魔法狂騒譚

冠つらら

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三部

52/波紋の雫

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 まだ少し頭が熱い気がする。
 ゾマーは、そんなことを思いながら額に手を当てた。

 重怠い身体をゆっくりと動かし、ベッドから降りようと、ゾマーは足を床におろした。ツィエは、どうやら外出しているようだ。今日は休日。久しぶりに天気も良さそうだ。

 ゾマーは、まだ閉じようとしている瞼に反抗しながら、ベッドサイドの机の上を漁った。物がごちゃごちゃと置かれていて、ゾマーが手を動かすと、ペンが床に落ちる音がした。

「なんでこんなに散らかってるんだよ…」

 ゾマーは、自分が荒らしたであろう机に文句を言った。ここ一週間ほど、風邪で体調を崩し、整理整頓など何もできていなかった。対岸に見えるツィエの綺麗な机が、ゾマーの心に罪悪感をもたらした。ツィエはどちらかというと綺麗好きだ。友人が部屋を荒らしていく様を見ているのはストレスだっただろう。

 ツィエへの謝罪を心の中で唱えながら、ゾマーは目当ての物を手にした。その小さな瓶には、金平糖のような粒が入っていて、パステルカラーが目に優しかった。

 中から数粒を手のひらの上に出すとゾマーはそれを口の中に流し込んだ。噛むと、サクサクという小気味のいい音がする。
 これはレティに貰ったサプリメントのようなものだ。お菓子ではあるが、これを食べると体調がましになる。薬とは言えないが、元気が出ることは確かだった。

 ようやく熱が下がってきたゾマーは、思い切り背伸びをした。背中が伸びると、胸がすっとして気持ちが良かった。ゾマーは、「よし」と、気合いを入れて立ち上がった。

 今はまだ昼前だ。ゾマーは何か食べようと、寝癖のついた髪の毛を適当に整えながら部屋を出ようと扉を開ける。

「わぁっ!」

 ゾマーが一歩廊下に出ると、小さめの叫び声が聞こえた。

「?」

 ゾマーが目を向けると、その声の主は慌てて何かを後ろに隠した。

「ロドリー?」
「や、やぁゾマー!こんにちは!」

 ロドリーは、あからさまに焦った様子でにっこりと笑った。

「なんか、今、隠した?」
「な、なんのことかな?僕は何も持ってないよ!」
「いや、嘘下手すぎだから…」

 ゾマーは、ロドリーの焦っている表情を見て、拍子抜けしたように笑った。

「何?何か危険なものでも持ってるのか?」
「ゾマー、何を言ってるんだよ。僕は危険なものなんて持ってないよ」
「…だよなぁ。復学したばかりで、そんなリスキーなことはしないよなぁ」
「そうそう!僕だってそこまで馬鹿じゃないよ!」

 ロドリーは、焦点の定まらない目でまた笑ってみせる。

「きゅーん」

 その時、微かに何かの鳴き声が聞こえてきた。ゾマーは「ん?」と肩を上げ、耳を澄ました。一方のロドリーは、挙動不審に後ろに隠した何かを落としそうになっている。

「今、なんか…」
「きゅー」
「…やっぱり」

 ゾマーは、眉をひそめながらロドリーを見る。

「お前、身体に何か飼ってるのか?」
「え?」

 深刻そうな目で自分を見るゾマーに、ロドリーは思わずポカンとした。

「なんか鳴いてるぞ。魔法でも不発したのか?」
「い、いや…」

 ゾマーの、ロドリーを真剣に心配している声に、ロドリーは困惑した。まさかそう思うとは意外だった。余計な心配事を押し付けてしまった。

「いや、違うんだ、ゾマー」

 観念したように、ロドリーは持っていた袋を床に置いた。

「これだよ」
「…は?なんだそれ」

 袋から顔を出したニックに、ゾマーは思考が追いつかなかったようだ。ニックのことをただ見つめて、首を傾げてしまった。

「カウチェだよ。ニックっていうんだ。怪我してたから連れてきた」
「野生の…?」
「うん」
「…………」

 ゾマーは、思ってもいなかった展開に、放心状態になっている。そもそも、野生のカウチェと遭遇したことと、それを連れて帰ってきていることが繋がらなかった。

「かわいいでしょ?」
「きゅーん」

 ロドリーは、ニックの頭を撫でて朗らかに笑った。そして、他の生徒が来る前に、また袋を被せた。

「このこと、秘密にしてくれる?」

 ロドリーは両手を顔の前で合わせて、ゾマーにそうお願いをした。ゾマーは、まだポカンとした顔のまま頷いた。

「…まさかカウチェが出てくるとは思わなかった。どこで見つけたんだ?」
「町の外れだよ。森の近くの小川があるところ。あそこは、あんまり人が来ないから、カウチェの群れが移動していたところだったのかも」
「なんでロドリーはそんなところにいたんだよ」
「僕、よく小川で水の魔法の練習をしてるんだ。薬術の研究にはもってこいなんだ」
「ふぅーん」

 ゾマーは、その理由に納得しながら、あることが頭に浮かんだ。

「そのカウチェ、ケガしてたのか?」
「そう。他に仲間がいなかったから、はぐれちゃったみたい」
「その怪我、どんなだった?」
「えっと…骨が折れてて、あ、脚だったんだけどね。それで、バレエのトゥシューズのリボンみたいに、巻きつくような形で切り傷があった。一体何があったんだか…」
「なるほどね…」
「ゾマー?」

 ロドリーは、真剣な表情をしたゾマーを不思議そうに見る。

「その辺りは、研究所の近くなんだ」
「研究所…?」
「そう。近代科学魔法研究所の第五研究施設の近く」
「え?それって…。ゾマー、何が言いたいの?」

 ロドリーは、不安そうに顔を歪める。思わず、ニックが入っている袋を抱きかかえる腕に力が入った。

「もしかしたら、実験台にされたのかも」

 ゾマーの言葉に、ロドリーは血の気が引いた。しかもそれを、研究員の息子でもあるゾマーが言うのだから、余計に恐ろしかった。

「ゾマー、君は近代派の人間だろ?そんな、近代科学魔法が悪いものだって言っていいのか?そんな、動物実験なんて…」
「ああ、悪いものは悪いだろう。実験にも犠牲は伴う」
「え?」

 意外な返事に、ロドリーはポカンとした。

「それに、どんな手法だろうと悪い魔法だって作れるんだよ…」

 ゾマーの瞳は寂しそうだった。ロドリーは、自分が覚えていたゾマーの印象とは大きく異なるその言葉に、心がざわついた。ゾマーが近代科学魔法の批判的なことを言うなんて、自分がいない間に、皆の中で何が起きたのだろう。

「まぁ憶測だけど…」

 そう言って口角を上げたゾマーは、ニックを袋の上からポンと撫でると、食堂へ向かって歩き出した。
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