君を駄目にする方法

冠つらら

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3 休暇明けの進捗

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 その日のペトラはいつになく上機嫌で、何かに勝ち誇ったように鼻歌交じりに手を動かしている。
 シエナはそんな彼女の分かりやすい態度を恐れるように笑う。

「ペトラ、一体何があったの?」
「ふふふ。今日はね、ラドミール・ヴィーカ、お休みなの」
「……はい?」

 シエナが首を捻ると、ペトラは一層機嫌が良さそうに鼻を鳴らして人差し指を立てる。

「ラドミールたちの部署の上長に警告したの。有給休暇を取ることは義務ですから、超過労働をしている者にしっかりと休暇を取らせなさいって」
「……うん。まぁ、間違ってはいないけど」
「でしょう? こういう時、普段は立場が弱くて内心馬鹿にされてる私たちの権限がものを言うよね。ふふふ。いい気分」
「そ、そんな卑屈なこと言わなくても……」
「でもそうじゃない。別のフロアに顔を出した時の皆の反応、分かるでしょ?」

 シエナはペトラが監査の時に見せる意気揚々とした表情を迎え入れる皆の反応を思い出し、そのくたびれた顔が鮮明に頭に浮かぶ。
 思わず渇いた笑い声がもれ、彼女の素直な反応にペトラは腕を組んでため息をつく。

「別に、皆をいじめたいわけじゃないのになぁ」
「そうだねそうだね、分かってるよペトラ。ペトラは皆の心身の健康を気にしているだけだもんね」

 うんうん、と頷くシエナは慰めるようにペトラの頭を撫でる。

「とにかく。これでラドミール・ヴィーカは一週間の休暇に入った。のんびり休んで、頭を冷やせばいいのよ」
「はははっ。向こうの上長が聞いたら青ざめそうな言葉」
「相手の好意に甘えて酷使する方が悪いの!」

 ぴしゃりと言い放ったペトラは引き続き空中像へと意識を戻す。
 シエナも彼女に続いて自らの仕事へと戻っていった。

(そうよ。無理に身を粉にする必要なんてないんだから。そんなので体力を削るより、もっと長いこと活躍してもらいたいもの)

 透明盤を叩くペトラの表情には僅かに憂いが陰る。
 一週間後、職場に戻った彼の様子が気になってしまうのはもう目に見えていること。
 彼らのフロアでラドミールの人当たりの良さ全開の笑顔を見た時からペトラは気になってしまってしょうがない。
 どうして彼は自らの健康状態を知りながらもあんなに過度に働くことを求めるのか、と。
 
 ラドミールの休暇明け初日。ペトラはこっそりと補佐部隊フロアへと向かう。まだ朝も早く、人もまばらでペトラが姿を現しても誰も気にかけてこない。
 ペトラはどうしても休暇明けの彼の表情が見たかった。彼女の予想で浮かぶのは、久しぶりに過ごした優越の時間からまだ抜け出せず、周りと比べて多少ふわふわしている彼の顔だった。
 騎士団で働く多くの人間がそうだからだ。ペトラは彼もきっと例外なくそれに当てはまるはずだと自信を持っている。そうして、多忙を求める毎日に疑問を抱いて欲しい。そう望んでいた。
 朝早く訪れたのも、確実に彼の最初の表情を見るためだった。昼休みに入ってしまってからだともう遅い。新鮮さが第一だ。
 ペトラが前回と同じ席に座ってラドミールを待ち構えようとした瞬間、目に入ってきた光景に彼女はぎょっと目を丸くする。
 視線の先では、以前見た時と同じように、彼が空中像に向かって座っていた。

「えっ!?」

 ペトラは時計を何度も見上げ、今がまだ既定の始業時間ではないことを確認する。

「どうしてどうして? どうしてもういるの?」

 始業時間よりも一時間以上は早いというのに、何故もう彼がそこにいるのだろう。ペトラはぐるぐると目が回りそうになった。
 彼と同じチームのメンバーはまだ誰一人として出勤してきていない。
 そんな中、彼はひたすらに透明盤を打ち込み、集中して仕事に取り組んでいる。事前に確認した時には、彼はやり残した業務などはなかったはず。
 ペトラは嫌な汗をかきながら硬直した表情で彼の後頭部を見つめる。もはや若干恐れすら感じるその姿に、ペトラの表情は引きつっていく。
 確かに彼はしっかりと休暇を取った。ペトラが上長に対して異議を唱えた義務を果たしたと言える。
 しかし復帰してすぐに前回と同じく、いや、それ以上の気迫で業務に取り組んでいる様を見たペトラは萎びた植物のようにへなへなと脱力してしまった。
 だらりと垂れた頭を机にゆっくりとした動きで打ちつけ、ペトラは束の間の無力感に襲われる。
 有給休暇は、彼にとっては本当にただのリフレッシュに終わったようだ。蓄えた気力やら体力やらで仕事への意欲は増しているように見える。

「あ! ラドミール君おはよう! 相変わらず朝早いねぇ。一週間寂しかったよ!」

 ペトラが項垂れている間に、同僚の一人が出勤してきた。ラドミールは彼女に対してにっこりと笑い返す。

「俺も働けなくて寂しかった。やっぱり仕事してないと落ち着かないよね」
「あー。そんなこと言っちゃって! こっちとしては頼もしいけどね。休みの間は何してたの?」
「えーっとね。持ち帰ってた資料を読み込んで、ちょっと修正とかしてた。今度の遠征のスケジュール組み込みとかブッキングとか、気になるところがあってさ。あと武器庫の資材の発注も滞ってることあるでしょ? そこの管理方法も作ってみたよ。最近被害があった地域の分析とかも。それと……」
「ちょ、ちょっと待って。それ、結局仕事してるじゃない」

 同僚の女性はけたけたと笑う。彼女の笑い声にペトラの頭が徐々に持ち上がっていった。

「あー。そうかも……? ははは。じっとしてられなくて」
「もーラドミール君、趣味とかないの?」
「うーん。今はないかなっ?」

 にこっと爽やかに笑うラドミール。

「でもやっぱり職場は仕事が捗るね。家にいると今チームにどんなタスクが残ってるか見えなくてさ……」
「ラドミール君はほんとうに頼りになるなぁ。私たちもラドミール君がいなくて、あんまり仕事が進まなかったんだ。だからほら、今日の私、早出してきたの」
「ああ。なるほど。残ってるタスク教えてよ。手伝えると思うから」
「ほんとう!? ありがとうラドミール君」

 同僚の女性は嬉しそうに飛び跳ねると、そそくさと自分の空中像を起動させた。
 自分に与えられたタスクをラドミールに見せ、彼はそのまま彼女の持っていたタスクを引き受けることになった。
 一部始終を見ていたペトラは、悪気もなさそうにラドミールの仕事を増やした彼女のことを恨めしそうに見る。
 彼は医者に命すら危ないと言われているというのになんとも図々しい。
 落ち込んでいる暇ではないと思い知ったペトラはぐっとこぶしを握り締め次の手に出ることにした。
 易々と引き受けるラドミールも悪い。

(タスクは、皆で振り分けるものです……!)

 ペトラは二人のことを睨みつけてから大股でフロアを出て行った。
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