14 / 44
14話 役割
しおりを挟む文化祭が近づくと、次第に校内が活気づいてくるのを肌で感じる。
類香はポスターを貼るために、一人で二十枚ほどのポスターを抱えて廊下を歩いていた。掲示する場所を探しながら歩いていると慣れているはずの校内が案外広く思えた。
ポスターの枚数は決まりがあるが掲示場所は自由。しかも早い者勝ちなので、掲示期間が解禁されると良い場所を求めて皆すぐに動き始める。
同じくポスターを抱えて歩き回っているライバルたちとすれ違いながら、類香は一人で作業を進めた。
しばらく歩き回り、ようやく一枚貼れる場所を見つけた。類香は手に持っていたポスター用のテープをちぎる。
実際に貼ってみようとすると、既にほかのクラスや部活の出し物のポスターが貼られていたため、目視とは違ってスペースには余裕がなかった。しかし、ここは結構目立つ場所だ。是非とも貼り出したい。
類香が掲示に格闘していると、かろうじて抱えていたポスターの束が逃げ出そうとしていた。
「あ、ちょっと……」
類香がポスターに苦言を呈そうとすると、その脱走を止める手が伸びてきた。
「手伝うよ、類香ちゃん」
和乃の声だった。類香は伸びてきた手の方向を見た。和乃がダークグレーのセーターを着てお得意の笑顔でにこにこ笑っている。
「いや、大丈夫だって」
類香は反射的にそう答える。
「和乃は練習があるでしょ?」
「畔上くん待ちなの。まだ少し時間あるから」
和乃は逃げ出したポスターの束を抱えると、類香が掲示しようとしているポスターを抑えた。
「この前、歌を撮ったの。キャラクターに合わせて流れてくると、自分の歌声じゃないみたいだった」
類香は和乃の話を耳に入れながらポスターをテープで止める。確かに手が多いから一人よりやりやすくなった。
「MCとか不安だけど、台本も考えてくれたし」
「うん」
「なんとかなるよね?」
「うん」
類香はポスターが曲がっていないかを確認する。
「このポスターも素敵。みんな、色んなことができるんだなぁ」
和乃はしみじみとした顔をしてそう言った。たくさんの主張の中で、一段とカラフルなキャラクターのイラストは嫌でも目立つ。
「いいなぁ……才能って羨ましいな。私は何もできないのに」
「そんなことないでしょ」
類香は掲示の出来に満足すると、次なる掲示場所を探しに歩き出した。
「和乃はキャラクターになりきれたじゃない」
「……そうかなぁ?」
和乃は自信がなさそうに呟く。
「まだ結果は分からないけど、今のところ上手くできてるよ。皆、和乃に感謝してるんじゃない?」
「本当?」
「他にやりたい人もいなかっただろうし」
「類香ちゃんも感謝してる?」
和乃が表情を窺ってくるので、類香は口をきゅっと閉じる。
「私は、別に、誰がやっても良かったけど。出し物自体なくなっても良かったんだけどね」
「もう、類香ちゃんの意地悪」
和乃はくすくすと笑って受け流す。意外と、和乃は類香の素っ気ない態度も平気なようだ。一日話せなかったかもしれないくらいで泣きそうになっていたのに、不思議な子。類香は眉をしかめながらまた一枚ポスターを掲示した。
「当日、類香ちゃんは文化祭回るの?」
「どうしようかな。見たいものはないけど」
「そしたら、弦楽部の発表見に行かない?」
「講堂の?」
「うん。津埜ちゃん、応援しに行かなきゃ」
和乃は大きく頷く。
「……用事もないし、いいけど」
「やった。それじゃ一緒に行こうね」
類香はこくりと承諾しながらも冷めた目で和乃を見る。
(行かなきゃって、そんな義務感持たなくてもいいのに)
和乃はそんな類香の視線も気にせず、新たな掲示場所を指差した。
「類香ちゃん、あそこどうかな?」
類香は黙ったまま頷き、和乃の見つけた掲示場所へと向かった。それから半分ほどの枚数を掲示し終えた類香はふと近くにあった時計を見やる。
「和乃、練習は?」
「あ、そうだ!」
和乃が同じく時計に目をやると、ちょうど廊下の向こうから和乃を呼ぶ声が聞こえてきた。
「日比、もう準備できてるぞ」
「日向くん! ごめん、呼びに来てくれたの? ……あ、そういえばスマホ教室に置いたままだった……」
「今、準備終わったところ。走らなくても大丈夫だ」
焦る和乃を夏哉は優しくなだめる。
「ありがとう! じゃあ、私、もう行かないと……」
和乃は名残惜しそうに類香を見る。類香は彼女のことを直視しないようにしながら「大丈夫。手伝ってくれてありがとう」と、残りのポスターを受け取った。
「類香ちゃんごめん。中途半端で」
「いいから、みんな待ってるよ」
「でも……」
「残りは俺が手伝うから」
なかなか動かない和乃に対して夏哉がそう笑いかけた。「本当?」と、和乃は顔を上げる。
「だから、日比は練習に行ってこい」
