操り人形の外の世界

冠つらら

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41.バレンタインの告白

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 バレンタイン。今日は両親はディナーに出かけていて、私とゾイアはケリーお手製のディナーの後で、風船が飾られたリビングで寛いでいた。
 毎年バレンタインになると、朝からリビング中に可愛らしい形の風船をいくつも飾るのが我が家の恒例だ。私たちが小さなころに始めた習慣で、飾ることが好きなゾイアにとってはクリスマスに並ぶ大イベントだった。
 赤とピンクに囲まれたリビングは、気を抜くと目が眩みそうになる。

「今年は随分と派手ね……」

 ソファで雑誌を読んでいるゾイアに向かって、テレビを流し見している私は呟いた。

「そう? だいぶシックだと思ったんだけど……」
「いいえ。すっごくポップよ……」

 きょとんとするゾイアは隣に浮かんでいる風船を見上げる。

「うーん。じゃあ、もうちょっと勉強しないとだな……」

 ゾイアは雑誌を閉じ、机の上に積んでいる本を手に取った。デザインに関するものだ。
 そんな彼女の行動に、私はふと頭に浮かんだ問いをそのまま投げかける。

「ゾイアは、将来どうしたいの?」
「え? 何、いきなり」

 眉をひそめるゾイアは本から顔を上げた。

「会社に、携わっていきたい?」

 私は構わず続ける。

「そりゃあ少しくらいはね。でも、私はリーダーって性分じゃないから、こっちの方面で何かしていきたいな」

 そう言って彼女は読んでいる本をトントンと叩く。

「私は裏方が好きなんだと思う。サプラーイズってね、驚く顔を陰から見ていたいから」

 活き活きとした笑顔で大げさに手を広げてみせる。

「私はロミィとは違って、お父さんみたいな立場は向いてないよ」
「……そうかな?」
「うん。お母さんみたいな裏将軍って感じ」
「ふふ、なにそれ……」

 ゾイアの得意げな顔に思わず吹き出した。それでも彼女の言いたいことはなんとなく分かる。確かに母は強い。それに頭も切れていつも冷静で、それでいて面白いアイディアを持っている。大人しい性格なのに、その中身はどっしりとしているのだ。

「そういうロミィはどうなの?」
「え?」

 ゾイアは身を乗り出して私の方を見る。

「お父さんの書斎からファイルのコピーを持ち出して、どういうつもり?」

 ニヤリと笑う彼女は、完全に私を獲物を見る目で捉える。

「……別に、大したことではないんだけど……」

 もう見ていないテレビから笑い声がどっと沸いた。一度画面を横目で見てから、私はゾイアの方を向く。

「知ってる? ゾイア。女性の美しさの味方って言葉」
「うちのブランドの謳い文句の一つよね?」
「そう。それはね、誰もが持っている美しさを引き出すためにつけられたものなの。年齢も容姿も何も関係なくね。だけど最近、その方向性がブレていないかしら?」
「どういうこと?」

 ゾイアは興味津々に目を見開く。

「確かに、誰しもが持っている個性を引き出せたり、おしゃれを楽しむ力になれるのは嬉しいし、そうであるべきだと思う。だけど、最近のお父さんたちは本来のおばあ様の想いを忘れている気がするわ」
「……おばあ様の想い?」
「ええ。だって、おしゃれは誰しもが楽しむことでしょう? けれど、着飾っているのはもともと美しい若い女性たちばかり。それって、なんだか極端だと思わない?」
「……うーん。まぁ……あんまり決めつけたくはないなぁ」

 ゾイアは考え込むようにして頬杖をつく。

「今後の方針を覗いたら、やっぱり流行に敏感な最先端な人たちばかりをターゲットにしていくみたいで、このままだとブランドの敷居が上がってしまいそうなの。今だって、結構そういう傾向にあるでしょう? 値段はともかく、お店も入りにくいし……お客様が絞られている気がする。おしゃれするのに垣根なんていらないのに」
「でもこういう業界なんだから、お手本を提示していくのは普通じゃないかしら?」
「そうね……。それは否定しない。でも……」

 私は顔を上げて少し声を強める。

「私はね、限られた人だけじゃなくて、性別も、年齢も、そんなの関係なく、皆のことを支えたいの」
「……それって?」
「ロミィ、過去を繰り返すのか?」

 ゾイアの声に続いて、低い声がリビングに響いた。私とゾイアは一斉にその声の方を見る。
 するとそこには、ディナーから帰った両親がいた。母は手に赤い花束を持っていて、父も赤いハンカチをポケットに入れている。
 ケリーにコートを渡した二人は、そのまま私のことを真っ直ぐに見た。

 その視線が釘のように鋭利に突き刺さり、冷や汗が額に滲む。ドクドクと身体中の血がゆっくりとめぐり、警察に見つかった逃亡犯のごとく緊迫感に包まれる。
 一番聞かれたくない人に、私の密かな野望が見つかってしまった。

 父の言う過去とは、かつておばあ様が挑戦したプロジェクトのことだろう。
 男性向けのブランドを立ち上げようとして、大いに反対された過去は、社内でも有名だ。実際、その後の社会はおめかしどころではなくなり、プロジェクトの失敗こそが成功となった。

「……き、きっと、未来は変わります……!」

 父の視線に耐え切れず、私は思いの丈を放つ。

「おばあ様のプロジェクトは消えてしまったけれど、時代とともに、私たちの業界は必ず変わっていきます! それは流行とは違って、価値観そのものだって例外ではありません……!」

 父たちの見据える、ミヨンレ・プロストの高級路線、限られたお客様のみを相手にすることも間違いではないと思う。例えそうだとしても、このブランドが出来た経緯を、その想いを蔑ろになんてしたくはない。

 イディナさんやロイドさんのように、きっと、冒険を求めている人はたくさんいるのだから。
 それに寄り添う。それこそが、ミヨンレ・プロストの一番の情熱なのだ。
 母は花束を持ったまま、私のことを変わらない冷静な瞳で見ている。父が小さく息を吐き、そのまま自分の額を撫でた。

「ロミィ、挑戦だって簡単なことじゃないんだ」
「…………」

 母をちらりと見た父は、そのまま踵を返して書斎へと向かう。俯く私に対して、母は何も言わなかった。
 でもその表情は、初めて会社に対して意見した私への嬉しい驚きを秘めているようにも見えた。

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