魔法狂騒譚

冠つらら

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四部

64/だからこそ

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 普段は授業でしか使わない腕輪が光っている。

 ティーリンは、机の上に置きっぱなしにしているそれを見て、首を傾げた。ティーリンが近代科学魔法を使わないことは知られている。それなのに、誰かが連絡を取りたがっているようだ。そんなことがあるのだろうか。

 ティーリンは、不審に思いながらも腕輪をつけた。警戒しながらも、あまり使われた形跡のない鉱石部分をそっと撫でる。

『ティーリン?』

 浮かび上がってきたのは、リルだった。ティーリンは、思わず目を見開いた。

「リル?どうして…」
『ええ。不審に思うのも無理はないわね。近代科学魔法なんて、いつぶりに使ったかしら』

 リルはティーリンの心情を察してそう言った。

「…家を出たらしいな」
『あら?もう知っているのね』
「そのせいでシュタイフォードに呼ばれている」
『それはお気の毒に』

 リルは悪びれる様子もなく笑っている。

「で、何の用だ?」
『急かすわね。なぜ私があなたにこんな方法を使っているのか、それを考えれば大体わかるわよね?まさか私たちが近代科学魔法を使うなんて、誰も思わないでしょうからね』
「……執政府のことか?」

 ティーリンは苦い顔をした。

『他にあなたと話す話題もないもの』
「…研究所が実験をすることは知っているが、他にも何かあったのか?」
『耳が早いわね。まぁ当然のことね。首を突っ込んでくるのであれば、それくらいのことは知っているわよね。あなたが最初に、研究所への興味を示したのだから』

 リルは腰に手を当てて納得したように頷いた。

『でもあなたたちが手に入れる情報にも限界があるわよね。執政府のことについても、大筋のことは知っていても、細部は補完できるものでもないわ。だから、私の知っていることについても教えてあげる』
「何…?」

 ティーリンは眉をひそめた。リルが友好的になるなんて、怪しすぎる。

『あなたが警戒するのも分かるわ。だけどね、あなたたちが闘志を燃やしていることは知っているわ。あなたのことだから、きっともう賛同者も集めているはず。利害は一致しているわね。私は、ここまで登り詰めた地位をやすやすと手放したくはないの。この先の栄華を勝手に潰されるのは納得できないわ。それなら、あなたたちを活用して、私の道をもっと切り開いていった方がマシ。だから、私はあなたたちに情報をあげる。あとは勝手に考えてごらんなさい』
「…解釈が上手なものだな」
『なんとでも言いなさい。あなたの言葉なんて聞いていないから。…それにね、私は、ハイディ家としての本当の役割を果たすべきだと思うの。ご先祖様たちが強かで賢かったことは当然だけど、多くの人たちに支えられて来たこともまた事実よ。どこかで恩返しをしないと…。皆、本当は利口な人たちなのだから。あなたにも、一応それを担ってもらわないと』

 リルの口調がいつもより優しく感じた。いつもが冷たすぎるだけだろうか。ティーリンは、リルなりの正義に思わず口元が綻んだ。彼女は、ちゃんと周りのことも考えられる人なのだ。

『お爺様の凍り付いてしまった考えを解くのは、もう、きっと難しいの…』

 それでもまだ、リルはどこか諦めていないようにも見える。

「どうしてそんなにシュタイフォードに優しくできるんだ?」
『あなたにどう見えているのかは知らないけれど、私にとっては、ただ一人の、尊敬できる人だったのよ。憧れのヒーローは、簡単にはその幻影が崩れてくれないの』

 リルは一瞬だけ寂しそうに目を閉じると、息を吸った。

『けれど、今はそれだけではあの人を庇うことはできないわ』
「……リルはそれでいいのか?」
『あら?私の判断が間違っているとでも思うの?』

 くすくすと笑うリルを、ティーリンはじっと見つめる。彼女の覚悟を蔑ろにすることはできない。ティーリンは、リルに同情した。

『…話が逸れたわ。…とにかく、あなたたちに情報を渡すわ。結論として、あなたはそれを聞く気があるのかしら?』
「…………ああ、分かった」

 ティーリンは、静かに頷いた。リルはその返事に満足したようで、口角を上げる。

『黒幕はバルク・ヤーンよ。執政府の代表補佐をしているわ。前代表を務めていた叔母と進めてきた計画よ。バルク・ヤーンはとにかく魔法しかないこの世界を嫌っている。魔法が使えるだけでいい気になっている連中に、ほとほと嫌気が差しているみたい。かといって、ただの人間になりたいわけじゃないの。彼は、表の世界という娯楽を、一から自分で構築してみたくなったのね。積み木で遊ぶみたいに。ダッドレアと同じ。あちらの世界を玩具としてしか見ていない。玩具だから、一度壊してしまっても修理すればいいと思っているのね。誰よりも魔法に頼っているくせに、魔法使いを嫌うなんて、とんだ天邪鬼ね』

 リルは話しながら呆れてため息を吐いた。

『代表のジェイロイトは、何を考えているのかよく分からないのだけど、多分何も考えていないわね。どうしてあんな人があの席に座れたのかしら。きっとバルクが裏でうまいこと手を引いたのね。自分にとって扱いやすい人物を、お飾りとして置いたのかしら』
「……バルク・ヤーンか。聞いたことは、ないな」
『そうね。執政府に近しい者しか知らない存在よね。でも、名を馳せていないのもわざとよ。その方が都合がいいもの。内部では、とんでもなく力を持っているけどね』
「……それで、研究所の実験は、合図となるのか?」
『ええ。実験は恐らく成功するわ。認めたくないけれど、研究所は優秀な人間が揃っている。その後は、そこまで間を開けないうちに、本運用に取り掛かるでしょうね』
「…実験を止めることができたら?」
『当然、私たちの寿命は延びるわ。だけど、バルク・ヤーンが何も動かないわけがない。悲願を達成したくてたまらないはずだもの。必ず、誰かが犠牲になるでしょう』
「世間の抗争が激化して、本格的な戦争になりそうだな」
『そうね。大いにあり得るわ。その間に、古代魔法側の禁忌術の解析も終わってしまうかもしれないし。そうしたら、流石にもう手出しできる段階じゃなくなってしまうわ。一体、どんな地獄を見ることになるのかしらね』

 リルは腕を組んだ。

『だから、チャンスは今しかないのよ』
「……ああ」

 ティーリンも、深刻な様子で頷いた。

『あなたたち学生が、こんな内情を知っているだなんて、なんだか情けない話ね』
「いや、僕たちには抱えるものも、しがらみもそう多くはない。だからこそ飛び込めるんだ。それに、ちょっとだけ、いいとこ見せたい年頃だからね」

 ティーリンが控えめに笑ってみせると、無邪気なその笑顔に、リルは呆れたように息を吐いた。

『そう。そうしたら、その若気の至りを存分に発揮して頂戴ね』

 そして、そのまま真剣な眼差しでティーリンを見る。

『まずは研究所を止めるのよ。そこで時間稼ぎをするの』
「……そうだな」

 ティーリンは、レティとゾマーのことを思い返した。

「僕たちでも、出来ることはありそうだ」

 よからぬ悪だくみをする少年のように、ティーリンはリルに笑いかけた。
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