操り人形の外の世界

冠つらら

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11.机上の思惑

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 夏の休暇は、あっという間に過ぎていく。
 オルメアとエレノアはクタルストンを離れ、エレノアは帰宅、そしてオルメアは別の避暑地へと向かってしまった。二人が去っても、私とニアはゾイアも交えてよく一緒に遊んだ。けれど、それももうあとわずか。

 夕暮れ時になると、心が勝手に泣きだしそうになる。それでも、荷物の整理をしなくては。
 私は重い腰を上げて、支度を始める。
 たくさん持ってきているから、片付けも大変。ゾイアも気持ちは同じで、二人して泣き言を言う。

「ちょっと休憩しようよー。もー疲れちゃった!」
「お前たちがたくさん持ってくるからだろう」

 ゾイアに父が呆れたように突っ込みを入れると、ゾイアはソファにだらけるように寝転ぶ。

「お父さん酷い! 私にとって服も帽子も靴も命と同じなのよ」
「大げさな……」
「お父さんもそれで商売しているでしょう!」

 ゾイアの言葉に、父はため息を吐いて新聞に視線を戻す。

「ちょっと私も休憩してくるわ」

 ゾイアがああなってしまっては、まだ時間がかかる。だから私は、外の空気を吸ってくることにした。しっかり者の母は、部屋で淡々と片付けをしている。

「あー! いい空気!」

 外に出て、腕をぐっと伸ばす。背伸びをすると、血が身体中を巡る気がする。

「あ、ニア!」

 隣のコテージからニアが出て行くのが見え、私は急いで駆け寄る。

「どこかへ行くの? もう支度は終わった?」

 ニアは私の質問攻めに目をぱちぱちとさせて、うんうんと頷く。

「支度は終わって、なんかテーブルサッカーでもしたくなって」
「テーブルサッカー? 私も一緒にやっていい?」
「いいよ。ロミィ、テーブルサッカーやったことあるの?」
「もう、馬鹿にしてるの? こう見えてもテーブルサッカーは何度もやってるの」

 私は、ふふん、と腕を組んだ。

「じゃあ、一緒にやろうか。ロミィ、強そうだね」
「そう見える? ふふっ、うれしい!」

 卓球の勝負以来、ニアの私を見る目が少し変わった気がする。少しだけ対等に近づけただろうか。そう思うと、胸がかゆくなる。もちろん、嬉しくて。無意識のうちに見下されるのも気分がいいものではないからね。

「そういえば、もうエレノアも帰ってしまったのよね?」
「うん。俺たちももうすぐ帰るけど、少し寂しいよね」
「ええ。今年は賑やかだったから、余計に」
「こういう夏も悪くないな」
「悪くないどころか、私は最高だったわ」

 ニアに笑いかけると、彼は少しはにかんだ。

「そうだな。ロミィたちのおかげだ」
「最後にテーブルサッカーで思い出作りね!」
「臨むところだ」

 ばちばちと、軽く目を合わせ、互いに対抗心を燃やした。
 事務局の建物でテーブルサッカーをしながら、私はふとニアとエレノアの関係を思い出す。

「ニア、エレノアとは、ここで知り合ったようなものよね?」
「ああ、そうなるな。互いに存在は知っていたが……」

 ここで、ニアが私のゴールにボールを入れる。

「よっしゃ!」
「あー!」

 私が残念そうな声を出すと、ニアは眉を下げてちらりと舌を覗かせて謝る。

「エレノア、どう思う? とてもいい子よね」
「ああ、俺もそう思う。これまで学校ではあんまり交流することもなかったし、夏が終わったらもっと仲良くなりたいものだな」
「そうね。学校でも会えるといいけど……」

 次は、私がゴールを入れる。ぴょんっと跳ねると、ニアが悔しそうに笑う。

「オルメアとロミィは、随分エレノアと親しくなれたんじゃないのか? 俺は、手伝いとかもしてて、そんなに話せなくて残念だったよ」
「ニアは私たちと比べると休暇でも忙しそうだったものね」
「慣れてるからそれはいいんだ。だけど……」

 また、私がゴールを入れる。だけど、ニアは無反応だった。目を伏せて、物思いにふけっているように見える。

「……少し、羨ましかったかな」
「え?」

 あんまりはっきりとは聞こえなくて、私は聞き返した。けれどニアは首を横に振って、笑って誤魔化す。

「なんでもないよ。休みが明けたら、またみんなでゲームでもしよう」
「……ええ、そうしたい。きっと楽しいわ」

 ニアはボールを置いて、人形たちを操りだす。そのまま、ニアは微動だにしない私の人形をすり抜けてゴールを入れる。

「ロミィ? どうかした?」
「いいえ。なんでもない。ごめんなさい」

 私は気を取り直して、ボールを手に取る。
 ちょっとした考え事をしていただけ。

 もしかしたら、ニアは……。

 さっきの言葉はあまり聞こえなかったけど、たぶんエレノアのことを言っていたのだろう。
 ということは、ニアは私たちのこと、羨ましいって思ったってこと? だとすると、ニアはもっとエレノアと親しくなりたかったのかな?
 私は人形にボールを蹴らせる。ガチャガチャと、それらを操る音が聞こえる。

「ねぇ、ニア」
「ん? 何?」

 聞いてもいいのか分からない。だから、もう喉元まで来ている疑問に急ブレーキをかけた。

「……休み明けの課題は、何になるかしらね?」
「さぁ、どうなることだか。ひたすら消化していくのみだ」

 ニアはテーブルサッカーに夢中だ。
 だけど、私は気になって仕方がない。
 ニア、もしかして、エレノアのこと好きなの?
 シナリオではそうだった。だけど、シナリオじゃなくてもあり得る可能性。
 私は、お節介の心に火が灯りそうになって、慌てて消火する。

 そうして、長い長い夏休みは幕を閉じた。
 愛おしいクタルストンを後にして、私たちは都会の街へと戻って行く。
 夏の終わりに、シナリオと同じようにエレノアに問題が起きた。

 だけどその続きは、私にもまだ分からない。
 ただ一つ言えることは、頭の中に響く悪魔の声は、私たちのことを無事に見逃してくれたということだけ。

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