「うん! ありがとう!」
ようやく納得した和乃は、そのまま早歩きで教室へと向かって行った。
「…………」
類香は和乃の背中を見送ると、夏哉をじとっと疎ましげに見る。
「夏哉は練習参加しないの?」
「機材担当は何人もいるし、代わりのいない日比ほどじゃないしな」
「……そう言って、サボるつもり?」
「まさか。終わったらすぐ戻るって」
夏哉はそう言って類香からポスターの束を奪った。
「とにかく、これで日比は心置きなく練習できるし、こっちも早く終わらせるぞ」
「はいはい」
類香は小さく息を吐く。
「助っ人様がいればすぐに終わりますね」
類香の嫌味ったらしい言葉も夏哉は笑って聞こえないふりをした。
和乃も夏哉も過保護すぎる。
類香は肩を落として心の中でため息を吐いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
明星一番! オトナ族との闘い。
百夜
青春
波乱万丈、神出鬼没!
言葉遊びで展開する新感覚のハイテンション学園アクションコメディです。
明星一番は高校3年生。偶然隣りの席にいた三咲と共に、次々と襲い掛かかってくるオトナ族との闘いを「言葉遊び」で制していくーーー。
だが、この学園には重大な秘密が隠されていた。
それが「中二病」・・・。
超絶推理を駆使して、彼らはその謎を解けるのか?
【完結】あの日、君の本音に気付けなくて
ナカジマ
青春
藤木涼介と清水凛は、中学3年のバレンタインで両片思いから両想いになった。しかし高校生になってからは、何となく疎遠になってしまっていた。両想いになったからゴールだと勘違いしている涼介と、ちゃんと恋人同士になりたいと言い出せない凛。バスケ部が楽しいから良いんだと開き直った涼介と、自分は揶揄われたのではないかと疑い始める凛。お互いに好意があるにも関わらず、以前よりも複雑な両片思いに陥った2人。
とある理由から、女子の好意を理解出来なくなったバスケ部男子と、引っ込み思案で中々気持ちを伝えられない吹奏楽部女子。普通の男女が繰り広げる、部活に勉強、修学旅行。不器用な2人の青春やり直しストーリー。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
青春ヒロイズム
月ヶ瀬 杏
青春
私立進学校から地元の近くの高校に2年生の新学期から編入してきた友は、小学校の同級生で初恋相手の星野くんと再会する。 ワケありで編入してきた友は、新しい学校やクラスメートに馴染むつもりはなかったけれど、星野くんだけには特別な気持ちを持っていた。 だけど星野くんは友のことを「覚えていない」うえに、態度も冷たい。星野くんへの気持ちは消してしまおうと思う友だったけれど。
八法の拳
篠崎流
青春
戦国から現代まで九重の一族に伝わってきた拳法・八陣拳。現代の直系継承者の3人の子らが東京へ出て来た事から起こる様々な事件
正直此処でのジャンルが不明ですが、学校日常+現代格闘物なので一応青春辺りに入れてます
片翼のエール
乃南羽緒
青春
「おまえのテニスに足りないものがある」
高校総体テニス競技個人決勝。
大神謙吾は、一学年上の好敵手に敗北を喫した。
技術、スタミナ、メンタルどれをとっても申し分ないはずの大神のテニスに、ひとつ足りないものがある、と。
それを教えてくれるだろうと好敵手から名指しされたのは、『七浦』という人物。
そいつはまさかの女子で、あまつさえテニス部所属の経験がないヤツだった──。
どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について
塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。
好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。
それはもうモテなかった。
何をどうやってもモテなかった。
呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。
そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて――
モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!?
最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。
これはラブコメじゃない!――と
<追記>
本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる