 自然に、ごく自然に、その言葉が出た。
 春輝が子どもみたいに無邪気に笑う。

「おれも」

 そしてゆっくりとわたしに顔を近づけると、唇に優しくキスをした。
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